第95話 夕立
ガチャリ。
静まり返った屋上に、
扉の開く音が響いた。
僕は音のした方へ顔を向けた。
扉の前に立つ人影が見えた。
長い髪が風に揺れていた。
その姿を見た瞬間。
僕の全身を覆っていた恐怖が、
波が引くように消えていった。
少女はゆっくりとこちらに歩いてきた。
夕陽に照らされたその表情は、
どこか不機嫌そうだった。
「げ、幻夜!
ど、どうしてここに!」
僕は思わず叫んだ。
「それは私の台詞。
怪しい動きをしてたから、
何かと思って来てみれば・・。
こんなところで、
一体何をしてるの?」
幻夜は足をとめると、
僕と田村の顔を交互に見比べた。
「そ、それは・・」
「はっはっは。
冬至の成績が悪いから、
個人面談をしてたんだ。
それでちょっと厳しく叱ったら、
この様だ。
ほらっ。
冬至、起きろ」
田村が僕の方へ手を差し伸べた。
僕はその手を取らずに、
自力で起き上がった。
「もうっ。
先生にまで心配をかけて。
情けないわね」
幻夜は呆れたように溜息を吐くと、
僕に白い目を向けた。
「・・円を殺したのは田村先生なんだ。
先生が円を車道に押し出したんだ。
実際。
先生の背後には、
円の霊が憑いてる」
僕はもう一度、
今度は幻夜に向かって早口で語り掛けた。
「はっはっは。
見てみろ冬至、
望月も呆れてるぞ」
田村が笑った。
「ふうん。
つまり。
円響は事故死じゃないってことね」
幻夜はそう独り言ちると、
真っ直ぐに田村を見据えた。
一陣の風が吹いた。
「は、ははは。
何を言ってるんだ、望月まで。
冬至の与太話を信じるのか?
死人が見える?
馬鹿馬鹿しい」
田村がオールバックの髪を撫でた。
その口元は相変わらず笑っていた。
その表情を見て、
僕は不思議に思った。
田村はこんな教師だっただろうか。
『人はいくつもの顔を持つ。
そして。
誰もが闇を抱えている』
スガワラさんの言葉が頭をよぎった。
「・・そうね。
霊が見えるだなんて、
本当に馬鹿馬鹿しいわ」
幻夜は頬にかかった後れ毛を、
指先でそっと払った。
「げ、幻夜・・」
「でも。
そんなことはどうでもいいの。
私が知りたいのは1つだけ。
先生。
あなたは円響を殺したの?」
その時。
幻夜の目が赤く光った、
ように見えた。
一陣の風が吹いた。
「・・それがどうした」
田村がぽつりと呟いた。
直後。
空が光り、
ゴロゴロゴロと雷が轟いた。
ぽつり。
雨粒が頬を濡らした。
やがて雨は勢いを増し、
パラパラパラという音が、
バチバチバチと
地面を激しく叩く雨音へと変わった。
夕立だ。
「話は終わりだ。
いいか、冬至。
今日のお前の発言は忘れてやる。
だが。
今後も変なことを言うなら、
その時は容赦しないぞ。
望月も。
冬至の虚言に惑わされるなよ」
田村はそう言うと歩き出した。
円の霊がその後に従った。
「円・・」
僕はその名前を呼んだ。
円の霊が力なく僕の方に目を向けた。
その唇が何かを伝えるかのように
小さく動いた。
しかし。
その声は雨音に掻き消された。
前を歩く田村に引かれるように、
円の霊もまた歩みを止めることなく、
よろよろと去っていった。
幻夜が訝しげに僕を見ていた。




