205:カダレポート
「さて、私は自分の部屋を一度見て来ましょうか。少し気になる事もありますので。それではミーメ嬢」
「はい。ワタシは書類を読んでいますので、何かあったら呼んでください」
「ええ。必要ならば必ず」
ヘルムス様が隣にある自分の部屋へ戻っていくのを確認したところで、ワタシはユフィール様とその部下たちが書いてくれた『ぜったいあんせい』のレポートに目を通していく。
「ふむふむ」
ワタシは知らなかった事だが、イストフィフス侯爵討伐作戦では、実は結構な数の『ぜったいあんせい』が使われていたらしい。
主な用途は、治療を担当した魔術師の手では負えないような重傷患者を助けるための投与。
使用相手は主に騎士、兵士、魔術師、従者を問わずで、必要と判断したのなら相手の身分を問わずに使ってくれたようだ。
使われた中で一番身分が高い人は……宮廷魔術師である『賭事の魔術師』様で、どうやスケクロとワタシが戦闘をしていた際に流れ弾の一つが腕を貫き、その傷が皮だけで腕が繋がっているような状態だったため、担当者が使用。無事に腕はくっついたとの事。
使用後の経過観察も行われていて、最初は多少動きがぎこちなかったが、三日もすれば問題なくなったそうだ。
ざっと見た限りでは、他の使用例についても、『賭事の魔術師』様と同じような事例であったようだ。
使用した『ぜったいあんせい』の量含めて問題なし。
つまり、『ぜったいあんせい』は立派に役目を果たしてくれたらしい。
「へー、毒キノコ相手に経口投与したら効果あり。ただし、数日間、胃腸関係に起因すると思われる下痢が発生。腸内細菌辺りがおかしくなったかな?」
此処からは変わった事例。
別ルートで進軍していた騎士の一人が、行軍途中に美味しそうだからと見慣れぬキノコを焼いて食べたらしい。
そうしたら、案の定、そのキノコは毒キノコ。それも猛毒で、中々に苛烈な症状が連なっている。
担当者は直ぐに吐かせ、解毒の魔術も試みたが、騎士の体調は良くならず。
一縷の望みを賭けて『ぜったいあんせい』を投与したところ、騎士は何とか復活したとの事。
なお、騎士は所属している領地の領主からこっぴどく怒られたらしい。そりゃあそうだ。
「ユフィール様。人体実験をしてる……。いや、確かに可能性があるなら試して欲しい事ではあったけれど」
ユフィール様が担当した事例の一つに、頭部が激しく損傷した兵士に対して『ぜったいあんせい』を使用した例がある。
脳みそが損壊して、呼吸も止まっている。つまりは死体の状態だ。
そこに『ぜったいあんせい』を使用したが、やはり死者は生き返らず。綺麗な死体が出来上がっただけであったらしい。
やはり脳の再生、あるいは死者の蘇生は『ぜったいあんせい』では出来ないようだ。
この分だと、精神に関わる分野については無理だと認識しておくべきだろう。
「ああでも、心臓の再生には成功してる。ふむふむ。なるほど……うん、一般的には参考にするべきじゃない奴だ」
心臓に矢が突き刺さった兵士へ使用した例もある。
こちらは『ぜったいあんせい』を投与し、効果時間中は水属性魔術師が心臓の代替をし、再生完了後は雷属性魔術師が心臓を再起動させることによって復活。
その後の経過観察でも異常は見られず、むしろ健康になったくらいであるらしい。
なるほど、『ぜったいあんせい』では心臓の再生は無理だと思っていたのだけれど、他の魔術師が協力すれば、可能になるのか。
ならばワタシでも、他の魔術を応用する事で可能になるだろうし、覚えておこう。
「ふうん」
そして此処からは問題のある事例。
つまり、陛下やヘルムス様たちが懸念する、『ぜったいあんせい』の盗難や悪用に関わるのではないかとされる部分。
「量は揃っている。使用量と使った先の患者も一致している。運搬中の紛失もない。けれど、運搬中の破損は少量だけど存在している」
運搬中の破損には、魔物に襲われて壊されたとか、襲い掛かって来た侯爵の手の者に反撃するべく投げつけた箱の中身がそうだった。と言う話だ。
どちらも壊れた容器は確認されているが、『ぜったいあんせい』はレリックであり、厳重に保管されていたはずのものである。
それでも魔物に襲われて壊されたと言う事例なら、襲ってきた魔物の種類や当たり所によってはあり得るが……襲撃に対する反撃で箱ごと投げたはちょっと怪しい。
ワタシでもそうやって怪しむくらいなのだから、陛下たちも当然のように疑っているらしく、既に投げた兵士とその周囲には監視の目が入っているようだ。
とは言えだ。
「まあ、『ぜったいあんせい』って魔術部分を除けば、異常なほどに質が良い栄養剤だから、正しく保存しなければ一週間と保たずに腐って使い物にならなくなるはず。安全対策も施してある方だから、盗まれていても、『ぜったいあんせい』そのものが脅威になる事はないかな?」
こんなやり方で盗んだのなら、今頃はもう使えなくなっているはず。
ついでに言えば、最初から小分けして作る事で、一ビンごとに最初に体液が触れた人間にしか効果が及ばないようにする。と言う安全対策も積んだロットなので、救うにしても傷つけるにしても一人が限界になっている。
これなら大丈夫だろう。
「後は医療以外の目的での使用か」
他の問題事例として、『ぜったいあんせい』を用いた治療中に侯爵の手の者に襲われたため、咄嗟に手に持っていた『ぜったいあんせい』を浴びせかけてしまった事例がある。
警備どうなっているんだ。と言うツッコミは当然されているからスルーして。
使われた『ぜったいあんせい』は患者への投与直前で、既に患者に合わせた状態だった。
浴びせられた侯爵の手の者は、当時、医者に襲い掛かるべく全速力で走っていた。
そんな状態で浴びてしまったために、残っていた慣性によって、『ぜったいあんせい』を浴びた部分とそれ以外の部分で、公爵の手の者は分離されてしまった上に、患者の体組織が増殖し始めて……。
「うわぁ……」
うん、毒としての使い方である『ひとはしぬ』を使った後のような肉塊が生じてしまったらしい。
しかも、わざわざ挿絵まで付けられている。
挿絵を付けていること含めて、ワタシはドン引きである。
と言うか、こんな事例を引き起こしていたのなら、そりゃあ陛下たちも警戒して当然だった。
幸いにして、こう言う使い方も出来る『ぜったいあんせい』については、紛失は一切無し。
怪しい使用例もないので、失われた可能性は考えなくても良いようだ。
「他に怪しい事例は……」
ワタシは挿絵から目を離し、気分転換の為に他におかしな事例が無いかを探してみる。
「ん?」
すると一つ妙な事例があった。
スタンピード中に目を怪我した魔術師に使った事例との事だった。
記録によれば、眼球を喪失するほどの大怪我。
この世界の常識として、目を潰されれば魔術の力は失う。
片目を失っただけでも、全力は出せなくなるはずだ。
目はそれほどに特別な器官であるため、『ぜったいあんせい』を用いても治せるかどうかはちょっと怪しい。
そもそも、目は脳の一部である。
対して『ぜったいあんせい』は神経の治療を苦手とし、脳は治せないのは先述の通り。
なのに、この魔術師は直ぐに復帰して、元気に魔術を使っている。
これ、可能だろうか?
「……。ユフィール様に指摘しておこうかな。上手く治せたのなら、それはそれで気になる事例だし」
ワタシはユフィール様に怪しい事案の一つとして、この件も挙げておく事にした。
まあ、念のために。と言う奴である。
「おーっす。ミーメ嬢、ヘルムス、久しぶり!」
「お久しぶりでございます。ミーメ様」
「お久しぶりです。ジャン様、グレイシア様。ちなみにヘルムス様は今は隣で書類の確認をしているはずです」
ワタシがユフィール様への報告を書き上げたところで、『焔槍の魔術師』であるジャン様と『凍えの魔女』であるグレイシア様がワタシの部屋を訪れてきた。
グレイシア様の手には茶菓子が握られており、時刻もおやつのお茶会をするのにちょうど良い頃。
どうやら、休憩も兼ねて二人はやってきたらしい。
「そうか。ありがとうな。じゃ、ちょっと俺っちはヘルムスを呼んでくる」
「ミーメ様」
「そうですね。一度休憩にしましょうか。色々と話を聞いても良いですか?」
「勿論でございます。可能ならば、お二人が公爵領に居る間の話もお願いいたします」
「分かりました」
ワタシは手近な侍女にユフィール様への報告を託すと、お茶会の準備を始めた。




