第118話 聞けない答え
「ピーヒョロロ」
どこかで鳶が啼いていた。
「そうそう。
言いなさいよ。
何でも1つだけ
お願いを聞いてあげるから」
「へっ?」
「だって。
田村先生の件に関しては、
結局、
私は力になれなかったから」
「そ、それは・・」
僕は口籠った。
「何よ?
いい加減、
自分の気持ちに、
正直になりなさいよ」
幻夜の目が妖しく光った。
「し、正直も何も・・僕は別に・・」
「触りたいんでしょ?
私のおっぱい」
「は、はあぁぁぁっ?」
幻夜が腰に手を当てて、
得意げに胸を張った。
僕の視線は、
自然とその大きな膨らみに
吸い寄せられていた。
「へんたい」
その言葉にハッとして、
僕は幻夜の顔を見た。
幻夜がにこりと微笑んでいた。
小さな八重歯が覗いていた。
どくん。
心臓が跳ねた。
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
どくんっ。
心臓の音が、
はっきりと耳に届いた。
「ば、馬鹿なこと言うなよ!
ぼ、僕は、
触りたいなんて、
1ミリたりとも思ってないからな!」
僕は自分に言い聞かせるように、
何度も頭を振った。
「あら、そう?
なら何をして欲しいの?」
「そ、それは・・」
もし。
ここで。
僕が質問を投げたら、
幻夜は正直に答えてくれるのだろうか。
そして。
その答えを聞いた僕は、
今後、
どんな顔で、
幻夜に接すればいいのだろう。
幻夜は首を傾げて僕をじっと見ていた。
「・・べ、別に。
して欲しいことなんて、
な、何もないよ・・」
そう言って、
僕は南の空に目を向けた。
「ふうん。
ま。
冬至がそれでいいのなら、
私は構わないけど。
あとで後悔しても遅いわよ」
僕は大きく息を吐き出した。
「・・後悔なんてしないよ」
一陣の風が吹いた。
「ふうん。
じゃ。
私は先に帰るわよ。
そうそう。
本所町のお化け屋敷に寄り道せずに、
冬至も真っ直ぐ家に帰るのよ」
僕は振り返らず、
「わかった」と答える代わりに、
ひらひらと手を振った。
背後で、
幻夜の足音が少しずつ遠ざかっていった。
やがて。
屋上のドアの閉まる音が聞こえた。
その瞬間。
ふとある考えが頭に浮かんだ。
まさか。
幻夜は僕との約束を果たすために、
田村を殺したのだろうか。
・・いや。
そんなわけ・・ない。
その考えを打ち消すように、
僕は激しく頭を振った。
そして。
無理やり、
別のことを考えようとした。
『・・本当に後悔しない?』
「えっ?」
僕は驚いて周囲を見回した。
屋上には誰もいなかった。
その時。
ぽつり。
雨粒が頬を濡らした。
僕は空を見上げた。
青い空が広がっていた。
ぽつり。
雨粒が額に当たった。
ふいに。
妻鳥が口にしたあの日の言葉が、
頭を掠めた。
『どうして私が雨を好きになったのか、
聞きたい?』
結局。
その答えを聞くことはできなかった。
こんなことなら・・。
僕はそっと息を吸い込んだ。
「後悔なんて・・するわけないさ」
僕は青い空に向かって答えた。
一陣の風が僕の体を包み込んだ。
~冬の始まり 完




