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異端者達のメメント・モリ ~冬の始まり  作者: Mr.M
九章

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第76話 成仏、そして生霊

『本所町第二公園』を通り抜けて、

その先の『クリーンマート』で、

冷たい缶コーヒーを買った。

スガワラさんの家の前で、

僕は周囲を窺った。

誰もいないことを確認してから、

門扉を開けた。

玄関へは向かわず、

そのまま裏へ回った。

そして。

庭に面した

鍵の掛かっていない窓から中に入った。


書斎のドアを開けると、

スガワラさんは机に座って

書き物をしていた。

「おや。

 今日は何だか元気がないね?」

僕はそれに答える代わりに、

「はぁ・・」

と溜息を吐いて、

部屋の隅の木製の椅子に腰掛けた。

それから缶コーヒーを開け、

グビグビと喉を潤した。

缶から口を離すと、

スガワラさんが目を丸くしていた。

「君には本当に頭が下がるよ。

 その椅子はボクが首を括った時に

 足場に使った物だよ?

 ボクが言うのもなんだけど、

 気味が悪くないのかねぇ?」

「そんなことを言い出したら、

 そもそもここに来ないよ」

僕が肩をすくめると、

スガワラさんは

「ははは」

と笑った。

「それで。

 今日はどうしたんだい?」

スガワラさんに促されて、

僕はここ数日間、

妻鳥の霊が見えないことを話した。


書斎の柱時計が

コツコツコツと時を刻んでいた。


「ふむ。

 妻鳥くんの霊が消えた、か」

話し終えると、

机で腕を組んでいたスガワラさんが

独り言のように呟いた。

「う、うん。

 でもさ。

 妻鳥は屋上から出られない

 はずだよね?」

「そうだね。

 地縛霊は自分のテリトリーを越えて

 移動することはできないからね。

 仮に彼女の霊としての属性が変わって、

 浮遊霊になったのだとしたら、

 彼女に代わる新たな地縛霊が、

 屋上に棲み付いたと考えらるけど、

 そんな地縛霊はいなかったんだろう?」

僕は大きく頷いた。

「ふむ。

 ならば。

 結論は1つ。

 彼女はきっと。

 成仏したんだよ」

「えっ・・?」

僕は耳を疑った。

「ま、待ってよ!

 その可能性はないよ。

 彼女を殺した犯人は、

 まだ見つかってないんだよ?」

「そのことだけどね。

 彼女がこの世に残した未練は、

 犯人を見つけることじゃなくて、

 他にあったんじゃないかな?」

スガワラさんは澄ました顔で言った。

「君に聞くけど。

 彼女自身が『犯人を見つけたい』

 と言ったのかい?」

「そ、それは・・」

僕は答えに詰まった。

確かに。

妻鳥は犯人を見つけて欲しいとは

一言も言ってない。

でも・・。

「恐らく。

 この世への未練がなくなったから、

 彼女の魂は浄化されたんだよ。

 何か心当たりはないのかい?」

スガワラさんの声が、

遠くから聞こえていた。


・・妻鳥は成仏した。


もし。

それが事実なら。

喜ぶべきことかもしれない。

いつか別れの時がくるのは

覚悟していた。

僕が中学校を卒業しても、

妻鳥はずっとあの屋上にいる。

僕が社会人になっても、

妻鳥は14歳の姿のまま、

ずっとあの屋上で待っている。

僕達はこの先もずっと一緒に

いられるわけではない。

何時までも妻鳥をこの世に

縛っておくわけにはいかない。

・・それでも。

今はまだ・・その時じゃない。

話したいことはまだ沢山あったのに・・。


僕は軽く頭を振った。

それから深呼吸をして、

パンパンと2回、

頬を叩いた。

「・・それとさ。

 もう1つ。

 不思議なことがあるんだけどさ・・」

僕は気持ちを切り替えて、

田村の家での出来事を話した。


書斎の柱時計が

コツコツコツと時を刻んでいた。


「ふむ。

 なるほどねぇ」

スガワラさんは顎に手を当てて、

何かを確かめるように、

ゆっくりと頷いた。

「つまり。

 その青い髪の少女は。

 君には見えないのに、

 白露くんには見えてる。

 ただし。

 少女は白露くんを認識しておらず、

 白露くんの声も届いてない。

 そういうことだね?」

「うん。

 おかしいよね?

 そんなことってあるかな?

 僕には、

 兄ちゃんが僕を揶揄ってるとしか

 思えないんだけど」

僕がそう言うと、

スガワラさんは大きく首を振った。

「いや。

 白露くんが

 嘘を吐いてるわけではないよ」

「えっ?」

「考えられる可能性があるとすれば・・」

スガワラさんは、

そこで一度言葉を止めた。

柱時計の秒針と僕の息遣いだけが

部屋に小さく響いていた。

「その少女は、

 きっと『生霊』だよ」

「い、いきりょう・・?」

思わず声が裏返った。

スガワラさんが大きく頷いた。

「強い執着によって、

 生きてる人間の魂が肉体を離れ、

 別の場所に現れることがあるんだよ。

 恐らく。

 田村先生は生霊に憑かれてる」

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