155:サキ触れ
「集合? 今からですか?」
「どうやら、本陣で何かあったようですね」
イストフィフス侯爵領の領都攻略二日目。
そう、昨日一日で色々とあったから、既に数日経っているような気分だったけれど、まだ二日目。
ユフィール様によってワタシの体調に問題がない事が確認された後。
ワタシとヘルムス様は朝早くに南の陣地に戻ると、作戦に従って海側から領都に侵入する予定だった。
だが、それを実行する前にドバート様から急な知らせがもたらされて、ワタシたちは本陣でもある東の陣地にとんぼ返りする事となった。
移動用闇人間で楽に行き来できるとは言え、いったい何があったのだろうか?
ワタシもヘルムス様も不安を覚えながら本陣に戻ると……。
「ふふふふふ……」
「はぁ……」
そこには畑の上に置かれた机の上で正座させられているサキさんの姿があった。
そして、その姿を何処か呆れた様子の宮廷魔術師長様や、喜ばしそうにしている『石抱きの魔術師』様や、普段と変わらない様子のユフィール様と言った面々が眺めている。
うん、なんだこれ。
「あら、おはようございます。『闇軍の魔女』ミーメ様。『船の魔術師』様」
「おはようございます。サキさん」
「……。挨拶は大事ですので、言っておきましょうか。おはようございます。サキ嬢」
サキさんがワタシたちに挨拶をしたので、ワタシは素直に。ヘルムス様は渋々と言った様子で返す。
サキさんが身に着けている物に変わりはない。
しかし、第二属性『未明』に目覚めた影響なのか、左目は虹彩が黒く染まっていて、闇属性のようになっている。
ただ、ワタシが感知する限りでは、今のサキさんは如何なる魔術も使っていないようだ。
「宮廷魔術師長。いったいどのような状況ですか?」
「今朝、サキ君が陣地を訪れてね。昨日のライアーのように不意打ちをされては困るから、こうして机の上に座ってもらった。その上で話を聞いているのだけど……どうやら、領都を事実上、陥落させてきたらしい」
「陥落?」
「詳細は省くけれど、既に侯爵の最側近以外は吾輩たちに従うように『精神』属性魔術も活用して誘導してきたそうだ……。これだから『精神』属性は怖いんだ。優秀な者に時間と自由を与えると、平然と街の一つや二つくらいは掌握してしまう」
「ふふふ。お褒めにあずかり光栄です。『赤顔の魔術師』様」
「……」
ヘルムス様もワタシも唖然とする他なかった。
いやまあ、『精神』属性なら洗脳のような事も出来るし、これまで見聞きした物を考えると侯爵への忠誠心がある人間なんて限られているだろうから、第二属性を得て魔術の出力が上がったサキさんなら、街の掌握も可能だとは思うけれども……。
実際にやって見せるとは。
「『石抱きの魔術師』殿。貴方の妹がとんでもない事をしでかしてくれたようですが?」
「優秀で素晴らしい義妹だろう? 俺なんかとは大違いだ!」
「褒めてませんが? 洗脳による都市一つの掌握は危険視をされる事はあっても、称賛は出来ませんが? 信用できるかも分かりませんし、どちらにせよ私たちの作戦が組み直しになるのですが?」
「はははははっ、それこそ俺の知った事じゃねえな」
ヘルムス様と『石抱きの魔術師』様が何か言い合いをしている件については、『何してんだコイツら』と言う視線を向けておくだけに留めるとしてだ。
「宮廷魔術師長様。作戦はどうなるのですか?」
「そうだね……。基本的には昨日通達した物と変わらない。まずは降伏勧告と罪状通達。それから……昼を待たずに進軍して、侯爵を含む関係者各位を捕縛。サキ君が本当に上手くやってくれているのなら、これでいいだろう。勿論、サキ君が上手くやれたと思っていただけの場合に備えて、警戒は十分にする事」
「分かりました。サキさんについては?」
「この中で精神誘導の類に最も耐性があると同時に、サキ君が何かした時にすぐさま制圧できるのはミーメ君だ。だからミーメ君には申し訳ないが、サキ君と一緒に行動してほしい。いざと言う時には叛意有りで殺して構わない」
「そうですね。そう言う事なら、ワタシがサキさんを連れて歩きます。サキさん、こちらへ」
ワタシは少し調整を加えた移動用闇人間を一体出現させると、サキさんにそちらへ移動するように促す。
サキさんは無言でそれに従い、移動用闇人間に腰掛ける。
この移動用闇人間は乗せた人間の安全を第一としつつも、ワタシが許可しない限りは降りる事も魔術を使う事も許さず締め付けるようになっているので、これでサキさんについては色々と保障された。
「それと、ミーメ君とヘルムス君は昨日の時点では港の方に行って貰う予定だったが、そこは変更。ミーメ君とヘルムス君は吾輩と一緒に侯爵家の本邸に来て欲しい」
「船は放置でいいのですか?」
「その船が無いんだ。サキ君がトリニア教の方面長たちを唆し、唆された彼らが愚かにも昨夜の内に逃げ出してしまったらしい。ああ、船が本当にない事はドバート君が既に確認済みだ」
「なるほど」
そう言う事なら、確かにワタシたちが港に行っても意味はない。
だったら、戦力は他の所に回すべきだし、外から領都へ船が戻ってきた場合は見えてから対処すれば十分か。
「報告いたします!」
「うん、どうだった?」
そうこうしている内に降伏勧告を行っていたらしい騎士が戻って来て、宮廷魔術師長様に報告をする。
と同時に、領都の城壁のあちらこちらで降伏の白旗……いや、白めの布を括りつけた即席の棒が掲げられていく。
どうやらアレが合図らしく、宮廷魔術師長様とサキさんが頷き合っている。
「よろしい。それでは領都に入る! 各自警戒をしつつ進むように!」
宮廷魔術師長様の号令と共にワタシたちは領都に向かって移動を始める。
なお、王城側の人間全員が領都に入るわけではなく、一部の騎士や兵士、それからドバート様のような後方に居た方が良い人間は陣地に留まるとの事。
「本当に攻撃されませんね」
「当然です。ここで王城側の人間に攻撃をしてしまったら、折角見えた希望が潰えてしまいますから」
「その割には誰も彼も緊張していますね」
ワタシは、ワタシ、サキさん、ヘルムス様の三人で固まって領都に近づいていく。
城壁の上に居る兵士たちは槍も弓も構えていない。
ただ、緊張していると言うか、何かを警戒している様子ではあった。
「信用できないのです。希望が既にない事が確定している者が何処かに居て、その者が破れかぶれになるのではないかと」
「なるほど」
「そう言う事ですか。これは復興には時間がかかりそうですね」
人が人を信用できなくなっている街、か。
侯爵の負の遺産は随分と大きく、重たいものになりそうだ。
そんな感想を抱きつつも、ワタシたちは門をくぐって、領都の中へと入る。
「「……」」
イストフィフス侯爵領の領都は港町である。
一般的な港町のイメージと言えば、明るく、爽やかで、賑わっている。と言うものになるが……イストフィフス侯爵領の領都はそうではなかった。
兵士たちは互いを疑い、ワタシたちを訝しみ、不安を覚え、暗くなっている。
吹く風が潮っぽいのは当然であったが、それだけでは説明がつかないほどにジメっぽくて、嫌な気配がする。
街は静かなのに、こちらを遠巻きに見つめる住民のヒソヒソ声だけは届いて、陰鬱な気分を漂わせる。
あまりにも暗くて……ワタシもヘルムス様も思わず黙り、立ち止まってしまうほどだった。
「ミーメ様、『船の魔術師』様。進みましょう。この街の夜を終わらせるために」
「そうですね。進みましょう、ミーメ嬢。此処に居ても仕方がないですから」
「はい」
ワタシたちは領都の中を警戒しながら進み始めた。




