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異端者達のメメント・モリ ~冬の始まり  作者: Mr.M
九章

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72/118

第72話 部屋と上履きと少女

玄関を入ると、

短い廊下の先に10畳ほどの

リビングキッチンが広がっていた。

白い壁紙と明るい木目のフローリングは

清潔感があるものの、

室内はひどく荒れていた。

部屋の中央には、

2人掛けのグレーのソファと

ローテーブルが置かれていたが、

ソファにはワイシャツやスラックスが

脱ぎ捨てられ、

ローテーブルの上には、

缶ビールの空き缶が

山のように積まれていた。

壁際にはテレビと小さな本棚が並び、

部屋の隅には

洗濯物が山積みになっていた。

キッチンのシンクには、

洗っていない食器が積み重なり、

その脇には食べ終えたカップ麺の容器が

無造作に放り込まれていた。

荒れた独身男の生活臭が、

部屋の隅々にまで染みついていた。

だが。

長年だらしない生活を送ってきたと

いうより、

ここ数週間で急に生活が崩れてしまった、

そんな印象だった。

それは。

本棚に並ぶ

教育関係の専門書や文庫本の背表紙が、

きちんと揃えられていることから窺えた。

この部屋の主は、

本来は几帳面な人間なのだろう。


「ちょっと・・散らかってる・・が。

 適当に・・座って・・くれ」

そう言いながら田村は冷蔵庫を開けた。

「ビールしか・・ない・・か。

 さすがに・・酒は・・まずい・・な」

田村は苦笑混じりに冗談を飛ばしたが、

その様子は明らかに疲れて見えた。

髪はあちこちに撥ね、

無精ひげがうっすらと伸びていた。

半開きの目には、

濃いクマが浮かんでいて、

頬がげっそりとコケていた。

何か重い病気に罹ったのかもしれない。

そう思った。

僕は脱ぎ散らかされた服を脇にどけて、

ソファに腰掛けた。

「先生、

 僕に気を遣わなくていいよ。

 それに。

 喉は乾いてないから」

そう返事をしたものの、

僕は若干喉の渇きを感じていた。

「そう・・か。

 悪い・・な。

 は・・は・・は」

田村は缶ビールを片手に戻ってくると、

床に胡坐をかいて、

一気にビールを流し込んだ。

「それ・・で。

 わざ・・わざ。

 先生を・・心配し・・て、

 来て・・くれた・・のか」

「う、うん。

 それより。

 体調が悪いのに、

 お酒を飲んでいいの?」

「別・・に。

 熱があるわけ・・でも、

 病・・気でも、

 ない・・んだ。

 た・・だ。

 眠れなく・・て・・な」

「病院には行ったの?」

「睡眠・・薬を貰った・・が、

 ダメだ・・な。

 夢・・を見るの・・が・・な。

 薬・・より、

 酒の方が・・まだマシ・・だ

 百薬の長・・っていうだ・・ろ?」

そう言って田村は缶ビールを揺らすと、

「は・・は・・は」

と力なく笑った。

「ちゃんと食べないと体に悪いよ」

「冬至・・に、

 そんなこと・・を、

 言われるとは・・な。

 それ・・より。

 どう・・だ。

 クラスは・・。

 変わり・・ない・・か?」

「え・・うん」

僕が頷くと、

田村は力なく目を細めた。


「円・・のこと。

 お前は・・何・・か。

 聞いてる・・か?」

突然、

円の名前が出たことに、

胸が騒いだ。

「何かって?」

「い・・や。

 聞いてなけれ・・ば、

 いいん・・だ」

田村はふたたび缶ビールに口をつけた。

僕はじっと田村の顔を見つめた。

やがて。

田村は缶ビールを置いた。


「望月・・は。

 クラス・・に、

 馴染んでる・・か?」

円に続いて、

幻夜の名前が出たことに、

胸が騒ついた。

「えっ・・う、うん」

「あいつ・・は、

 大人しく・・て、

 気が小さい・・から、

 お前・・が、

 力になって・・やれ。

 確・・か。

 お前ん家・・に、

 居候してるん・・だろ?」

「う、うん・・」

「望月・・も、

 妻鳥・・のよう・・な、

 明るさが・・あれば・・な。

 クラス・・でも、

 人気者になる・・だろう・・に」

そう言って、

田村は「ふぅ」と息を吐き出した。

妻鳥という名前を聞いて、

僕はごくりと唾を飲み込んだ。


「先生は・・その・・。

 妻鳥の遺体の第一発見者だよね?」

「ゴフッ。

 ど、どう・・した・・んだ、

 急・・に?」

缶ビールに口をつけていた田村が、

咽てゴホッゴホッと咳をした。

「その時さ。

 妻鳥は上履きを履いてた?」

僕の問いに田村は眉をひそめた。

「上・・履き?

 そりゃ・・あ・・当然、

 脱いでた・・だろう?

 屋上には・・上履き・・が、

 残って・・たん・・だ。

 実際・・俺・・も、

 確認して・・る」

妻鳥の霊は上履きを履いていた。

それが意味することは、

彼女は死んだ時、

上履きを履いていたということだ。

だが、

彼女の上履きは屋上で見つかった。

つまり。

誰かが、

彼女の死体から上履きを脱がせ、

屋上に運んだのだ。

その人物こそが。

妻鳥を突き落とした犯人・・。

「そ、それは本当?

 よく思い出して。

 妻鳥は転落した時は、

 上履きを履いてたんだ。

 彼女が息を引き取った後で、

 誰かが自殺に偽装したんだよ」

田村は僕から目をそらすと、

改めて缶ビールに口をつけて、

ぐびぐびと流し込んだ。

それからふたたび、

「ふぅぅ」

と息を吐き出した。


「・・冬・・至。

 お前・・が、

 妻鳥・・の死・・を、

 悼んで・・るのは・・わか・・る。

 でも・・な。

 彼女の・・死・・は、

 警察も・・自殺と判断したん・・だ」

そう言って田村は缶ビールを呷った。

「で、でも・・」

「妻鳥・・のこと・・は、

 先生も・・残念・・だ。

 イジメが・・あった、

 と・・いうこと・・も、

 聞いて・・る。

 円・・の発案し・・た、

 ゲーム・・で、

 妻鳥・・は何度・・も、

 奴隷に・・されてたんだ・・ろ?」

「先生。

 『Dゲーム』のこと。

 知ってたの?」

「あ・・あ・・ああ。

 妻鳥・・が亡くなってからだ・・が。

 安武・・が。

 教え・・てくれた・・んだ」

その時。

田村の背後にある

閉じられた引き戸をすり抜けて、

白露が現れた。

「おい。

 この部屋にいるぞ!」

僕は思わず引き戸に目を向けた。

「どう・・し・・た?

 後ろ・・が気に・・なる・・か?」

僕の視線に気付いたのか、

田村がゆっくりと背後を振り返った。

「先生、

 そっちの部屋には何があるの?」

「・・ん?

 あ・・あ・・ああ。

 ベッドを・・置い・・て、

 寝室とし・・て、

 使ってるだけ・・だ」

「そ、そうなんだ。

 てっきり。

 誰かがいるかと思った」

「は・・は・・は。

 俺・・は、

 1人暮らしだ・・ぞ」

田村は笑いながら立ち上がると、

キッチンへ向かい、

冷蔵庫を開けた。

プシュッ。

乾いた音が部屋に響いた。


「おい!

 この子も霊だ!

 引き戸を開けずに出てきたぞ」

ふいに白露が声を上げた。

僕は驚いて白露の方を見た。

白露はソファの角を指差していた。

僕は首を傾げた。

「そこだよ!

 その女の子だよ!

 ソファの横にいるだろ!」

「えっ?」

思わず声が出た。

「・・ん?

 どうし・・た?」

キッチンの田村が

怪訝な表情を浮かべていた。

「い、いやあ・・」

僕は頭を掻いて惚けた。

「おい、

 見えねえのか?

 待て!

 おかしいぞ。

 この子。

 俺様のことが見えてねえようだ」

白露が早口で捲し立てた。

「おい、

 俺様の声が聞こえるか?」

続いて、

白露はソファの角の空間へ向かって、

呼びかけた。

僕の頭は激しく混乱した。

缶ビールを手にした田村が

首を傾げていた。

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