第64話 霊の帰宅
部屋に戻った僕は、
ベッドに大の字で寝転んだ。
ひどく疲れを感じた。
「円が妻鳥を殺した」という
幻夜の推理はあまりにもお粗末すぎた。
話を聞いただけで、
誰もが犯行を認めるのであれば、
この世から未解決事件は無くなる。
しかも。
円とマリアからは、
話すら聞いていないのだ。
少しでも幻夜に期待した自分が
馬鹿だった。
「はぁ」
僕は大きく溜息を吐いてから
目を閉じた。
・・それでも。
もし。
幻夜の推理が当たっていたとして。
円が妻鳥を殺したのだとしたら・・。
あの日。
屋上で妻鳥は円に言われた。
僕とは別れろと。
まさか円が
僕のことを意識していたなんて、
妻鳥から話を聞くまで、
僕はまったく気付かなかった。
しかし。
今になって考えてみると、
思い当たる節はいくつかあった。
1年生の頃。
廊下を歩いていると、
向こうから歩いてきた円が躓いた拍子に、
荷物を落とした。
廊下に散らばった教科書を、
僕は拾い集めて彼女に手渡した。
「ふんっ。
ありがと」
その時。
円は目も合わせず、
ぶっきらぼうにそう言うと、
足早に駆けていった。
他にも。
夏場の体育の授業中、
僕は眩暈に襲われ、
倒れたことがあった。
「これ。
あげるわ。
返さなくていいから」
その時。
円はそう言って、
僕にタオルを渡してくれた。
そのタオルは
今でも箪笥の引き出しの中にある。
つまり。
円には妻鳥を殺す動機がある。
でも・・。
嫉妬のために人を殺すというのは、
いささか安直に思えた。
そもそも。
それには、
僕と妻鳥の関係に、
円が気付いていたことが前提になる。
仲の良かったマリアにならまだしも、
妻鳥が円に僕との関係を話したとは、
考え難かった。
「えらく深刻な顔をしてるじゃねえか」
その声で僕は飛び起きた。
「兄ちゃん!」
白いレジ袋を被った白露が、
机に座ってこっちに体を向けていた。
「どこに行ってたんだよ、兄ちゃん!
探したんだよ」
「ヒヒヒ。
それは俺の心配をしてたのか?
それとも姫の心配をしてたのか?」
「な、何を言ってるんだよ!」
僕はベッドの上で胡坐をかいた。
「心配するなって。
仮にも。
忠実なる下僕である俺様が、
姫にやましい真似を
するわけねえだろ」
「じゃ、じゃあ。
どこに行ってたんだよ?」
「ヒヒヒ。
今日は土師町の辺りを
彷徨ってたんだよ」
「へぇ」
僕は適当に相槌を打った。
幻夜には白露のことを
地縛霊と説明したが、
実際のところ、
白露は浮遊霊だった。
白露は暇になると街を彷徨い、
自分を殺した犯人を探し続けている。
もっとも。
その手掛かりはほとんどなかったが。
5年前。
家を飛び出した白露は、
初めのうちこそ元気一杯だった。
見慣れない景色を眺めながら、
当てもなく街を歩き続けた。
しかし。
時間が経つにつれて、
次第に足取りが重くなっていった。
朝から何も食べていなかったことを
思い出し、
ポケットを探った。
財布の中には、
僅かな小銭しかなかった。
気付けば、
見知らぬ街に来ていた。
いつの間にか、
日はすっかり暮れ、
街灯がぼんやりと辺りを照らしていた。
人通りの少ない路地を、
白露はとぼとぼと歩いていた。
その時。
背後から、
車のエンジン音が近付いてきた。
ふいに。
視界が真っ暗になった。
「騒げば殺す」
静かで冷たい声が耳元で囁かれた。
「ひっ・・」
次の瞬間。
白露は抵抗する間もなく、
車へ押し込まれた。
「結局、
今日も手掛かりは
見つからず終いだったんだがよ。
そろそろ家に帰ろうかって時に、
田村を見かけたぜ」
「へっ?
田村って・・。
田村先生?」
僕は思わず聞き返した。
「ヒヒヒ」
白いレジ袋がクシャっと潰れて、
白露のくぐもった笑い声が聞こえた。




