176:三者三様糸紡ぎ
「ほ、本日はウチの為に時間を割いていただき、ありがとうございます」
「ストリンさん、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。協力すると言う約束だったわけですから」
「ええそうですね。私など見ているだけでしょうし」
オイゲン様、そしてキャシーさんに会った次の日。
ワタシとヘルムス様は、公爵家の屋敷内に設けられたストリンさんの作業場へとやって来ていた。
作業場の中には、糸車などの素材の糸化に必要であろう道具が一通り揃えられている。
なお、この場にはワタシたち以外にも、ペスティア様、それに手伝いであるらしい闇属性でない侍女が二名ほど居る。
「それではストリンさん。早速ですが」
「はい! 頑張らせていただきます!」
ちなみに、ストリンさんは素材の糸化をワタシに見せて、至らない点や改良点があれば指導すると言う話はされているが、出来上がった糸化魔物素材を出来によってはワタシのドレスの刺繍や縫い付けに用いると言う話はまだされていない。
現物が無い内に話をして、ストリンさんにプレッシャーをかけても仕方がないと言うのもあるし、出来上がった糸が使い物になると言う保証もまだないからだ。
ただ、ペスティア様や、手伝いの侍女の方たちは使われる可能性も把握しているので……ストリンさんを見る目が、必要以上に緊張を帯びたものになっている。
「ウチが今回使うのはこの骨です」
「牛系統の魔物の骨ですね。少し光属性が混ざっていますね」
「ですです。先祖返りして、魔物になりかけた牛らしいです。少し前に公爵様が一頭買いし、バラした物の一部を譲ってもらいました」
ストリンさんがはそう言うと、牛の頭蓋骨、背骨、骨盤の骨を順番に持ち上げて、見せてくれる。
肉は一切付いておらず、真っ白な骨だ。
「魔物そのものは使わないのは練習中だからですか?」
「その通りです。失敗はしなくなりましたが、その、高級な素材を扱うのはまだちょっと……駄目にしてしまった時が怖いので」
ストリンさんの言葉を聞いたワタシとペスティア様の視線が合う。
うん、ワタシとしては、『怖いなら自分で狩って来ればお金の心配も失敗の可能性も大して気にしなくてよくなる』と言う所なのだが、ペスティア様としては、『変な圧をかけるんじゃないよ』と言うところのようだ。
まあ、今はまだペスティア様の方向性で良いので、素直に見守る事とする。
「ストリン」
「あ、はい! は、始めます! 闇よ来たれ。そして染み込め。『エンチャントダーク』」
ペスティア様の声に応じて、ストリンさんが動き始める。
牛の骨盤を皿の上へ載せると、骨盤の中へと染み込むように闇を生み出し始める。
闇が染み込んでも、最初の内は変化はなかった。
だが、数分ほど注ぎ込み続けると、やがて骨盤の中から闇が溢れ出すようになって、溢れ出した闇によって骨盤は表面を包み込まれ……真っ黒な塊が出来る。
ワタシの八顕現の考え方に従うなら……生成と付与を主体とした動きになるだろう。
「よし。続けて。闇よ。境界だけを失い、揺らめけ」
ストリンさんが真っ黒な塊を操ってこねくり回し、球に近い形に仕上げていく。
真っ黒な塊の中で何が起きているかは……ワタシやペスティア様のような闇属性の人間にしか分からないだろうが、変化は確実に生じている。
骨盤が形だけを失い、保有する魔力や性質はそのままに混合され、均一化していっている。
八顕現だと……操作と変形だけでなく、形だけを対象とするために特化も使っている事だろう。
「ん。見つけただ」
ストリンさんが真っ黒な塊に指を突っ込み、ゆっくりと引く。
するとそれに合わせて、まるで蚕の繭から糸を引き出すかのように、真っ黒な塊から糸のように細くなった闇が引き出される。
「これを繋いで……」
引き出されたそれをストリンさんは糸車に繋ぎ、ゆっくりと回し始める。
そうする事で、真っ黒な塊からは次から次へと糸状の闇が引き出されていく。
だが、ストリンさんはただ回すのではなく、糸を束ねる場所の手前でストリンさんは指を当てていて、その指に触れたところで糸状の闇は闇を引き剥がされる。
そして、闇の内側から現れたのは……骨のように白い糸だった。
八顕現で言えば……抽出を此処でやっているようだ。
「後は速めず緩めず……。ウチがいつもやってきた事だ。だから、心配する事なんてねぇ」
それからは一定のペースでストリンさんは糸車を回し続け、真っ黒な塊が消えてなくなるまで糸を作り続けた。
一時間ほど経つ頃には、糸車には、素材となった牛の骨盤とほぼ変わらない量の真っ白な糸がまとめられていた。
「完成だ……です。『闇軍の魔女』様、『船の魔術師』様」
「お見事です。ストリンさん」
「お疲れ様です。ストリン嬢。では、検分の時間ですね」
少し疲れた様子のストリンさんを横目に、ヘルムス様が色々と調べ始める。
だが、ワタシとしてはこの時点で手放しでストリンさんの事を褒め称えたいくらいだった。
うん、本当に見事に素材の糸化だった。
改良点など、ぱっと見では二点くらいしか思いつかないくらいで、しかも、その改良点は品質には寄与しない部分の話である。
本当に見事としか言いようがない。
「素晴らしいですね。間違いなく糸であるのに、骨でもある。光属性もそのまま。なるほど。これが素材の糸化ですか」
「えへへへへ……。『船の魔術師』様に喜んでもらえて何よりです」
まあ、改良点を伝えるのはまた後にするとして。
ヘルムス様に続いて糸を検分してみれば、確かに光属性の牛の骨がそのまま糸になっている。
糸らしく曲がりはするが、切るには骨を切るような作業が必要になるだろう。
この分なら、細かい性質までもそのままになっていそうだ。
うん、本当に素晴らしい。
「『闇軍の魔女』様。何か直した方が良い所はありますか?」
「直した方が良い。と言うところは見つからないです。こうした方がより安全に出来るだろうと言う点はありますが」
ワタシの言葉にストリンさんは興味津々な様子を見せている。
「そうですね。折角なので実演してみますか」
「ん? クソガキ。アンタ出来るのかい?」
「ワタシが考案者ですから、品質や細かい部分を抜きにすれば、実演は出来ます」
ワタシは牛の頭蓋骨を手に取ると、そこへ闇を染み込ませる。
『万能鍵』属性で抵抗をぶち破り、『人間』属性から胃液や吸収の概念を持って来て混ぜ込む事による、超高速浸透だ。
そして、闇を浸透させて、物の境界を揺るがせつつ球体にしたら、人間の髪の毛を太さの参考にした闇を球体から引き出し、ある程度伸ばしたところで闇を抽出還元して引き剥がす。
こうする事で、ものの数分でワタシは牛の頭蓋骨を糸に変えて見えた。
「流石はミーメ嬢」
「……」
「あ、あっという間だ……。ウチ、必要ないんじゃ……」
ワタシの行動にヘルムス様はいつも通りに褒め称え、ペスティア様はワタシの胸元に目を向け、ストリンさんは唖然としている。
「確かに完成ですが、ストリンさん。この糸をよく見てください」
「ん? あー……細くて、なんか切れそうだ……ですね。その、『闇軍の魔女』様、どうしてこの細さに? こんなに細い糸だと、服の刺繍には向かなさそうです」
「加工の過程で混ぜている第二属性の影響で、この細さにしか、ワタシは出来ないんです。なので、物としてはストリンさんの作ったそれの下位互換と言っても過言ではないですね」
「「「!?」」」
ワタシの言葉にペスティア様以外の全員が驚いているが、事実である。
ワタシの作った糸は『人間』の髪の毛を参考にしている影響で、太さや性質の一部がそちらに引きずられており、そのせいで強度などに支障を来している。
糸化には成功しているが、それだけとも言えた。
ハンカチのような、繊細な刺繍を求められる場所には使えるかもしれないが、ドレスの刺繍にはたぶん向かないだろう。
「なるほどね。真似は出来ても、品質は製作者の腕次第になりそうだ。アタシの腕じゃ、糸じゃなくて紐とか言われちまいそうだ」
ついでにペスティア様も残されていた牛の背骨で糸化を試してみたようだが、確かに太い。
そしてその分だけ、曲がりなども悪そうなのに……どことなく脆そうにも見える。きっと第二属性の影響だろう。
使い道としては、飾り紐のような使い方ぐらいだろうか?
まあ、ワタシに言わせれば、何度も見て、こっそり練習もしていたのだろうけど、考案者でもないのに十分な速さで作れている時点でペスティア様も十分凄いのだけど。
「えーと? つまり?」
「ストリンさんは凄いので、謙虚である事は必要ですが、卑屈になる必要はない。と言う事だけはとりあえず覚えておいてください」
「ん。分かっただ……分かりました」
「そして、その上で改善出来そうな点だけは伝えるので、出来そうなら試してみて下さい」
「はい!」
それはさておき、伝えるべき事は伝えてしまおう。
これが出来るようになれば、ストリンさんの素材の糸化は、もっと効率的かつ安全になるはずだ。
05/06誤字訂正




