第662話 フラグスイッチを簡単に押す男
「ご飯だぞー」
木製の鍋のふたを叩く。
前回と違って今日の食事当番は俺である。
てなわけで、本日は鍋。
昨日も鍋。
明日も鍋。
しょうがないじゃん! 保存食が基本なんだもん! 俺だってパンとか食べたいよ……と。
障子が開くと身支度を終えたカナデが「おはよう、九朗おじさん」と言って来る。
「おはよう…………ございます」
「…………何で3日に1回は敬語なの? 黒子ちゃんは?」
「なんでだろうなぁ……ああ、黒子ならトイレ」
教育のたまものである。
これでも挨拶はしっかりする様にって教えられたからなぁ……どうして悪役になったのか世界七不思議のひとつだ。メタ考察するとゲームだし、って片付けられるけど。
「厠ね」
決まった場所に座ったので鍋の中の具をぐるぐると混ぜてはお椀に移す。
「どうぞ」
「おじさん、ありがと」
「どういたしまして……で。どう?」
「あの子の才能よね。時間をかければいけると思うわよ。教えて数日で水竜陣が唱えられれば教える立場はないわよ」
確かに。
「それよりも水竜陣を見せて」
「……やだ」
「じゃ、いいです」
ぷいっと横を向いてしまう。
「カナデ様おはようございます」
「あっ黒子ちゃんおはよう。黒子ちゃん、まちがってもこんなおじさんを見習ったらだめよ。本当どんな教育受けて来たのか聞いてみたいよねー」
「はい! 黒子も聞いてみたいです」
黒子が囲炉裏の前に座るので黒子にもお椀を渡す。
最後に俺のをよそって朝食だ。
「さっきのは冗談だって。飯の後なら……あと普通に母親から教えられたよ。人との接し方とか買い物の仕方、お金の使い方とか、人に騙されないように。とか……一番は真面目に生きる事とかかな」
「立派ですね」
「そう、立派だった……まっ自分で言うのもなんだけど全部《《守ってるよ》》」
カナデは木製のスプーンを囲炉裏の側に落とす。
その顔は『嘘でしょ……』と言いたそうに俺を見て来てる。
守ってるって。
そりゃちょっとは脱線してるかもだけど、忘れた事はない。
「クロウ様えらいです!」
「お。そう言う黒子さ……ニンジンは食べような」
「うっ……た。食べなくても平気です」
「黒子ちゃん食べようね」
「…………はい」
2人から言われると黒子もニンジンを食べた。
子供ってニンジン嫌いなの多いよな。甘くておいしいのに。
「本当に……父親してるんですね」
「はい?」
「いえ、子供への接し方が上手だな。と思いまして」
「どうも。その、見せたかったよ」
「何百年も先なら無理ですよね」
そうだな。
例え数十年先でも無理だろう。
さて。湿っぽい話はここで辞めるか、腹も一杯になったので片付けをする。
「じゃっ祠を掃除してきます。黒子ちゃんいくよ」
「はい! お願いします」
「九朗おじさんは?」
やる事がない。
「洗濯でも」
「うわ…………私の洗濯物を嗅いだりするんでしょ」
「しないよ!?」
どこの世界に母親の洗濯物を嗅ぐ息子がいるんだよ。
「冗談ですし、そこまで否定すると逆に傷つくというか……あっ時計……タイム君改でしたっけ? 魔力が無いなら私の部屋に護符が何枚かあるので使って良いですよ。障子に鍵はないので」
「入っていいの?」
「信用はしてますので」
「どうも、まっ帰ってくるま秘宝でも仮組したりしてるよ、そうそう簡単に修理なんて無理だし」
「では、御願います」
1人になった。
部屋に戻ってタイムスリップの時計を組み合わせてみる。
魔力が全然感じられない、ああ……母さんの部屋に護符だっけ。
正直入るのもどうなんだ? って思うが、これで入らないと後から『九朗おじさんを信用したのに、こっちは信用しないんですね』と言われても困る。
障子を開けると畳まれた布団に、行李が見える。
あの中か。
開けると《《白いハンカチ》》が数枚。包帯が数個。
その下に衣装が畳まれていた。
「護符どこだよ」
赤いハンカチもあるのか。
ここまで赤い色は珍しい。俺用に貰うかな。
ポケットに入れ、護符を探すもない。
衣装を行李に詰め直してぐるっと部屋を見ると、畳まれた布団の上。
枕の横にあった。
「そこかい」
3枚ほど護符を貰う。
これで仮組したタイム君に張ってみて、最後にこのスイッチをカチっと押して起動すればすぐに帰れるのだ。
「カチっと」
視界が一気に切り替わった。
「あっ……」
やばいいいいいいいいいいい!!!
何で起動するんだ!?
いやそれよりも黒子置いて来た黒子!!
一瞬遠ざかった景色が元の景色に切り替わる。
場所は畳を張り替えた部屋に切り替わって、にっこにこ顔のレイアと顔を見合わせる。
「おかえりくーちん」
「ただいま……じゃねえ! これ、何で動くんだよ!?」
「スイッチ押したからじゃない?」
それはそう。
「いや、とにかくもう1回言って来る」
カチッと鳴らしても何も起きない。
連打してみる。
しかし反応はない。ただのガラクタのようだ。
とウインドウがみえそうなぐらい。
「動かないんだけど!?」
「魔力が切れたみたいね」
じゃぁ入れるしかない。
魔力をイメージして集めるように集中する。
が、まったく動かない。
「と、言う訳で…………くーちん」
「忙しいから後にして」
「えーでも、くーちんに是非あって欲しい人いるのよ」
「だから後にしてくれ。ってかこれを直せ」
こわれたタイムマシン時計改をレイアに突き出す。
と、同時にレイアの背後の障子が開く。
黒装束の女性が俺を見ると膝を立て頭を下げる。
「九朗様…………お久しぶりです」
「…………誰。悪いけど黒子衆の1人1人顔みてないから判断が付かない。それよりは今は過去に戻って黒子を連れてこないと」
「はい、ここに居ます」
黒子衆の女性は俺を見て『ここにいる』って言うけど──。
「君じゃなくて、小さい世話係の黒子って女の子で。さすがに放置は駄目だろ」
「はい。ですからここに」
「いや、君じゃなくて」
「ですから、黒子です」
「だーかーらーっ」
「くーちん、止まって」
レイアに小言を言われて怒るのを一旦やめる。
それもそうか、この女性には関係ないもんな。
「黒頭巾ちゃん。手紙」
「九朗様。奏様からのお手紙です」
黙って手紙を突き出されて読まないわけにはいかない。
中身を確認する。
カナデ母さんの綺麗な文字で、その文字すら俺には懐かしく感じる。
「ええっと……時計の残骸と九朗おじさんがいなくなり驚きました。黒子ちゃんを青龍家当主までは1年2年では無理で時間が足りないのよね。という訳でこの手紙と一緒に祠に置いて行きます。黒子ちゃん本人の意思なので、君達が未来から来た事は誰にも話す事はないし、話さない事が私の試練と思ってます。短い間ですが九朗さんに会えて……会わないほうがよかったのかな……じゃっ!」
じゃっってなんだよ。じゃって……。
別れの感動もなにもあったもんじゃない。
あれ。まだ書いてるな。
「追伸……ええっと、子供が生まれたら九朗おじさんの名前を借りますので、いやはや。今回の試験は一苦労。とほほだね。終わり」
俺は無言で手紙を床にたたきつけた。
何が一苦労。ってか俺の名前の由来ってダジャレだったの!?
そっちの方が嫌なんだけど。
「あの。クロウ様?」
「ああ……いや。物は大切しないとな」
手紙をマジックボックスにしまい込む。
俺に唯一残った遺品だし。
「え。じゃぁ……あの黒子なのか?」
「はい、青龍の祠の中にずっといました」
見た目は20代後半から30代ぐらいのすらっとした女性。
「いやでも、単純計算で80才は超えてない?」
「修行した年数は100年を越えます……おかけで外見まで大きくなりました」
「時止めの迷宮で成長するって凄いのよ?」
知らんよ。
「ってかだ。カナデ母さんの事知ってたわけ?」
「これでも義息子の事は調べるわよ。可愛い娘の旦那だもの」
「…………ちょっと気きたんだけど。もしかしてカナデが生きてる。とかの話は?」
「無いわ」
レイアがはっきりと否定した。
「ごめんね。くーちん」
「いや、すっきりした。逆に生きていたほうが困るし」
「娘の下着を嗅ぐような変態だもんね」
「そうそう。メルナのブラがまたいい匂いで──嗅いで無いからね!? ちょ。黒子。いや黒子さん? そんな眼で見てるけど冗談だって……わかるよね。最近は下着じゃなくて本人を嗅ぐから──」
うお。
さっきまで敬意の眼で見ていた黒子が人2分ぐらい遠ざかった。
俺が違う。と言うとさらに後ろに。
「あの。奏様がクロウ様が消えた後下着が無くなったと……話していた事が」
「そんな事あるわけがないだろ! ったく……変な汗かいてきたわ」
ポケットから赤いハンカチを手に取って……あれ。
ハンカチってこんな長い紐ついていたっけ?
紐と紐を広げると、小さい暖簾のようだ。
「くーちん。それふんどしって奴ね! 赤とか情熱的。ねぇねぇねぇねぇねぇ。誰の? ねぇ教えて、誰の?」
「うわぁ…………それhu奏様の下着です」
「違う。違うから俺は別にふんどしが欲しいわけじゃ」




