207:ペスティアの評価
「おはようございます。ミーメ嬢」
「おはようございます。ヘルムス様」
王都に戻って来て三日目。
いつも通りにワタシの自宅にヘルムス様が迎えに来てくれたので、ヘルムス様にエスコートされて馬車へと乗り込む。
通常通りなら、此処からグレイシア様の自宅前まで馬車で進み、そこからは三人で王城まで出勤するのだけれど……。
「おはよう。ミーメ」
「……。おはようございます。ペスティア様」
今日は何故かペスティア様が馬車の中に居た。
うん、何で?
ワタシはヘルムス様に事情を訊ねるべく、視線を向ける。
「申し訳ありませんミーメ嬢。ペスティア殿は現在我が家に滞在しているのですが、今日はミーメ嬢に登城前に顔を合わせておきたかったとの事で、断り切れませんでした。ミーメ嬢がどうしてもというのなら、全力を尽くさせていただきますが……」
「大丈夫ですヘルムス様。ペスティア様とご一緒する事は嫌ではありませんから。ワタシに用事があると言うのならなおの事ですし」
「すまないね。婚約者だけの時間を邪魔するような無粋な真似をする事になっちまって。ただ、アタシは王城の中でそこまで知られている人間じゃないし、王城にはどうしても面倒なのも湧くから、落ち着いて話をするにはこっちの方が都合がいいんだ。内容も内容だしね」
「そうですか。分かりました」
ヘルムス様もペスティア様も申し訳なさそうにしている。
ただ、ペスティア様に譲る気は無いようだった。
つまり、それだけの用件があると言う事なのだろう。
うん、心して聞くとしよう。
と言うわけで、ワタシとヘルムス様は横並びに座り、馬車が出発。
合わせてペスティア様の話が始まる。
「さて、話だが……。まあ、昨日の内にアンタについて色々と聞かされたよ。まさか、あのクソガキが宮廷魔術師どころじゃなく、アレになっているとはねぇ。使っている魔術の威力からしてそうじゃないかとは思っていたが、まさかまさかのだよ」
「あはははは……」
ペスティア様は宮廷魔術師と言う事で、ワタシがトリニティアイである事を知らされたらしい。
しかし、発言内容からして、トレガレー公爵領に滞在していた時から、やはり怪しまれていたようだ。
「ま、おめでとう。これからも王国の繁栄と安寧の為に尽くしてくれると、アタシとしてはとても嬉しいよ。ミーメ」
「あ、はい」
そして、何と言うか……空気が怖い。
ペスティア様がワタシの事をクソガキと呼ばずに名前で呼んでいる事とか、神妙な雰囲気とか、何かを狙っていそうな気配があって怖い。
ペスティア様だから酷い事にはならないとも確信できるけど。
「『八顕現』だったかね? そっちも確認させてもらったよ。アレはいいね。習った通りの魔術を求められる連中には向かないが、魔道具職人や研究職のような目的に合わせて魔術を調整するべき連中や、アタシたちのような第二属性持ちにはもってこいだ。アレを修める事が第二属性の習得に繋がるのでなければ、そっち方面の全員に習わせたいくらいさ」
「ありがとうございます」
うん、ベタ褒めのせいで更に怖さが上がった気がする。
ペスティア様の声色からして、心からの賛辞なのも間違いないけれど。
後、なんとなくだが、毒も感じる。
「えーと……、ペスティア様。もしかして、魔術周りで昔に何かありましたか?」
「あったね。四十年近く前、アタシが王城に普通に勤めていた頃には、一部の貴族共が声高に言っていたんだよ。『魔術の詠唱とはもっと優雅であるべきである』とか『魔術師たる者、美しさを第一にするべきである』とか」
「まるで貴族主義者ですね……」
「その亜種だろうさ。まあ、魔物相手じゃまるで役に立たないからね。直ぐに鎮静化していったよ。死滅まではしていないだろうけどね」
「なるほど」
どうやら、毒を吐くに足るだけの事件はあったらしい。
ペスティア様がどす黒い笑みを浮かべた上で笑っている辺り、相当面倒くさい連中だったようだ。
しかし、芸術方面に特化した魔術か。
そう言う属性であったり、演芸として魅せる目的の魔術なら、むしろやるべきだと思うけれど、ペスティア様の口ぶりからして実戦に持ち込もうとしたのだろうか?
だとしたら、愚か極まりないとしか言いようがない話である。
魔物相手に見栄えを重視するなら、そこに戦術的な利点が無ければ、無駄でしかない。
せめて目くらましにするぐらいの賢さは欲しい。
「ま、今の有力者の中には居ないよ。なにせ、十年前、二年前、それからつい最近と、王国全体が揺れるような事件が立て続けに起きているんだ。そんな環境で生きられるような思想じゃない」
「当然ですね」
「まあ、そうですよね」
なんにせよ、今のワタシたちが理解しておくべきは、ペスティア様が昔、そう言う思想に煩わされた。
それだけで十分なのだろう。
「ところでペスティア殿。分かっているとは思いますが、『八顕現』を広める相手は国が選びます。辺境で国の目がないからと軽はずみな事はしないでください」
それはそれとして。
ヘルムス様がペスティア様に釘を刺す。
「分かってるから安心しな。むしろ、これを辺境で積極的に広めている奴が居たら、アタシはシバく側に回るよ。『八顕現』を広める事によって起きる問題は知らなかった、思いもしなかったが通じる話じゃない。下手をすれば、国全体が揺るぎかねない。上がきちんと管理するべき話だ」
「分かりました。信じましょう」
「信じるだけじゃなくて、アンタたちが気を付けなって話だよ。力を得てからおかしくなる。って場合もあるんだからね」
「はい」
だが、それに対して、ペスティア様は堂々と返す。
返すと言うか、やり込めている?
うん、こう言うやり取りにはなんだか年季の差を感じる。
「それでペスティア様。これで話は全部ですか?」
「いいや、此処までは雑談みたいなものだね」
馬車は王城にだいぶ近づいている。
グレイシア様の下へ向かわないのかと一瞬思ったが、どうやらペスティア様が居るので、今日は向かわないらしい。
知らせも別に出してあるとはヘルムス様の言葉である。
「ではそろそろ本題をお願いします」
「そうだね。時間もなさそうだし、そうしようか」
ペスティア様の雰囲気が引き締まる。
それこそワタシを脅した時のように。
その雰囲気の変化にワタシもヘルムス様も僅かにだが身構えてしまう。
「ミーメ、ヘルムス。アンタたちには見届け人になって欲しいのさ」
「見届け人ですか?」
「ああそうさ。そして、ミーメ。見届けの際には、周囲の闇をアンタの魔術で制御しておいて欲しい。アタシも相手も利用できないようにね」
「えーと、つまり、闇を利用した魔術を使えないようにしておいて欲しい。と言う事で合ってます?」
「合っているから大丈夫だよ」
「まあ、それぐらいなら……大丈夫です。はい」
ワタシはペスティア様の頼み事を受け入れる。
それぐらいなら大した事ではないし、トリニティアイであるワタシに闇の制御で二属性以下の魔術師が勝つのは不可能なので、魔術が絡んだトラブル防止には確かに持って来いではある。
「お待ちくださいペスティア殿。それからミーメ嬢も直ぐに聞き入れないでください。せめて、何時何処で誰と会うかを聞いてから決めるようにしてください」
「え、あ、はい。ごめんなさい、ヘルムス様」
ヘルムス様に怒られてしまった。
だが確かに、その辺を確かめずに協力をするのは、迂闊過ぎたか。
「心配しなくても、王城に着いたら直ぐに会う予定さ。アンタたちの業務の邪魔にもならないはずだよ」
「それで会う相手は結局どなたなのですか?」
ワタシがペスティア様に視線を向けると、直ぐに話し始めてくれる。
そして告げられた名前は……。
「会うのはディム・アンカーズ。ミーメ、アンタの戸籍上の義父になっている男さ」
ワタシがヘルムス様の婚約者になるに当たって、アンカーズの姓を貸してもらった人の名前だった。
だがそれ以上に気になったのは、ディム様の名前を告げるペスティア様の笑顔だが怒っている顔だった。




