132:手土産にしてしまいましょう
「「……」」
王都を囲う城壁の上に立つワタシたちの眼下で、一台の馬車が王都を発ち、西へと向かい始める。
行先はイストフィフス侯爵領。
乗っているのはイストフィフス侯爵領の王都駐在官だった男。
持っているのはグロリアブレイド王国国王からイストフィフス侯爵に対して送られた召喚命令と言う名の、事実上の処刑宣告である。
「ヘルムス様。使者は生きて帰ってこれると思いますか?」
「侯爵の性格を考えれば無理でしょう。陛下もそれを分かっているからこそ、王都駐在官だった男と交渉をして使者に仕立てたわけですし」
「やっぱりそうですよね」
使者にされた男は、王都駐在官としてイストフィフス侯爵の指示を『ブラックハート』や侯爵よりの貴族に伝えるなどしていて、指示役の一人として暗躍していたらしい。
そして、侯爵に利するように動く一方で自分の利益も確保していたそうだ。
故に、何もしなければ死刑待ったなしの男であり、だからこそ、陛下の『役目を果たして無事に帰ってこれたら無罪放免にしてやる』と言う言葉に一縷の望みを賭けて、今回の使者役になった。
まあ、先は暗そうだけれど。
「哀れに思いますか?」
「いいえ。これで無関係の人や善良な人が被害にあうのなら哀れに思いますし、それならいっそワタシが乗り込んで通達と共に叩き潰した方が早いとも思いますが、本来は処刑が妥当の人間なら、死んでも自業自得だと思います」
「そうですか」
「ワタシが気にしているのは、これから先に何が起きるかです」
ワタシとヘルムス様の視線が馬車の行く先、イストフィフス侯爵領がある方へと向けられる。
「……。事が露見した以上、イストフィフス侯爵は堂々と反乱を始めるでしょう。そうなれば、王国としても対処しない訳には行きません。そして、その時に少しでもこちらの被害を少なくし、相手を効率よく捕えようと思うのならば、我々、宮廷魔術師が前線に出る事は必定と言ってもいいでしょう。特にミーメ嬢は実力と属性から考えて、出さない手は無いかと」
「やはりそうなりますか」
ヘルムス様の言葉は正しいのだろう。
この世界の反乱の鎮圧……事実上の戦争がどのような形になるのかは知らないけれど、宮廷魔術師は戦力として普通の魔術師よりはるかに上で、被害を少なくし、期間を短くしようと思ったら、戦力を一気に投入するのは当然以外の何物でもない。
しかし、その事を告げたヘルムス様の顔はとても申し訳なさそうな物になっている。
「申し訳ありません。ミーメ嬢」
「ヘルムス様!?」
いや、申し訳なさそうな顔に留まらず、ヘルムス様はワタシに向かって頭を下げていた。
「少し前にも同じことを話したと思いますが、今回のこれはミーメ嬢が嫌うであろう貴族としての面倒事そのものです。そのような事に巻き込んでしまい、あまつさえ、人を手に掛ける事になるような流れになってしまい、本当に申し訳ありません」
「……。顔を上げてください、ヘルムス様」
「はい」
ワタシが貴族のゴタゴタを嫌っている事は否定しない。
だって、単純に面倒くさいので。
しかしだ。
「ヘルムス様。今回の事は仕方がない事です。誰が悪いかと言えば、イストフィフス侯爵が悪い話です。侯爵が自身の野望を諦めない限りは何時か何処かで起きていた事です。ですから、ヘルムス様が気にする必要はありません」
「そうでしょうか?」
「そうです。ワタシとしては、むしろ、何も知らされず、何も出来ない内に、顔見知りの人たちが傷つくような事態になっている方がはるかに嫌でした。なので、今ここで関わる事が出来て良かったと思っているくらいです。だって、今ならワタシたちで対処できます」
「……」
ワタシの言葉にヘルムス様は少しだけ嬉しそうにもしている。
それでも、申し訳ないと言う感情の方が強いのか、憂いの色の方が強い。
うん、このままだと良くない気がする。
だからワタシは出来るだけ明るく次の言葉を発する。
「ヘルムス様。納得がいかないのなら考え方を少しだけ変えましょう」
「と言いますと?」
「そうです。イストフィフス侯爵領はトレガレー公爵領のすぐ北で隣り合っているのでしょう? だったら、ヘルムス様がワタシの事をトレガレー公爵に紹介する。あるいは公爵領の事をワタシに教える。そのついで、あるいは邪魔をさせないためにも、イストフィフス侯爵と言うお邪魔虫の首を刈ると言う事にしてしまいましょう」
「!」
ワタシの言葉にヘルムス様ははっとした様子を見せる。
「ミーメ嬢それは……」
「そうですね。軽率な物言いだとは思います。ですが、気を張り詰め過ぎてもよくはありませんから」
「……。はい、そうですね。その通りです」
実際の所、情報がまるで足りない状態で気を張り詰めていても、体調を崩すだけなのだ。
だからこれでいい。
緊張と言うのは、必要な時に必要なだけすれば、それでいいのだ。
「分かりました。イストフィフス侯爵の反乱を鎮圧する事に成功したら、そのままトレガレー公爵領の方に赴き、ミーメ嬢に領地を紹介するとと共に、両親と挨拶をしましょう」
「ええそうしましょう。そうですね。手土産はイストフィフス侯爵領の旗を破いた物などどうでしょうか?」
「それは……止めておきましょうか。ミーメ嬢の評価がおかしな事になりそうなので」
「ヘルムス様。冗談ですって……。それとも侯爵の首の方が良かったですか? それはワタシとしても流石にどうかと思ったのですが……」
「っと。それは申し訳ありません。手土産については……また今度考えましょう。王都土産を別に搬送させても良いわけですし」
「そうですね。ではそうしましょうか」
ワタシが冗談を言った甲斐もあってか、ヘルムス様とワタシは軽く笑い合う。
「ヘルムス様。以前に話した事ですが、ワタシは武力で誰かに負ける気はありません。なのでワタシの事をもっと頼ってください。ワタシはこの程度で愛想を尽かしたりしませんから。ただ、後の処理だけはお願いします」
「分かりましたミーメ嬢。私は不甲斐ない弟子にして婚約者ですので、今回は頼らせていただきます。代わりと言っては何ですが、戦い以外の面倒事は私に任せてください。ミーメ嬢が煩わされる事が無いように全力を尽くさせていただきますので」
「お願いします」
「はい、こちらこそ」
そして握手を交わし、手を繋いだまま共に王都の外を見る。
実のところ、ワタシは生まれてこの方、王都とその周辺でしか行動をしたことがない。
それこそ王都周りの農村にすら行った事がないくらいだった。
だから、仕事ではあるものの、王都の外に出れる今回の件は楽しみでもある。
果たしてイストフィフス侯爵領、そしてトレガレー公爵領に何があるのか……。
見たいものだけがあるとは限らないが、期待に胸を膨らませない訳にはいかなかった。
「ではミーメ嬢。そろそろ王城へ戻りましょうか」
「分かりました」
ワタシはヘルムス様と手を繋いだまま、城壁を降りていき、馬車に二人で乗り込んで王城へと戻った。
これにて四章完となります。
はい、事実上の前後編の前編ですね。
そしてようやく王都の外にきちんと出ます。
五章開始までしばらくお待ちくださいませ。




