131:怒れる王と未明の修道女 ※
今回は第三者視点となります。ご注意ください。
「以上が報告となります」
王城の一室、王の執務室にて。
グロリアブレイド王国国王ケルウス・フォン・グロリアブレイドは宮廷魔術師長から今回の件について、一先ずの報告を受けていた。
報告を受けた国王は一度お茶を口にし、暫く考えてから……口を開く。
「ついに我が国もそのような輩が現れる事となったか。益体もない話だが、少々感慨深くもあるな」
その口ぶりは少しだけ喜んでいるような物だった。
「陛下」
「分かっている、親衛隊隊長。この場に居るのがこれだけだから、口にしている。だが、事実としてそうだろう」
「まあ、否定は致しません」
だから直ぐに親衛隊隊長が咎めるように口を挟み、続く言葉に宮廷魔術師長は呆れたように言葉を出す。
「そうだ。国が富み、領土が広くなり、力が有り余り、危険に脅かされない。そんな状態の人間でもなければ、己らが欲を満たさんがために組織立っての反乱を企てようなど、思いもせん。裏を返せば、イストフィフス侯爵がそのような愚かな考えを思い描けるほどに、グロリアブレイド王国は発展したのだ」
国王の言葉に、その言葉を聞いた二人は静かに頷く。
そう、当然と言えば当然の話だが、魔物と言う極めて分かり易い脅威が存在し、魔境の開拓と言う分かり易い力の振るい先があるこの世界において、人同士で争っている余裕はないと言っても過言ではない。
そうであるのに、イストフィフス侯爵は反乱を企てている。
逆説的に、イストフィフス侯爵領はそんな馬鹿げた事が出来るぐらいには、金と力を余らせている。余るほどに、開拓が進んだ……否、完了したと言える。
そして、そんなイストフィフス侯爵が狙う事を考えるくらいには、王国全体も肥えたように見える。
皮肉な話ではあるが、イストフィフス侯爵の行動によって、それが証明されたのだった。
「それで陛下。如何されますか?」
「勿論潰す。自分の領地の開拓が終わったのなら、他の領地の手助けをすればいいだけの事。それをせずに王位の簒奪を目論むような無能は我が国には不要だ。それにな……」
「それに?」
「余とて、人の子の親である。幼き我が子の命を狙われ、娘に卑しい目を向けられて、しかもそれが余の妄想ではない証拠もあるのだぞ。此処まで揃っていて憤らない訳が無い」
「まあ、当然の話ですな」
「加えて、500年以上続く王国の歴史の重みと言うのは、反乱を企てるような愚か者が被れるほど軽い物ではなく、その重みが理解できない者が継げば末代にしかならないものでもある。つまり、個人としても、国王としても、簒奪を見逃す理由などないと言う事だ」
だから、まるで褒美を渡すかのように、国王はイストフィフス現侯爵を潰すことを決めた。
全ては国の為、民の為、我が子の為であった。
「しかし陛下。分かっていらっしゃいますか?」
「ああ分かっている。使える手は全て使うつもりであるが、同時に然るべき手順と言うのも踏まなければいけない。そうでなければ、他の貴族たちが余の事を信頼できなくなってしまう。傍若無人な王であると認識されて困るのは余の方なのだから、そこは勿論気を付けるとも」
国王は手早く一枚の書類を書き上げる。
それはイストフィフス侯爵を王都……それも自身の御前へと呼びつける召喚命令。
侯爵が反乱を企てている事が露見している事も合わせて考えれば、死刑台へ自ら立つか、無理やり引きずられて来るかを問うに等しいものであった。
「余の御前に来るならば、そこで叩き潰す。来ないならば、武力を以って引っ立てる。まずはこれだ。問題は誰に持って行かせるかだが……。そうだな、侯爵領の王都駐在官を領地に帰してやろう」
「御心のままに」
部屋の外から呼ばれた従者が命令を持って、部屋の外へと出て行く。
「宮廷魔術師長。直ぐに侯爵を捕まえるための策を講じ始めよ。必要ならば、余が説得する事も厭わん」
「かしこまりました」
王都は動き出した。
国の中に生まれた膿を切り捨てるために。
■■■■■
数日後。
まだ夜も明けぬ頃。
イストフィフス侯爵領の領都に一組の男女が辿り着いていた。
「ようやく着きましたね」
女の方は顔の左半分に火傷の跡を持つ女性、サキ・イストフィフス。
「そうか……ようやくか……クソッ、俺様がどうしてこんな目に合わなければならないんだ」
見るからに不機嫌そうで、息を切らしつつある男の方は、トレイタル・イストフィフス。
「覚えていろよ、サキ。俺様を夜通し歩かせやがって。この件は必ず伯父様に言いつけさせてもらうからな」
「かしこまりました。ですが、今はまず侯爵様にお会いし、無事を伝えましょう」
幸か不幸か、ミーメと戦った後、サキはイストフィフス侯爵領の王都屋敷から吹き飛ばされたトレイタルと合流する事に成功すると、自身の魔術を活用する事によって王都の脱出に成功。
その後も、足手まといを連れているにもかかわらず、巧みに王城の追跡を撒き、道中にある他領での警戒も潜り抜け、これ幸いにと侯爵を裏切ろうとした村長の手を逃れ、イストフィフス侯爵領の領都まで辿り着く事に成功していた。
成功してしまっていた。
「ふん。流石は領都の門兵だな。俺様の事をちゃんと知っているようだ」
「そうでございますね」
こういう時ばかりは自分の技量の高さと、それを隠すことが許されなかった環境が恨めしくなる。
サキはそんな事を考えつつ、自身の魔術によって気づかせ、行動させた門兵に会釈をしつつ門を抜けると、その足で一直線に侯爵家の本邸へと向かい、日が昇ってしばらく経った頃になって本邸の中へと入る。
「この、愚か者めが! 貴様が! 無能であるから! 我が子たちが!」
「……!?」
そうして侯爵家の本邸に入り、すぐさま侯爵との面会を許されたサキが見たのは、イストフィフス侯爵によって全身が血だるまになるほどに棒で殴られた、イストフィフス侯爵領の王都駐在官だった男の姿だった。
サキは彼がもうじき死ぬことを、彼の精神の弱り具合を感知する事で理解する。
「伯父様! 俺様が帰ってきました!」
「ん? おおっ! よくぞ無事に帰ってきたな。流石は我が甥。はははははっ、やはり我が甥は持っている!」
だが、そんな男などどうでもいいと言わんばかりに、伯父と甥……否、実際には父親と息子である二人は抱き合い、侯爵は無事であったことを喜び褒め称える。
「ところで伯父様。あの男は我が領の王都駐在官ですよね」
「ああそうだ。だが今はもう裏切り者だ。あろうことか、我を王都へ呼び出すと言う不遜極まりない書簡を持たされてきたわ」
「なんと! それは許しがたいですね。俺様としても、この男のせいで王都では酷い目に遭ったのです。やり返してやらねば気が済みません」
「そうかそうか。では、好きにしろ」
「ありがとうございます。伯父様」
トレイタルは男に近づくと、光を杖の形状に束ねて、鈍器のように振るい始める。
嬉々とした感情を露わにして、殴る度にその感情が強まっていくのを、それが本心からのものである事と共にサキは感じ取る。
そして、トレイタルが何度か殴ったところで男が死んだこともサキは捉えていた。
だが、トレイタルはまるで男を辱めるかのように光を振るい、叩き、時には刺して、死体を傷つけていく。
サキはその光景を見て……心の中だけで祈り、悲しみも怒りも魔力に変えて感情を消し、逆に平静さを自身に付与して、侯爵の前で静かに跪く。
「恥ずかしながら、帰還いたしました」
「ふんっ。だが今回ばかりはよくやった。トレイタルの周りに貴様しか居なかったという事は、貴様以外の者は役目を果たして散ったか、愚かにも敵に降ったという事だろうからな。今回の失敗だけは帳消しにしてやろう」
「ありがとうございます」
トレイタルが死体を傷つけて高笑いを上げる中、サキと侯爵はまるで赤の他人のように話をする。
「ところで召喚命令が出たとお聞きしましたが?」
「ああ出た。若輩者の癖に我を呼びつけるとは不遜な。そんなもの応じるわけが無かろう」
「その通りでございます。ですが、どなたかは送るべきかと」
「送ってどうする? 我なら、送られてきた奴の首をその場で叩き切って送り返すだけ……ああいや、だからこそか。ふむふむ、なるほど、それは悪くない。悪くないな」
侯爵が独り言を始め、その内容を耳にしたサキは上手く行ったと内心でほくそ笑む。
なんてことはない。サキは精神属性の魔術によって、自分で閃いたかのように、侯爵の内心に助言をしてあげたのだ。
それは一種の精神誘導。
サキがこの侯爵家で生き延びるために編み出した魔術の一つだった。
「よし。オルッカを呼べ。奴を王都に送り、申し開きをさせろ。その間に我らは準備を整える。まずはやってくる王城の連中を跳ね返す準備。その次は王都を攻め滅ぼし、我らが王族になるための準備だ。ん? まだ居たのか。とっとと自分の部屋に行け。焼けて醜い貴様の顔などこれ以上見たくもないわ」
「かしこまりました」
想定していた中でも最上位の結果。
そう思いつつもサキは侯爵の前を辞すと、屋敷の中を歩いて、自分の部屋として与えられている粗末な一室へと踏み入れる。
そして、部屋の中に用意されたマトモに手入れがされていないベッドに腰かけたところで、自分に掛けた魔術を解除して……。
『未明』
「えっ!?」
不意に頭の中に響き、理解させられた言葉にサキは思わず声を上げ、くすんだ鏡に目をやり、気づく。
自身の左目、その虹彩が夜その物のように黒く染まっている事に。
「……。トリニア神よ。感謝いたします。私にあの男へ復讐する一助をくださった事に」
サキは自分に何が起きたのかを直ぐに理解し、心の底から感謝した。
その感謝にトリニア神が何かを返すことはなかった。
03/20誤字訂正




