156:イストフィフス侯爵領領都
「やり過ぎるなよ! 武器を手放し降伏するのなら、捕まえるだけにしろ!」
「逃がすなぁ! 追え!」
「よし、捕らえたぞ!」
領都の攻略はとてもスムーズに進んでいった。
オルッカ様からの情報で領都内の何処を抑えればいいか、誰を捕まえればいいのかが分かっていたと言うのも大きいが、サキさんの洗の……誘導によって、無理やり従わされていただけの人間が王城側の動きに合わせて反乱を起こしていたり、軽度の犯罪を犯した者が減刑を狙ってこちら側に着いたのも大きい。
戦えない住民たちも、これ幸いと協力してくれているのもある。
あまりにもスムーズに進み過ぎてしまって、王城側の人間は、元領都側の人間がやり過ぎないように制止しなければいけないくらいだった。
「皆、それだけ不満が溜まっていたと言う事です。私は昔の事を知りませんが、正妻様や父に近い年頃の貴族に話を聞くと、昔の領都はもっと光り輝いていたと口々に述べるくらいです」
「光り輝いていた?」
「ええそうです。大通りの商店の壁どころか、小さな通りの壁一つまできれいに掃除されて、彩られていたそうです」
ワタシは近くの壁に目を向ける。
壁は今でこそ埃や煤で汚れてしまっているが、元々は白い壁に、様々な色で丸が描かれて、カラフルな水玉模様になっていたようだ。
それは第一属性に目覚めた人の目の色を思わせつつも、芸術的な配色と配置になっている。
なるほど、これが綺麗に掃除されたのなら、確かに光り輝いているような光景になるのかもしれない。
「侯爵は掃除を命じなかったのですか?」
「把握している限りでは命じていませんね。住民たちも掃除をするような余力があると認識されれば、父や父の手の者から何をされるか分かった物ではありませんので、手付かずになってしまったようです」
「酷い話ですね」
イストフィフス侯爵領の領都は、街の中心部に侯爵家の本邸やトリニア教の大きな教会を含む貴族街があって、その周りに平民の住居や商店、工場などがある構造になっている。
ワタシは現状を正しく知るために闇人間を大通りから外れた道へと向かわせる。
すると、通りから外れるほどに全てが荒んでいく。
道の舗装は剥がれ、壁は黒くくすむだけでなく何かのシミがあり、汚物と死体が平然と転がっていて、スラムのような様相を呈していく。
当然ながら、王都ではまだまだ治安が悪くならない程度の距離だ。
それなのにこの状況となれば……侯爵の治世がどれほど酷かったのかがよく分かる。
「サキ嬢。オルッカ殿によれば、侯爵は王城からの監査は賄賂と脅迫で乗り切っていたと聞きますが、貴方はその詳細を知っていますか?」
「その件については私は知りません。貴族院卒業後、基本的には王都に居ましたから。ただ、父らしい手口だとは思います」
ヘルムス様とサキさんが話をしている中、ワタシはふと気になったので呪いを意識してみる。
これほどまでに街全体が荒廃していて、それが侯爵の仕業であると認識されているのなら、かなりの濃度の呪いが発生していてもおかしくないからだ。
「んー?」
ただ、そうして意識しても、呪いあるいは滞留する魔力は殆ど見られなかった。
「サキさん、『ブラックハート』の構成員の内、呪いを専門に取り扱う人をこちらに向かわせたことは?」
「それについては何度かあります。トリニア教の呪いを扱える者も同様です。ただ、どちらの件も細かい部分については『ブラックハート』の首領に任せたので、私は詳細を把握していません。何かありましたか?」
「今はまだ何とも」
ワタシはもう少し詳しく見てみるが……どうやら、侯爵家の本邸やトリニア教の教会には二種類の防護策が施されているようだ。
それで新しいように見えるのが、きっとサキさんが派遣した人員が張った物で、上手く張られてはいるが、一属性だけの普通の物で、ただ呪いを弾き、防ぐだけ。
もう一つの古い方は、高度な隠蔽も掛けられているので、恐らくだが、この場で見えるのはワタシくらいだろう。
効果としては、侯爵家の本邸やトリニア教の教会の方へと呪いを集めた後に、無害化または利用できる形にして、それから都市を囲う城壁または海の方へと流されているようだ。
城壁の中には魔物除けのカカシが仕込まれている事を考えると、そのエネルギー源として呪いの一部は利用されているのかもしれない。
うん、様々な意味からオススメは出来ないし、文章化も憚られるが、このシステムを作り上げた人物……ほぼ間違いなくスケクロを作ったトリニティアイと同一人物であろうその人は、かなりの技量を持っていると思う。
これならば、500年以上、魔物除けのカカシが稼働出来ている事についても納得がいく。
ワタシが得るものも多そうだし、可能ならば後で詳しく見させてもらうとしよう。
「見えてきましたね。アレが本邸です」
「高い城壁に堀……まるで城ですね」
「そして、侯爵を含む、本邸の人間はまだ諦めていないようですね。戦いの音が聞こえてきます」
「そのようですね。ですが、私たち外の人間に気を使っている余裕はないでしょう。正妻様や母、その周囲の人物たちは王城側の人間なのですから、父の手の者たちはまずはそちらに対応しなければ籠城どころではありません」
侯爵家の本邸からは、ヘルムス様の言うように、時々爆発音や怒鳴り声のような物が聞こえてくる。
その声が聞こえた為か、宮廷魔術師長や『石抱きの魔術師』様たちも素早く本邸内へと侵入。
制圧を始めていく。
ワタシたちも役目を果たすべく、侯爵家の本邸に入ろうとした。
その時だった。
「「「っ!?」」」
不意に強烈な魔力が地中を走り、領都を囲う城壁の方へと向かって行き、城壁のあちこちから爆発音のような物が響くと同時に、白煙が上がる。
空気が変わる。
何か重大なシステムが壊れてしまったかのように、領都全体がおかしくなっていくような気配がした。
「ーーーーー!」
「ミーメ嬢! これは一体……」
「分かりません。分かりませんが、誰かが碌でもない事をしたのだとは思います」
「それについては私も同感です」
続けて本邸の中から爆発音がした。
ワタシたちは状況があまりにも掴めないため、本邸から少し距離を取った上で、近くに居た兵士や騎士たちと共に周囲を警戒し始める。
そこへ風で出来たハト……つまりはドバート様の魔術が降り立ってくる。
『とりあえず状況を伝えるぞ。恐らくだが、城壁内にあった全ての魔物除けのカカシが壊れた。少なくとも一つ二つ壊れた程度じゃないのは確かだ』
「「「!?」」」
『続けて、本邸内の一角、仮設っぽい建物がある場所から、『闇軍』が昨日戦ったスケアクロウゴーレムが建物を破壊しつつ現れて、暴れ始めている。返り血がべっとりと付いているが……俺が見た限りでは、外に出て来てからは侯爵側の人間を殴って気絶させているだけだな』
「スケクロの起動条件が満たされているわけですか」
「その仮設の建物がある場所と言うのは、聖アンザンシの拠点が地下にある場所ですね」
「なるほど。状況だけ見るなら、侯爵側が何かをした結果、スケクロを怒らせた。と言うところでしょうか」
スケクロが暴れているのは恐ろしい状況だが……どうやら理性的に暴れていて、ワタシたちの味方と考えても良さそうだ。
それならば、心配は要らなさそう……でもないか。
「このままだと元凶である侯爵が斬り殺されそうですね」
「それは……困りますね。せめて死体の顔が分かる状態で回収できないと、後の処理が煩雑になります」
「私としては父が死ぬのならどちらでも構いません」
サキさんは晴れやかな顔で構わないと言っているが、ワタシとヘルムス様的には、侯爵が行方不明になる展開は避けたいところだ。
「ヘルムス様、サキさん。ワタシたちも突入しましょう」
「分かりました。貴方たち兵士はこのまま此処で門を封鎖してください」
「かしこまりました」
だからワタシたちは本邸の中へと三人揃って入ろうとして……。
「またお会いしましタネ。みーめ・あんかーず」
「「!?」」
一歩踏み込んだところで、目の前にスケクロが降って来たため、危うく腰を抜かしそうになった。
「な、何の御用でしょうか? スケクロ……」
「緊急事態です」
『っ!? やべぇ! 緊急事態だ!』
そして、どうしてかスケクロとドバート様の言葉が重なり始める。
「すたんぴーどが起きマシタ」
『スタンピードだ!』
告げられたのは領都に魔物が押し寄せつつあると言う緊急事態だった。




