203:ギガントスイムクラブの瞳の行方
「おおっ、何と美しい。まるで宝石のようだ……」
「この距離でも魔力が渦巻いているのを感じるな。素晴らしい」
「第二属性持ちの魔物。話には聞いていたが、実在していたのか……」
ギガントスイムクラブの瞳を見えるようにした途端、謁見の間のあちらこちらから、感想の声が漏れ聞こえてくる。
感動、興奮、恐怖、渦巻く感情は様々なようだけれど……。
うん、不穏な感情を抱いている人間もやはり居そうだ。
「素晴らしい。これほどの代物は王城の宝物庫にもなく、余も宮廷魔術師長も見た事が無いだろう。正に宝玉である。同時に、これほどの瞳を持つ魔物となれば、強大であった事に疑いの余地は無し。よくぞ倒してくれた。国を代表して感謝しよう。『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズ」
「勿体なきお言葉、ありがとうございます」
陛下の言葉にワタシは改めて礼をする。
陛下の賛辞は事前の取り決め通りに定型的な物であるけれど、そこに込められている感情はワタシが感じた限りでは心の底からそう思っているようだった。
「それで『闇軍の魔女』よ。そちはこの瞳をどうしようと考えている?」
「魔道具にする事で宮廷魔術師としての任に役立てようと考えています。どのような魔道具にするのかは今後の解析次第となりますので、まだ申し上げる事は出来ませんが」
ギガントスイムクラブの瞳は魔道具にするのに優れた素材である。
これはギガントスイムクラブの内包する魔力量と、第二属性まで持っている事から明らかな事である。
防腐処理だけ施して宝物庫に収蔵して終わりだなんて、ワタシには出来なかった。
「ほう。そうか……」
「陛下、僭越ながらよろしいでしょうか?」
ただ、そんなワタシの判断が気に食わない人も当然ながら居る事だろう。
文官の男性の一人が、納得した様子の陛下を遮るように手を挙げて、敢えて挑発的な笑みを浮かべている。
「なんだ?」
「私は魔物の素材や魔道具について詳しいわけではございません。しかし、それでも彼の瞳が只ならぬ素材である事は分かります。陛下の御言葉通りであれば、王城の宝物庫に収めるに足る格も持ち合わせているのでしょう」
誰も文官の男性の言葉を遮ったりはしない。
だが、文官の男性に向けられている人々の表情は様々で、明らかに嫌がっている者も居れば、賛同するように笑みを浮かべている者も居るし、無表情を保っている人も居る。
なるほど、なるほど。これは分かり易い。
「それほどの素材を『闇軍の魔女』殿一人に任せてよろしいのでしょうか? 少なくとも専門家を交えて、どうするのが一番良いかを皆で話し合うべきではないかと、浅学非才ながら思うのですが、如何でしょうか?」
「ふむ。尤もな意見ではあるな」
文官の男性の言葉に陛下が頷く。
そして、何故か一部の貴族が色めき立っている。
その色めき立った貴族に対する視線は冷ややかな物であるのだけれど……まあ、ワタシは口にしない。
「だがそれを決めるのは余ではない。『闇軍の魔女』である」
「何故でしょうか?」
「此度のギガントスイムクラブは『闇軍の魔女』が偶々狩猟した物であり、狩った獲物をどうするかの権利一切はまず『闇軍の魔女』に存在する。それが道理であるからだ」
「……」
「今此処で余たちが瞳を観賞出来たのも、『闇軍の魔女』がそれを許したからに過ぎない。トレガレー公爵家に売却され、グロリアブレイド王家に献上された他の部位と違い、瞳をどうするかを決めてよいのは『闇軍の魔女』だけなのだ」
「……」
「だが余は心配していない。『闇軍の魔女』は優れた魔術師であると同時に、優れた魔道具職人である事を余は知っている。その人柄が善性である事も分かっている。『闇軍の魔女』であれば、助けが必要であれば、頼るべき者を頼る事も出来よう。仮に余たちが率先してやるべき事があるとするならば……『闇軍の魔女』の仕事に差し出がましい口を挟もうとする輩を掣肘する事であろうよ」
「かしこまりました。陛下の御考えを尊重いたしましょう」
陛下の言葉が謁見の間に響き渡っていく。
さて、この光景に対して一つネタバラシをしてしまうのなら。
此処までのやり取りは、全て事前の打ち合わせ通りである。
男性文官は陛下の側の人間で、本当の愚か者が妙な事を口走らないように、あるいは行動する前に脅かすために、敢えて妙な質問をしてくれている人である。
そして、ワタシは誰がそうなのか知らされていないが、この場に居る貴族たちの顔を観察している人も居るようで、男性文官の質問で妙な表情を浮かべた貴族を記録し、不審な動きを見せた貴族としてリスト化しているそうだ。
もしかしなくても、そのリストを使って諜報部隊の人が調べに入ったりもするのだろう。
うん、貴族恐い。
「『闇軍の魔女』よ」
「はい」
「其方が納得するような魔道具を作り上げる事を余は期待しておるぞ」
「力の限りを尽くさせていただきましょう。陛下」
怖くはあるが、ワタシの魔道具作りを邪魔させないためにしてくれている事である。
なのでワタシは全力で作る事を約束する事で、お礼にさせてもらった。
と言うわけで、ギガントスイムクラブの瞳についての話は終わり。
陛下から、助けが必要なら頼っていいという言葉も貰っているので、必要なら助けてもらいつつ、魔道具を作らせてもらおう。
「時に『船の魔術師』よ。トレガレー公爵からは他にも贈り物があるそうだな。なんでも、とても変わった品との事だが」
「はい、ございます。まだ準備が整っておりませんので、この場にあるのは試しの品だけでございますが」
「見せてみよ」
「こちらになります。陛下」
陛下の話す相手が再びヘルムス様になる。
ヘルムス様が陛下に渡したのは一枚のハンカチ。
光を反射して白く輝くそのハンカチは、まるで同じ色合いの貝殻を布に変えたようである。
「なるほど。これがそうなのだな?」
「はい。これがそうでございます」
まあ、まるでではなく、本当に貝を糸に変えて、織った物なのだけれど。
ストリンさんが『シロートガイ』の貝殻を糸に変えて、それをハンカチの形に織った物。
それが今、陛下の手の上で輝きを放っているハンカチの正体である。
「なるほど。興味深く……そして期待も出来そうだ」
「お言葉、感謝いたします。陛下」
勿論、献上に当たって陛下にはどういう物なのかは教えてあるし、宮廷魔術師長様や親衛隊隊長様による安全確認も済まされている。
どうやら、ワタシたちがトレガレー公爵領から王都に向かって、ゆっくりと移動している間に、速度を優先した特急便が出ていたそうだ。
そうして責任者たちが確認をした結果、ストリンさんの名前や技術については満場一致で今はまだ秘匿した方が良いと判断。
その為に起きたのが、先ほどからの固有名詞が出てこないやり取りである。
「何時頃になりそうか?」
「現状では何とも申せません。しかし、可能な範囲で急ぐ所存ではあります」
「そうか。急いではおらぬから、励むと良い」
「かしこまりました。陛下」
これはストリンさんを守るための措置であるけれど……。
まあ、察しのいい貴族なら色々と気付くのだろう。
とは言え、その察しのいい貴族が例え悪意を持っていたとしても、ストリンさんは既にトレガレー公爵家の王都屋敷に居るので、手出しなんて出来るはずもないのだけれど。
なんなら、今の公爵家の王都屋敷にはペスティア様が滞在して警備を固めていて、数日後にはワタシの魔術による防御も加わる予定なので、厳重さで言えば王都内でも指折りの物になるだろう。
「さて改めて述べよう。『船の魔術師』ヘルムス・フォン・トレガレー。『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズ。この度は誠に大儀であった。次の任があるまでは王都の中に留まると良い」
「はっ! 本日はお時間を割いていただき、感謝いたします!」
こうして、陛下との謁見は予定通りに終わったのだった。




