154:夜は明けた ※
今回はサキ視点となります。
ご注意ください。
「おおっ、トレイタルよ……。何故我を置いて逝ってしまったのだ……。おおっ……おおっ……寂しくないようにしてやるからな……仇は必ず討ってやるからな……」
トレイタルの死を知った父の動きは早く、そして苛烈だった。
まず、戸籍上の父親である叔父……ライアーを口で労わり、防御用のレリックを外させると、即座に自らの手で打ち殺した。
叔父が使者を装って不意打ちなどしなければ、トレイタルを助けられたかもしれない。との事だった。
反吐が出る。誰の命令で叔父がそんな振る舞いをしたと思っているのか。
その後、父は手の者を使ってトレイタルに付けていた騎士と魔術師たちを捕えさせると、気が済むまで打ち据える。
自分が疲れて来ると、周囲の者たちに代行させて、抵抗できなくなるまで痛めつけた。
そして今、彼らは広場に積み上げられ、油を掛けられ、火を点けられた。
火と痛みに悶え苦しむ声が響き渡り、命が失われていく。
父はその光景に涙を流し、嗚咽を漏らしているが……汚らしい。
今この状況で戦力を失う意味も考えられないからではない。
父が思っているのはトレイタルの事ではないからだ。
その証拠に……私の方を窺うように時折視線を向けてきている。
本当に汚らわしい。
父の事を汚らわしいと思っていてなお、目的のために今ここに居る私もまた汚らわしいと思ってしまうけれど。
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「なん……だと……」
翌朝。
夜明けと共に告げられた言葉に父は呆然としていた。
王城の人間たちが動いたからではない。
トリニア教のグロリアブレイド王国方面方面長……父が前方面長を暗殺して、その地位に就いた男が、周囲に居る部下、女、財宝と共に、大型船に乗って領都からの脱出を図ったからである。
「あの恩知らず共がぁ! 我のおかげでその地位に着く事が出来たと言うのに! 我の陰であれほど甘い蜜を吸っていたと言うのに! 今ここで逃げ出すとは! 恥を知れ!!」
状況を理解した父は激昂し、近くに偶々居ただけの侍女が打たれる。
トレイタルの部下たちと違って本当に偶々近くに居ただけだし、今回の事は私にも原因がある事なので、私は密かに精神属性魔術を行使して父を鎮静化したが……それでも侍女は気を失うまでぶたれた。
侍女には申し訳ない事をした。
「追手は!?」
「今は追うための船がございません。トレガレー公爵領へ行った船が戻ってこなければ……」
「くそっ! 覚えておけ……王城の連中が片付いたら、草の根を掻き分けてでも探し出して、殺してくれるわ!」
父の言葉に私としては呆れる他ない。
今の状況から父が生き延びれると思っている事もそうだが、私が夜の内に逃げ出すように指示をした方面長たちがまだ生きていると思っている事も愚かしい。
素人ばかりが集まり乗った船など、何処かの港に辿り着けただけでも奇跡。
十中八九、何処かへ辿り着く前に、岩礁にぶつかって座礁するか、何かしらの魔物に襲われて沈む事だろう。
そして、何処かへ辿り着けたところで、彼らの悪評は既に外国まで轟いているのだから、助かる可能性など無い。
「ぐぬぬぬぬ……サキ! 付いてこい!」
「かしこまりました」
父は私を連れて本邸を出ると、直ぐ近くにある聖アンザンシの拠点へと向かう。
「侯爵様。何か考えがあるのですか?」
「まずは王城の連中だ! 奴らを始末せねば、何も出来ないからな!」
聖アンザンシの拠点は一年半ほど前に、本邸の改築工事をしようとしたところで発見された。
中には父が今も身に着けている防御用レリックを含め、幾つものレリックが保管されており、父はこれに歓喜すると共に、直ぐに使い方を探り出すように命じて、結果も出た。
ただ、保管されていたレリックの中には、領都の魔術師たちでは使い方どころか、どのような魔術が込められているかも分からない品もあったらしい。
そして昨日、その何も分からないレリックの一つが突如として動き出した。
「あのレリックだ。トリニティアイである『闇軍の魔女』すら退けて見せた、あのレリックの力さえ我が物に出来れば、王城の連中など如何様にも出来る」
そのレリックはミーメ様を退けた後、拠点に独りでに戻って来て、また動かなくなった。
魔術師たちには何故動いたのかも、どうやれば動かせるのかも分かっていない。
であるのに、父は自分が行けば何とかなると思っているらしい。
本当に愚かしい。
「我だ! レリックはどうなっている!」
「っ!? 侯爵様……」
聖アンザンシの拠点に入った父はレリックに近づくと、頭を下げる魔術師たちをしり目にベタベタとレリックに触り出す。
その時私が感じたのは……不快感だった。
私のものではない。レリックからだ。
どうやら、このレリックは人の精神と同じくらいに複雑な精神を有しているらしい。
そして、それだけの精神を持っているにも関わらず、慈悲深い事に、条件を満たさない限りは動く気が無いようだ。
私がそれを感じ取っている間にも、父は周囲の人間を怒鳴りつけ、しまいにはレリックを小突き始める。
まるで子供の癇癪のようだ。
「ここらが頃合いでしょうか」
「ん? 何か言ったか。サキ」
「頃合いだと言ったのです。タイラート」
私に名前を呼び捨てにされたからか、父は顔を真っ赤にして私の事を殴ろうとする。
「来たれ。『クリエイトダウン』」
「なっ!? あっ、見えな……何をした! 貴様ぁ!」
だが、その前に私の魔術によって、この場に居る全ての人間から攻撃の意思と視界を一時的に奪い取る。
『精神』属性に加えて『未明』属性を得た事によって出来るようになった、私の範囲制圧魔術。
父は知らなかったようだが、防御用のレリックは傷を与えるものならば精神を対象にしていても発動するが、この手の拘束や誘導程度ならば防御をすり抜ける事が出来るのだ。
しかし、そんな説明をしてやる義理は無い。
今話さなければいけないのは別の事だ。
「タイラート。貴方の最後の頼みの綱は貴方の指示に従う気は無いようです。となれば、此処からもう貴方が王城の者たちを退ける術はありません。なので、色々と教えてあげる頃合いだと思ったのです」
「教える? 教えるだと!? 貴様ぁ! 貴様如きがこの我に教えられる事などあると思っているのか!? 我はイストフィフス侯しゃ……」
「トレイタルに前線へと出るように唆したのは私です」
「は?」
私の言葉が理解出来なかったのか、父は大きな口を開けている。
そんな父に私は精神属性の魔術によって、自分の記憶の一部……トレイタル出陣への唆し、方面長逃走への唆し、第二属性を得ていながら秘匿していると言う事実、これから来る王城の者たちに抵抗しないように一部の者に申し付けてある事、そう言った事実を、理解できるように叩きつけてやる。
なんだったら、それ以前からの私が父を裏切っていた事実もついでとばかりに教えてやる。
「きさ……サキ……何故……」
そうする事で父は理解してしまったのだろう。
自分の跡を継いでくれる者など誰も居ない。自分の為した物を残してくれる者など居ない。自分の名は悪名しか残らない。いや、悪名が残るかすらももはや怪しい。
最後に残った娘こそが自身最大の敵だった。
そんな当たり前の事実を。
「ああっ、その表情を見たかった……」
父の表情は絶望に満ち溢れた物だった。
暗闇しか映っていない瞳も、汚らしい口も大きく開いて、小刻みに震えている。
「貴様ぁ! 母がどうなっても良いのか!」
それでも流石はこの手の薄汚い行いでこれまで生きてきた男と言うべきだろうか。
どうにか窮地を脱そうと言葉を発した。私に掴みかかろうとした。
だがしかしだ。
「何も出来ませんよ。皆は貴方に従うしかなかったから、従っていただけです。従わせるだけの力が無くなったのなら、貴方にはもう誰も従いません。貴方に従うくらいなら、母たちを守る事で取り成してもらう方がまだ生き残れる可能性がありますから」
「!?」
実行できない言葉に力はないし、見えない目で私に触れるわけがない。
「サキイイイィィィ! 貴様ぁ! 我が血を引きながら! 我を裏切るとはぁ!! あの女か! あの女の血がそうさせたのかぁ!! 平民女風情が偉大なるトリニティアイの血を引き、侯爵の地位を持つ我を謀ると言うのか! サキイイイィィィ!!」
「それではご機嫌よう。私のこのどうしようもないほどに汚らわしい在り方の元凶たる。お と う さ ま」
父が叫ぶ中、ワタシは聖アンザンシの拠点を後にする。
異変を察知した父の騎士たちは魔術で前後不覚にして、正門から悠々と、そのまま領都の外まで歩いて出て行った。
私の視界に入った太陽の輝きは、とても眩しい物だった。
では、仕上げと行こう。




