175:出会う前のヘルムス
「もしかしたら知っている事かもしれませんが。ヘルムス様はいずれ公爵家を出て、自分の力で生活していくことを求められる立場でした。その為、コルエ様の他、何人もの魔術師の方に師事をして、幼い頃から魔術の腕を磨いていました」
「はい、そのように伺っています」
「対してわたくしは多少優秀な子爵家の一令嬢と言う所でした。ただそれでも、貴族院への入学が認められ、歳が同じで、少なくとも表面上はそこまで仲が悪くない男女と言う事で、婚約者になったのです」
「なるほど」
キャシーさん曰く。
昔のヘルムス様はだいたい魔術の修練か読書をしているような人物で、利発で、才能と自信に満ち溢れた少年だったとか。
ただ、人への興味はそこまでなかったようで、誰とも親しいが、親密と言えるほどの相手はそこまで居なかったそうだ。
しかしそれでも、何人かは仲がいい相手が居て……その一人がキャシーさんだったようだ。
「ただそこで……わたくしは浮かれてしまったのでしょう。今思い返してみれば、婚約者が居ない事を利用して良からぬことを企む者への牽制として結ばれた婚約である事は明らかで、より都合の良い相手が見つかれば直ぐに無くなる事も明確でした。そうであるのに、わたくしはヘルムス様の寵愛を求めて……その結果が婚約破棄でした」
「それは……キャシーさんの年齢を考えたら仕方がない事では?」
「かもしれません。ですが、破棄は破棄ですから。それもヘルムス様に責がある形にさせてしまった。わたくしとしては、悔やんでも悔やみきれないような話です」
貴族院に入学できるのは12歳からで、婚約が破棄されたのは15歳ごろ。だったかな。
つまり、今のワタシよりも幼い頃で、その頃に前世知識もない普通の女の子がヘルムス様の婚約者になったら……浮かれてしまうのは当然の事だと思う。
それと、キャシーさんは申し訳なさそうにしているが、ワタシが以前聞いた話も考えると……。
「ところでキャシーさん。その頃のヘルムス様とはどんなやり取りを?」
「……」
キャシーさんが困った様子で微笑む。
うん、やはりそう言う事なのだろう。
そう言う事なのだろうか、間違えないためにも、きちんと尋ねなければいけない。
なので、ワタシは以前にヘルムス様の兄であるボースン様から聞いた話を教える事で、話を促した。
「そこまで知っているのならお話いたしますが……」
結果、キャシーさんは口を開いてくれたのだが……。
「端的に言ってしまえば、何もなかったのです」
「無かった?」
「はい。お茶会に招いても来ず。贈り物をしても返事一つなく。王都で話題になった本の話をしても気になさらず。ならばとわたくしの魔術の修練を手伝って欲しいと申しても応じず……」
「「「……」」」
ワタシを含め、キャシーさんの話を聞いた全員が申し訳なさで何とも言えない表情になる。
顔が変わらないのは、赤子で話の内容が分かっていないであろうキャシーさんの子供くらいなものだ。
いや、うん。ヘルムス様、幾ら何でもこれは駄目だろう。
人としての礼儀を失しているレベルだ。
と言うかだ。
「今のヘルムス様との乖離が酷いですね」
どの行動も今のヘルムス様ならやる事は無いだろう。
ワタシはそう思って言葉を発して……。
「そうとも言えません。確かにミーメさんがわたくしと同じことを求めたなら、間違いなく応じる事でしょう。しかし、ミーメさん以外の方が求めたら、相手によっては無視するかと。まあ、大抵は明確な拒否をしてくれるでしょうが」
「……」
直ぐに返されたキャシーさんの言葉にワタシはちょっと考える。
うん、確かにヘルムス様なら、ジャーレンの件などから考えて、相手によっては拒否しそうではある。
「いえ、場合によっては相手の好意を利用する事すらあるかもしれません。ヘルムス様は自分の見た目が優れている事はきちんと理解されているので」
否定はちょっとできない。
ワタシが与り知らぬところで、そう言う事をやっていた場合には分からないし、一応はヘルムス様を慕うあまり暴走したのが、先に挙げたジャーレンの件でもあるので。
「でもそうですね。ミーメさんのお陰で多少なりともマシになった事は確かだと思います。その、ミーメさんと出会った後のヘルムス様は多少、奇天烈な言動はありますが、以前に比べれば、人としてはるかに慕えるお方になったと思いますので」
「そう……ですか。それならいいのですが」
なお、キャシーさんの言う奇天烈な言動と言うのは、ワタシを褒め称える言葉の数々……宮廷魔術師とトレガレー公爵家に親しい人たちの間で広がっているアレの事だろう。
アレを奇天烈で済ませる辺り、キャシーさんは度量が相当広いと思う。
「いえ、そうですね。この際はっきりと申し上げましょう。ミーメさん。ヘルムス様を変えたのは間違いなく貴方です。それも、明確に良い方向へと変えてくれました。ですので、この先、誰かに何かを言われたとしても、気にする必要はありません。貴方こそが、ヘルムス様の愛しているお方なのです。これだけは覚えておいてください」
「……。分かりました。覚えておきます」
柔らかな……慈悲深い笑みと共に放たれたキャシーさんの言葉に、ワタシは静かに頷く。
「ただ……。そう、ただです。あの奇天烈な言動を見ていると、ヘルムス様はミーメさんの心情を無視して動き回る事もあるでしょう」
「それは……まあ、そうですね」
うん、無いとは言えない。
と言うか、それもまた実際にあった事だ。
具体的に言えば、例の奇天烈な言動とか、少し前の『ブラックハート』周りとか。
「ですので、そういう時は周囲に相談をしていただければと思います。わたくしに手紙を出すというのも良いかもしれません。宮廷魔術師であるミーメさんには外で語ってはならない事もあると思いますが、そうでない事であれば、わたくしでも相談に乗るくらいは出来るかもしれませんから」
「分かりました。その時は……いえ、何だったら、相談がない場合でも送らせていただいてもよろしいですか? その、ワタシの拙い手紙でよければ、ですが」
「勿論です。練習代わりでも構いませんので、是非送ってください」
ワタシの手紙を書く技術はそこまで高くない。
文字の綺麗さについては闇人間に任せれば問題は無いのだけれど、それ以外の部分……文章そのものついてはまだまだなので、キャシーさん相手に練習をさせてもらえるのは素直に嬉しい。
そして、王城の外に相談相手が出来ると言う事も嬉しい話である。
「ミーメ嬢。お話は終わりましたか?」
「「ヘルムス様」」
ヘルムス様の声がした。
どうやら一時間経ったらしい。
「はい、話は終わりました。ですので、わたくしはこれで席を立たせていただきますね」
キャシーさんが席を立ち、カフェの外へと歩いていく。
「キャシーさん。手紙、王都に戻りましたら、送らせていただきますね」
「はい、楽しみにしています」
そうしてキャシーさんはカフェの外へと歩いて行った。
で、カフェの外に出て行ったキャシーさんは誰か……『人間』属性の感知で探る限りは男性であるその人と出会い、楽しそうに笑い合うと腕を組んで、何処かへと歩いて行った。
うん、属性感知だけでも分かるくらいには、幸せそうな様子だった。
「ミーメ嬢。スケルライト次期子爵夫人とはどのようなお話を?」
「色々とお話を聞かせてもらいました。そうですね……とりあえずですが、ヘルムス様」
「はい」
「王都に戻ったら、キャシーさんとキャシーさんの旦那様にお礼の手紙を書き、何かしらの品を渡しましょう。それぐらいの事はしてもいいと思います」
「はい? いえ、ミーメ嬢がそう言うのなら、考えはしますが……」
とりあえずヘルムス様はキャシーさんとスケルライト次期子爵に色んな意味で感謝するべきだと思う。
キャシーさんが良い人で、スケルライト次期子爵がキャシーさんに見合うだけの良い人でなければ、絶対に今よりももっと多くのトラブルが起きていただろうから。
「それでヘルムス様。ドレスについてはどうなりましたか?」
その後、ワタシはヘルムス様からドレスの事を聞き、今日やるべき事は無事に終えたのだった。




