第117話 2つの嘘
「げ、幻夜!
ど、どうしてここに・・」
僕は立ち上がって膝を叩いた。
「そんなことよりも。
何か言うことがあるんじゃないの?」
「えっ!
あっ・・ああ・・。
そ、その・・」
僕は口籠った。
自然と緊張していた。
僕は額に滲んだ汗をそっと拭った。
「ちょっと。
命を助けてもらって、
お礼も言えないの?」
「あっ・・ああ。
そ、そのこと・・か。
てか!
後ろから急に声を掛けるなんて、
危ないだろ!」
僕が言い返すと、
幻夜は目を瞬かせた。
「はぁ?
何よ。
まるで私に非があるみたいじゃない?
助けて損したわ」
そして口を尖らせ、
僕を睨み付けた。
「・・そ、それより。
どうしてここにいるんだよ?」
分が悪いと悟った僕は、
話を先に進めた。
すると。
幻夜は何かを思い出したように、
ポンと手を叩いた。
「そうそう。
以前はゆっくりと
話ができなかったけど。
今なら邪魔者もいないでしょ?」
「へっ?」
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
一体。
幻夜は僕に何の話があるというのか。
「は、話なら・・。
い、家でもできるだろ?」
幻夜の目が真っ直ぐに僕を捉えていた。
どくん。
心臓が跳ねた。
誰もいない屋上で2人きり。
明日から夏休みという開放感。
・・そしてこのシチュエーション。
もしかして・・。
幻夜は僕のことを・・。
僕はもう一度、
唾を飲み込んだ。
ふいに。
幻夜がにこりと微笑んだ。
小さな八重歯が覗いていた。
それを見た瞬間。
首筋がぞくりと冷えて、
僕は思わずぶるっと身震いした。
「馬鹿ね。
どうして私が
冬至と話をしなきゃいけないのよ。
私が話をしたいのは、
妻鳥小絵よ」
「へっ?」
「いるんでしょ、ここに?」
幻夜がゆっくりと周囲を見回した。
「あ、ああ・・。
そ、そのことだけどさ・・。
は、話してなかったかな?」
僕はそう言って小さく息を吸い込んだ。
「ピーヒョロロ」
どこかで鳶が啼いていた。
「そう・・成仏したのね」
「う、うん・・」
僕は幻夜に嘘を吐いた。
妻鳥は事件が解決したから、
成仏したのだと。
「残念だわ。
色々と聞きたいことがあったのに」
幻夜は溜息を吐くと、
頬にかかった後れ毛を
指先で払った。
「ち、ちなみに。
何を聞くつもりだったんだよ・・」
幻夜が小さく首を傾げた。
「そうね。
冬至のどこを好きになったのか、
とか?」
そう言って、
幻夜は片方の目をパチリと閉じた。
「な、何言ってるんだよ!
ぼ、僕と妻鳥は・・」
僕はそこで口籠った。
「何をそんなに慌ててるのよ?
冗談に決まってるでしょ。
あら?
顔が赤いわよ」
幻夜が両目をパチパチと瞬かせた。
「あ、暑いからだよ・・」
僕は誤魔化すように、
額の汗を拭うふりをした。
「ピーヒョロロ」
どこかで鳶が啼いていた。
「実のところ。
妻鳥小絵が背中を押された時、
本当に煙草の香りを嗅いだのか、
それを確認したかったのよ」
「な、何で。
い、今更そんなことを・・?」
「だって。
ほんの一瞬のことよ?
彼女の勘違いとも考えられるでしょ?
それに。
田村先生のことだけど。
あの人、
非喫煙者だったのよ」
「へ、へぇ・・そうなんだ」
僕は無関心を装った。
「だから。
本当に彼女が
煙草の香りを嗅いだとしたら。
彼女を殺したのは、
田村先生じゃないのかもしれないわ」
急に喉の渇きを感じた。
その時。
一陣の風が吹いた。
「じ、実はさ・・」
僕は恐る恐る切り出した。
「煙草の香りに関しては、
妻鳥の勘違いだったらしくてさ・・」
また1つ。
僕は嘘を吐いた。
「は、はぁぁ?」
案の定、
幻夜は咎めるように目を細めた。
「もうっ!
そんな大事なこと、
もっと早く言いなさいよ」
そしてぷくっと頬を膨らませた。
その姿は、
どこにでもいる普通の
女子中学生だった。
「ご、ごめん・・」
僕は素直に謝った。
「ま。
勘違いならいいんだけど」
幻夜は満足そうに頷くと、
腕を組んだ。
胸元が強調され、
僕は一瞬、
目を奪われた。
僕は慌てて顔を背け、
小さく息を吸い込んだ。




