173:船乗りの頃のヘルムス
「こ、公爵って……」
「大丈夫ですよ、ミーメ嬢。オイゲンはアチラの公爵家の血を確かに引いていますが、それを笠に着るような人物ではありませんので」
「ヘルムスの言う通りだから安心してくれレディ。そもそも、公爵家の血と言っても、現公爵の従兄弟の息子だ。末席も末席。次代からは公爵家の血縁ですって名乗るのも憚られるくらいだよ」
「は、はぁ……」
ワタシはオイゲン様の言葉に驚きを示したが、ヘルムス様もオイゲン様も何でもないように流してしまっている。
二人の様子から察するに、二人にとっては本当にどうでもいいことなのだろう。
「しかしオイゲン。お前が船長とは……何があった? あんなに嫌がっていた上に、年齢的にもまだまだだろう」
「元船長が馬鹿をやって縛り首になったんだよ。んで、誰を次の生贄にするかって考えた時に、オレの血筋が一番良かった。それだけの話さ。そうでなければ、『オイゲノール号』なんて自分の名前そっくりの名前がついた船の船長になんて恥ずかしくてなれないさ」
「ほう。あの船長死んだのか。あの時も怪しいとは思っていたが……」
「ああ、あの時の一件から遂に尻尾を掴んだのさ。ちなみに今回がオレを船長とした初航海で、着いたのは二日前だな」
とりあえず確かな事として、ヘルムス様とオイゲン様はとても親しいようだ。
ヘルムス様の表情がジャン様と話す時と同じように明るく楽しげなものになっている。
「ヘルムス様、オイゲン様。お二人にはどのような過去があるのですか?」
しかし、分かるのはそこまでなので、折角だし、過去にどのような付き合いがあったのかを尋ねる事にした。
単純に興味があっての事である。
そんなワタシの質問に二人は一度顔を見合わせた後に教えてくれた。
「オイゲンとはマギアサル王国に向かう交易船団で一緒になった事があるんです。当時のオイゲンは……多少偉い船乗りくらいだったか?」
「そんなところだな。対するヘルムスは第二属性持ちの魔術師なのに、修行のために乗ってきたって事で、中々にいけ好かない奴だった」
お二人曰く。
グロリアブレイド王国からマギアサル王国までは、船で片道一か月ほどかかるらしい。
その間、ずっと海と言う魔境を進む事になるため、少しでも安全に進むべく、交易船たちは4隻から6隻程度で集まり、船団を組むそうだ。
ヘルムス様とオイゲン様は別々の船に乗っていたものの、歳や爵位、立場などが比較的近い事もあって、仲良くなったとの事。
ちなみに、船団では、航行中に船から船へと魔術を使って飛び移る事もあるそうで、比較的簡単に行き来が出来たとの事。
「一番求められたのは生活用水でしたね。私が大量の水を作れるからと、毎日求められた思い出があります」
「だったな。いやぁ、ヘルムスが居た時は本当に楽だった。魔術で作れるとは言え、普段は万が一を考えて、使う水の量はかなり絞っていたんだが、ヘルムスが居れば風呂も洗濯もし放題だった」
船では魔術が全力で活用される。
特に利用されるのが、周囲全てが水であるために、陸地よりもはるかに使いやすくなっている水属性魔術。
飲み水を含む生活用水を生み出す事は勿論の事、船を動かすのにも、魔物除けも、海中から攻撃を仕掛けてくる魔物との攻防にも、利用されるそうで……非常に忙しく、文字通りの命綱になるようだ。
「今でも思い出すな。あの航海の最後の襲撃はヤバかった。トビケンウオは雨のように飛んでくるし、バレットツナが海の中から突っ込んでくるし、それ等よりはるかにヤバいのが海中から迫って来てる気配もあった」
「懐かしいですね。最終的には私の粘性の水で幾つの穴を塞ぎ、何体のトビケンウオを絡め取ったか……」
「だがおかげで助かった。陸に着けた後に、オレが秘蔵の酒を思わず開けて、渡してしまうくらいにはな」
これは余談となるが。
海は陸地から離れれば離れるほどに水深が深くなる都合上、潜んでいる魔物も巨大化かつ凶暴化していく傾向にあるそうだ。
なので、船団が進む海路は、先人たちが必死の思いで切り開いた、少しでも危険性が少ない物を使うようにしているらしい。
ただ、そのおかげで、最近は比較的安全な二国間の行き来が可能になったのだとか。
逆に、使われていない海路に潜んでいる魔物については、人類は殆ど情報を持っていない。
遭遇したら文字通りに全滅してしまう事が殆どだからだ。
海と言う魔境がグロリベス森林の深層と同じかそれ以上に厳しい事がよく分かる話である。
まあ、当然と言えば当然だろう。
前世知識でも、深海は最後のフロンティアと呼ばれていたくらいなので、魔物と言う脅威がある今世ならばなおの事と言うものだ。
「ああ、いい加減に話を切り上げるべきだな。何時までもレディを放置して、男二人で語り合っているもんじゃない」
「そうだな」
「ワタシとしては聞いていて楽しかったですが……」
「オイゲンにも用事がある。と言う事ですよ、ミーメ嬢」
「あ、申し訳ありません。オイゲン様」
「いやいや、気を使わせてしまってこちらこそ申し訳ない。レディ」
ワタシが合いの手を入れつつも、基本的にはオイゲン様とヘルムス様の二人で話をし続ける事一時間ほど。
屋台で売られていたジュースと軽食を口にしつつ、ヘルムス様が船乗りの一人として修行していた頃の話を色々と聞く事が出来た。
そして、ワタシ個人としてはまだまだ聞いていたかったところではあるが……二人が示し合わせて、話は終わる事になってしまった。
「えーと、これがそうだな。ヘルムス」
「オイゲン、これは?」
オイゲン様が何かが入った袋をヘルムス様へと渡す。
中身を見たヘルムス様は意図が読めなかったのか、少し困っている。
「天然物のカラフルペッパーだ。レディが例の年下師匠で、船が港に到着してから二日間でオレが得た情報の通りなら、そう言う事なんだろう? だったら、オレ個人からの祝いの品ってところだな。受け取ってくれ」
「そうか。そう言う事なら素直に受け取っておこう。ありがとう、オイゲン」
「おう」
そうしてオイゲン様は去って行った。
向かう先は公爵家の屋敷がある方で、もしかしたらトレガレー公爵様に何か用事でもあるのかもしれない。
それはそれとして。
「ヘルムス様。カラフルペッパーとは?」
「マギアサル王国に自生している植物系の魔物ですね。生態は胡椒に近く、木の実の味も胡椒に近いのですが……少し特徴がありまして」
ヘルムス様が袋の中から房付きのまま乾燥させたらしい木の実を取り出す。
木の実は色とりどりで、白、黒、赤、青、橙の五色が入り混じっているようだ。
そして、ワタシが少し探った感じ、木の実ごとに含んでいる魔力の属性が異なっているように思える。
「色ごとに味も微妙に異なり、異なる色のカラフルペッパーを混ぜれば混ぜるほどに味わいが増す性質があります。私が知る限りでは……確か最大で九色まであったはずです」
「ふむふむ」
「そして、木の実に付ける色の数が増している個体ほど強力な魔術を使う魔物でもあります」
「なるほど」
どうやらカラフルペッパーと言う魔物は、中々に厄介な魔物であるらしい。
個体ごとに使う魔術の属性も規模もバラバラで、木の実を採取する難易度もバラバラらしい。
養殖物もここ百年ほどで生まれたが、白か黒の一色のみであるため、天然物の価値はうなぎ上りなのだとか。
なので、オイゲン様が渡してきた五色入り混じったカラフルペッパーの房付き木の実と言うのは、結構な価値があるものになるらしい。
そして、その価値に見合うだけの風味も持ち合わせているのだとか。
「グロリアブレイド王国内で増やせないかと考えてしまいそうになりますね」
「分かります。ですがミーメ嬢、生きた魔物の輸送は特別な許可が無ければ違法行為なのでしないでくださいね。特に国家間だと、重罪扱いになりますので、絶対にしないでください」
「あ、はい。それはそうですよね」
これもまた余談となるのだが。
大昔、植物系の魔物を密輸しようとした船があったらしい。
だが、航海中に魔物は大繁殖し、港に着く頃には船の殆どが蔓に覆われた、幽霊船のような状態になっており、乗組員も魔物に操られた状態になった船があったのだとか。
その船は結局、港に着く事が許されず、船も乗員もまとめて焼き払われたそうだ……。
そんな事があったため、グロリアブレイド王国含め、今現在やり取りがある全ての国家間で、一定基準以上に危険な魔物を生きたまま輸送する事は特別な許可が無ければ、してはならない事になったのだとか。
うん、納得しかない話だった。




