206:居ない間にあった事
「と言う具合です」
ワタシとヘルムス様は、お茶を飲みつつグレイシア様とジャン様にトレガレー公爵領でどんな事があったのかを話していった。
ただ、話したと言っても、話しても問題の無い事柄のみ。
ワタシの前世知識のように、話さない事に決めた物は話していない。
まあそれでも、トレガレー公爵領がどんなところであったか、公爵と公爵夫人はどんな人だったのか、ペスティア様とストリンさん及び素材の糸化について、ギガントスイムクラブ、舞踏会、と言った具合に話せる事は沢山あったのだけど。
「なるほど。おめでとうございます。ミーメ様」
「ありがとうございます。グレイシア様」
「祝福するわ。ヘルムス」
「ありがとう、ジャン」
当然と言うべきか、一番反応が良かったのはワタシとヘルムス様の婚約が外側だけでなく、内側も伴ったものになった事だった。
うん、グレイシア様とジャン様が祝ってくれるのが素直に嬉しい。
「それにしてもミーメ様が『黒帳の魔女』ペスティア様のお弟子だったとは」
「本当にな。最近目にした名前だっただけにビックリだわ」
「最近目にした?」
「ふむ?」
そして、次に反応が大きかったのは、意外にもペスティア様についてだった。
それにしても、最近目にしたと言うのはどういう事だろうか?
「あー、そうだな。これはあまり表に出すべきじゃない情報な」
「分かりました」
ジャン様が前置きをした上で口を開く。
なお、部屋にはワタシが隠蔽の魔術を張って、外に音が伝わらないようにすると共に、部屋の外からの読唇は、例え部屋の扉が開いていても出来ないようにしておく。
これで部屋の中に居るのは侍女含めて身内と言っていい人だけなので、大丈夫だろう。
そんな万全の態勢の中で語られたのは……。
「サキ・イストフィフスが行方不明」
「!?」
「なるほど。そうなりましたか」
王都に運ばれるはずだったサキさんが、今は王都に居ないと言う衝撃的な話だった。
ただ、驚いているのはワタシだけで、どうしてかヘルムス様は納得顔である。
「詳しく伺っても?」
「勿論だ。グレイシア」
「はい、こちらに」
グレイシア様が出したのは歴代宮廷魔術師の名簿の写しと思われる物。
その末尾、ワタシの名前の次には、サキさんの名前がある。
これについては……まあ分かる。サキさんは第二属性持ちになっていたので、宮廷魔術師に任じられたのだろう。
だが、宮廷魔術師長の話では、王都内で軟禁して、必要な時だけ力を貸してもらう形になるだろうとの事だったが……。
「どうにもサキと王城の間で取引があったみたいでな。諜報部隊に出向し、身分などを隠した上で王国各地を巡り、調査と突発的事態への対処を任せられたらしい」
「ああ、なるほど……」
どうやら王城……と言うより、王国と陛下は、サキさんをもっと積極的に活用する事に決めたらしい。
確かにサキさんの力はそれだけの物があるし、有効ではあるだろう。
そこはかとない不安も付きまとうけど。
こう、暴走してやり過ぎないとか、そう言う感じの不安がね、うん。
「だからペスティア様の名前を最近見たと言う話にもなるのですね」
「そう言う事でございます」
同時に、ジャン様たちが何処でペスティア様の名前を見たのかも理解した。
ペスティア様が語っていた、宮廷魔術師としての役目とサキさんの役目は非常に似通ったものだったからだ。
うーん、もしかしたら、王国としてはペスティア様の後釜としてサキさんを据えたいと言う思いもあるのかもしれない。
ペスティア様だって、引退を考えてもおかしくない年齢なのだし。
「しかし、ジャン。諜報部隊がよく明かしたな」
「あー、それな……。当然なんだが、諜報部隊は最初は黙して語らずだったんだが……」
「ライオットか」
「ああ、『石抱きの魔術師』がな。もう毎日毎日騒がしいか、周りの気も滅入るくらいに落ち込んでいてな……。サキが諜報部隊に居るって話だけは明かす事に陛下たちが決めたらしい」
ジャン様が若干遠い目をしながら語っているが……。
うん、ワタシでもその光景はありありと思い浮かぶような気がする。
きっと陛下たちとしては、サキさんと『石抱きの魔術師』様を引き離す事も処罰の一環ではあったのだろう。主に『石抱きの魔術師』様に対するものだけど。
ただ、その処罰が効き過ぎたので、少しだけ情報を公開したと。
「ちなみに今は?」
「流石に静かでございます。自分が騒げば、サキ様の邪魔になると諭されましたので」
「なるほど。じゃあ大丈夫そうですね」
「はい。大丈夫でございます。時々城内でいじけている姿が散見されますが、その際は無視してくださって構いません」
「そうですか。落ち着いただけで全然大丈夫じゃないんですね」
なお、対処方法を語るグレイシア様の目は非常に冷ややかな物だった。
ジャン様もそれに同調している様子なので、きっと下手に絡むと面倒くさい事になるのだろう。
関わったら面倒とか、『石抱きの魔術師』様は怪異か何かで?
まあ、グレイシア様の忠告には従っておこう。
「ライオットについてはこれくらいで良いとして。ジャン、グレイシア嬢、他にミーメ嬢の隠蔽がある内に伝えておくべき事は?」
「だいたいはそこの書類に書いてある事の詳細ってところだな」
ジャン様はそう言うと、ワタシたちが居なかった間に起きた事件をまとめた書類を指さす。
「俺っちたち宮廷魔術師の多くが王都を離れていたのを隙と見たのか、あるいはイストフィフス侯爵と言う元締めが倒れた事で自由になったのか、または侯爵に睨まれていた悪党共が動き出したのか、はたまた侯爵の後釜を狙ってか……とにかく王都の治安が少しずつだが悪化傾向にある」
「特に増えているのは誘拐でございます。誘拐目的は身代金目的のものが大半ですが、一部は誘拐目的が不明のものもございます。また、ほぼ全てが解決されていますが、何件か犯人を捕らえる事に失敗している事件もありまして、誘拐された者が殺されて見つかる事もあれば、行方不明のままになっているものもございます」
「なるほど。それは問題ですね」
「誘拐事件ですか……」
ジャン様とグレイシア様の表情は深刻な物である。
だが、そう言う反応になるのも分かる。
ジャン様たちの言葉を正しく捉えるのなら、ジャン様たちが戻って来てもなお犯人を捕まえきれず、誘拐された人の行方が判明していない者もあるのだろうから。
と言うか、グレイシア様の『イーリィマップ』を逃れて犯行を行っている時点で只者ではない。
『イーリィマップ』は不安を可視化する物で、犯人が作った魔道具があれば、犯人個人が抱く不安だって可視化出来る。
どういう方法で逃れているのかは分からないが、普通ではあり得ない事だ。
「ジャン様、グレイシア様。協力は必要ですか?」
「あー、ミーメ嬢にはその内頼むかもな。犯人が誘拐された人を盾に立てこもりとかした場合には、ミーメ嬢が居るだけで圧倒的に楽になるだろうからな」
「その際には是非ともよろしくお願いいたします」
「分かりました」
残念ながら、ワタシは追跡が不得手なので、探す事では助けになれないだろう。
だが、制圧に関しては暗黒支配か、そちらが通らなくても闇に干渉しての防御や拘束は出来るので、手伝えることは多い。
うん、頼まれた時は喜んで手伝うとしよう。
「ちなみにミーメ様、ヘルムス様。王都の守りが疎かになった件もありまして、現在の王都ではテイムされたニワシガラスを用いて上空からの監視が行われています。間違って攻撃をしないようにお気をつけてください」
「分かりました。気を付けます」
「なるほど。そちらの件も実用化されましたか」
ニワシガラスはグロリベス森林の深層に住む、人間並みに賢いカラスの魔物である。
ただ魔物とは言っても理性が勝っていて、気性も獰猛とは言い難い。
人間を個体レベルで判別できる事も合わせれば、確かに監視要員としては適切かもしれない。
犯罪行為を見つけたら人を呼ぶなんて、ニワシガラスにしてみれば慣れ親しんだ行動だろうし。
「後はそうだな……」
その後も話は続いた。
一部のニワシガラスは猫と同じように可愛がられ、王都住民に親しまれているとか。
『八顕現の書』を許可を得た人間に開示する政策が本格的に始まったとか。
グレイシア嬢の実家が、グレイシア様に対して早く結婚しろ、などとうるさいだとか。
イストフィフス侯爵領の復興にはやはり時間がかかりそうだとか。
一部完全な雑談もあったが、どうやら、ワタシたちが居なかった間にも。色々と状況は動いているようだった。
それでも一通り話し終えて、お茶会は終わったのだった。




