204:これからの予定
「陛下との謁見。お疲れ様でした、ミーメ嬢」
「ヘルムス様もお疲れ様でした」
謁見終了後。
ヘルムス様とワタシは、王城内に用意されているワタシの部屋へと戻って来た。
手入れが出来なかったワタシの自宅と違い、こちらの部屋は掃除に関しては行き届いており、ワタシが何時帰って来ても良いように整えられていた。
何なら、昨日ワタシたちが王都に帰ってきたという知らせがあったからか、茶葉や茶菓子、インクや紙と言った消耗品の補充まで済ませられていて、今日から本格的に業務を再開しても問題の無い状態である。
「久しぶりの王都のお茶と茶菓子ですが、何となく落ち着く感じがしますね」
「もう何度も言った事ですが、一月以上離れていたわけですからね。懐かしさを覚えるのも当然の事でしょう」
ワタシは席に着き、確認を求められている書類を見ていく。
見ていくと言っても最初の数行だけをざっと読んで、どういう種類の物かや、直ぐに対応した方が良い物かどうかだけ確かめて、仕分けていく作業だ。
えーと……謁見の最中にも出ていた『ぜったいあんせい』の使用報告レポートは既に届いている。
これはレリック関係でもあるし、ワタシも興味があるので優先。
他には……ワタシたちが居なかった間に起きた事件のまとめ、グロリベス森林深層の様子、『八顕現の書』の開示とそれに伴う動き、呪い関係の諸々、収穫祭、貴族院、王城主催の舞踏会、うん、色々とある。
とは言え、大半はワタシに何かして欲しいと言う話ではなく、こう言う事があったから、あるいは、これからどういうイベントがあるから、此処で知っておいてね。と言う情報だ。
そして、『ぜったいあんせい』のレポート以外で此処に置かれているのは、極端な話、誰かに見られても大丈夫な状態の書類。
具体的な例を一つ挙げると、『八顕現の書』を誰に開示したという情報はあっても、書の内容や見た人間の反応や成果については一切触れていない。
そう言う機密情報は、きっと王城内のどこか別の場所で保管されていて、これからタイミングを見てやってくるのだろう。
しかし……。
「ワタシでこれだけの書類があるのなら、ヘルムス様の書類も随分と溜まっていそうですね」
「そうですね。ですが、ミーメ嬢の所と同じで急ぎの書類は無いはずですし、半分以上の書類は此処にある物と同じでしょう。なので、今日の所は後で時間を作って見れば十分かと」
ワタシの言葉にヘルムス様は何てこと無いと言った雰囲気で返す。
なんだか、情報処理能力の差を見せつけられている気がする。
まあ、こう言う事については、ヘルムス様の方が慣れているので当然の事なのだけど。
「大丈夫ですか? なんだか忙しくなりそうな気配もしていますが」
「そうですね……。こちらの王都内部で起きている一部の事件などについては、私も関わる事になるかもしれませんので、調べておいても良いですが……。しかし、ミーメ嬢ほどは忙しくはならないと思いますよ」
「そうなのですか?」
「ええ、そうですとも」
ワタシは手近な紙に、これからやる事、求められたらやる事、やるべき事、出来ればやりたい事と、分類をした上で書いていき、まとめてみる。
ただ、秋から先の事まで今書いても仕方がないので、その辺は書かないでおく。
えーと、『ぜったいあんせい』のレポート確認。ギガントスイムクラブの素材の性質確認並びに瞳を使った魔道具の作成。トレガレー公爵家の王都屋敷の防護強化。
この三つがまず絶対にやるべき事。
求められたらやる事としては、ストリンさんの補助。ディム様の援護。その他相談事の対応。
ただ、これについては求められたらなので、空き時間だけ作っておけばいいか。
やるべき事としては、貴族としての知識などの勉強周りに、新たな魔術……それこそトリニティアイやレリック相手でも対処できるようなものの開発。
この二つは先々まで考えると疎かには出来ない。
前者は時間をかけるしかなく、後者は理論構築からなので、地道にやって行くしかないけれど。
後は、秋より先っぽいので此処には書かないが、収穫祭などについての情報収集もか。
出来ればやりたい事としては、グロリベス森林深層での狩猟。休息の香のような使い捨て魔道具の製作。
それから……。
「ミーメ嬢?」
そこでワタシのペンを持つ手が止まった。
ワタシが今思い描いているそれが、分類の何処に入れて良い物なのか分からなかったからだ。
急にワタシが止まったからか、ヘルムス様も書類を読む手を止めて、ワタシの方を見ている。
「……」
ワタシは一度お茶を口にし、浅い呼吸を何度かして、頭に酸素を回していく。
その上でヘルムス様の方へと視線を向ける。
ヘルムス様は……落ち着いた様子でワタシの事を見つめている。
き、緊張するが、何時かは出すべき話題であるし……、うん、言ってしまおう。今、此処で、言ってしまおう!
「ヘ、ヘルムス様」
「何でしょうか。ミーメ嬢」
「け、けけ、結婚式は何時にしましょうか!? そ、その、公爵領であのような事があって、正式に婚約者となったのなら、当然のことながら次の段階は考えない訳にはいかない訳でして、ですが、こう言う事は二人で話し合って決めるのが良い事だと言うのはワタシも聞き及んでおりまして、だからこうしてヘルムス様に尋ねる事にしたのですが、そのこれまでに習った知識の中に結婚式に関わる物がないためにどうすればよいかがまるで分からずでして、あのその、えと……」
「落ち着きましょう。ミーメ嬢」
気が付けばヘルムス様がワタシの両肩を掴んで、ゆっくりと呼吸するように促していた。
なのでワタシはその指示に従って、深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。
「落ち着きましたか?」
「はい」
落ち着いたからこそ自認できるのだけれど、ワタシは若干パニック状態になっていたらしい。
正直、恥ずかしい。
「さて結婚式でしたね。そうですね。ミーメ嬢の言う通り、結婚式については関係者できちんと話し合って決めるべき事柄です」
「はい」
「ただ、先に申し上げておきますと。ミーメ嬢には誠に申し訳ないのですが、結婚式と言うものは仮に今すぐ詳細まで詰める事が出来たとしても、直ぐに挙げられるような物ではありません」
「と言いますと?」
ヘルムス様が結婚式についてまるで知識がないワタシに対して、色々と説明をしてくれる。
まず、結婚式を行うとなれば、それだけでも様々な準備が必要になる。
例えば式場はトリニア教の神殿であり、司祭はトリニア教の人間が務めるが、その他スタッフ含めて、場所と人間の予定を取らなければならない。
そして、日時が決まったのなら、参列者たちに招待状を書かなければならないが、この時点で参列者たちの予定調整が必須なので、相応に先の時期にしないといけない。
他にも、ワタシたちが着る衣装、料理、引き出物と、用意しなければいけない物が沢山ある。
これらは平民同士であっても、十分な時間をかけて準備するのが一般的な物である。
ましてやワタシたちの場合、まず二人ともに宮廷魔術師であるので子爵相当の格式が最低限求められ、そこにヘルムス様はトレガレー公爵家の三男である事、ワタシは明かすならトリニティアイである事による格式も求められる。
となれば、当然ながらお金だけ積んでもどうにもならないものもあって、やはり時間がかかる。
「他にも私は結婚を機にトレガレー公爵家を出る事になっているので、新しい家名を考える必要がありますし、家名変更に伴って紋章にも手を加えなければいけません」
「ふむふむ」
「後は新しい住居の手配や、そこで働く使用人の雇用なども考える必要がありますね」
「なるほど」
「それでもミーメ嬢なら王国も教会も優先的に対応してくれるとは思いますが……。限度と言うものがありますので、やはりそう簡単ではないでしょう」
「そうでしたか」
そこに加えて、ヘルムス様が述べているような事もしなければいけないので……。
うん、話を聞いているだけでも大変なのが伝わってくる。
「ですがヘルムス様」
「ええそうですね。だからこそ、早い内に私とミーメ嬢だけで決められる部分は決めてしまった方が良いと思います。なので、結婚式について尋ねてくれたことは、とても嬉しく思いますよ。後に回しても私たちが困るだけでしょうから」
ヘルムス様は嬉しそうに微笑んでいる。
どうやら、話を切り出したこと自体は間違いではなかったらしい。
「とは言え、ミーメ嬢。平民でもどんなに早くても結婚するのは16歳になってからです。貴族ならば、貴族院か貴族学校を卒業するか、18歳を過ぎてからです。ですので、遅くなり過ぎない程度にゆっくりと決めていきましょう。一生に一度の晴れ舞台にするべき場なのですから」
「はい、そうですね」
とりあえず、この件については、休日にでもゆっくりと話をして、焦らずに進めようと言う事になった。
考えてみれば、ワタシはまだ16歳なのだし、焦るべき部分など、何処にもなかったのだ。
06/11誤字訂正




