174:予期せぬ出会い
「ミーメ嬢。こちらの意匠はどうでしょうか?」
「少し子供っぽくないでしょうか? 見た目的には合うと思いますが」
オイゲン様と別れた後。
ヘルムス様とワタシは服飾の店にやって来た。
店の雰囲気としては、以前に王都でヘルムス様とともに訪れたお店のそれに近い……と言うより、あのお店の本店がこちらであるらしい。
店にやってきた理由自体はとても単純で、今度のトレガレー公爵家主催の舞踏会に参加するに当たって必要なドレス。それを二週間と言う短時間で準備してもらうには、ある程度先に話を付けておく必要があるからだ。
ワタシの立場上、中途半端な品を身に着けることは許されないので、布地も人手も必要なのは確実なのである。
「刺繍に使う糸については少し待ってもらえますか? こちらで少し考えている事がありまして、もしかしたらそっちを使ってもらう事になるかもしれません」
「そうですね。その可能性は高いと思うので、私からもお願いします」
とりあえず、どのようなドレスにするにしても刺繍は必須。
必須であるなら、ストリンさんが素材の糸化によって生み出した物を用いるべき。
そうする事で、素材の糸化の有用性を示すと共に、ストリンさんの背後にワタシやヘルムス様、トレガレー公爵家が居る事なども示せるのではないか。
と言うのは、現状でも考えている。
この考えについてはヘルムス様としても同意するところなようで、私の隣で頷いている。
まあまだストリンさんにも、ペスティア様にも相談していない話なので、断られる可能性も普通にあるわけだが。
「後は……」
そうして店の人と話し合っていると、ワタシは自分に向けられる視線を感じたので、そちらの方を向く。
「……」
そこには見るからに貴族な女性が、雷属性を示す黄色の瞳を大きく見開き、驚いた表情で立っていた。
女性はベビーカーのような物を持っていて、そこには一歳くらいの赤ん坊が居る。
女性の隣には侍女と思しき女性が立っていて、こちらはどうしたものかと言う表情をしている。
「ミーメ嬢。どうかされ……」
ヘルムス様もワタシの様子から気づいたのか、女性の方を見る。
すると女性の侍女と同じようにどうしたものかと言う表情に変わる。
なんなら、今さっきまで驚いていた女性も、困った様子を見せ始めている。
ついでにワタシたちの護衛も女性が誰か分かったらしく、困惑している。
うん、なんだこれ。
いやまあ、此処がヘルムス様の地元であり、昔からの知人も沢山居る事。
これまでに聞いたヘルムス様の過去。
そう言ったものを合わせて考えれば、女性が誰であるかは想像がつく。
だけれども、誰もが想定していなかったタイミングで会ってしまったせいで、ワタシ以外の全員が硬直状態に陥ってしまったらしい。
うん、こうなれば、ワタシが動くのが筋だろう。
「コホン。そちらのお方。ワタシは『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズと申します。貴方はヘルムス様の御知り合いだと思うのですが、名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「……。失礼いたしました。わたくしはキャシー・スケルライトと申しまして、トレガレー公爵様に文官の一人としてお仕えしている次期スケルライト子爵の妻となります。ヘルムス様との間柄については……」
キャシーと名乗った女性が此処でヘルムス様に一度視線を向ける。
ヘルムス様は何も言わないし、何なら視線も合わせようとしない。
「元婚約者であり、幼馴染でもあります。婚約についてはもう終わった話であり、未練など欠片もございませんが」
「なるほど」
やはりそうだったか。
ただ、もう終わったとか、未練などない。と言う言葉に嘘は無いのだろう。
どちらかと言えば、ヘルムス様に今向けている視線は、『気まずそうにしてないで、ちゃんと説明するべき事は説明しなさい』と咎めるような感じの物である。
「ヘルムス様」
「なんでしょうか、ミーメ嬢」
「ワタシ、折角なのでキャシー様と少しお話したいと思っているのですが、この場はお任せしてもよろしいでしょうか?」
「……。分かりました。そう言う事なら店の隣のカフェでお願いします。一時間ほどしたら迎えに行きますので」
「はい。キャシー様、勝手に決めてしまって申し訳ありませんが、お付き合いいただけますか?」
「願ってもない申し出です。『闇軍の魔女』様。是非、ご一緒させてください」
と言うわけで、ドレスの細かい部分についての話をヘルムス様に任せつつ、ワタシとキャシー様は店を出て、隣のカフェに移動する。
なお、当然のことながら、キャシー様の侍女にキャシー様の子供、それにワタシたちに付けられていた護衛の方も一人、同行する。
「では改めまして。ワタシは『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズと申します。ヘルムス様の現婚約者でもあります。私的な場でしたら、お好きにお呼びください」
「では、ミーメさん。で、よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
訪れたカフェは照明も、飾りも、お茶の香りも落ち着いた雰囲気で、話し合ったり、ゆっくりと待つのによさそうなカフェだった。
うん、紅茶が美味しい。
そして、寒天を用いたらしいお菓子も非常に美味しい。
「それではわたくしも改めまして。わたくしはキャシー・スケルライトと申します。旧姓はプレノブル。貴族院に通っていた頃……と言っても、15歳の頃までですが、それまではヘルムス様の婚約者でした。わたくしのことも好きに呼んでください。ミーメさん」
「では、キャシーさんでよろしいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」
キャシーさんは落ち着いた様子で話している。
それにしてもキャシーさんが15歳の頃と言うと……ヘルムス様も同じくらいの頃だろうし、そうなると、ワタシとヘルムス様が出会う前か。
「それで……ミーメさん。わたくしは何を話せばいいのでしょうか? 先に申し上げた通り、ヘルムス様に対する未練の類は一切ありませんし、貴方に対して思う所もありません。今のわたくしは、トレガレー公爵家に仕える一子爵家の次期夫人。それ以外の何者でもないのですが」
「そうですね……。折角ですので、昔のヘルムス様について教えて欲しいとは思っています。その、ヘルムス様は聞けば話してはくれるでしょうが、余計な情報が色々と混ざりそうな予感がしていまして。代わりにワタシから話せる事は話します」
「なるほど。そう言う事ならば。では、先にミーメさんがヘルムス様に出会ってからの話をしていただけますか? ヘルムス様の話で知ってはいますが、ヘルムス様が話すと……圧が強いので。ミーメさんの目から見た情報も欲しいのです」
キャシーさんもワタシも同じような表情をしてしまう。
うん、そうだよね。
ヘルムス様のワタシを称える話は圧が強いよね。
実態がどうなのかは知りたくなって当然だと思う。
「分かりました。その程度で良ければ幾らでも」
と言うわけで、ワタシはキャシーさんにヘルムス様と出会い、一週間だけ教え、再会から今に至るまでの話を掻い摘んで話す。
勿論、宮廷魔術師として機密に触れるような話や、ワタシがトリニティアイである事は抜かす形になるが……そこはキャシーさんも分かっているらしく、問い質すような事はせずに、流してくれる。
「なるほど。年下師匠と年上弟子。自分の成果を過小評価している師匠と過大評価している弟子。目立ちたくない師匠と目立たせたい弟子。なるほどなるほどなるほど……」
なお、途中からキャシーさんは熱心にメモを取るようになり、ブツブツと何かを呟き始めている。
何か、琴線に触れるような事でもあったのだろうか?
まあ、腐敗臭の類はしないからいいか。
「キャシーさん」
「っと、失礼しました。ミーメさん。では、わたくしからも話させていただきますね。ただ、あまり期待はしないでくださいね。わたくしとヘルムス様は婚約者ではありましたが、婚約破棄をするべきと言う間柄だったわけですから」
それよりも重要なのは、キャシーさんから見たヘルムス様がどんな人だったのかである。
と言うわけで、ワタシは背筋を正して、キャシーさんの話を聞き始めた。
念のために申し上げておきますと。
キャシーさんは普通にいい人です。
趣味が小説執筆なだけです。




