第114話 甘美な絶望
時計の針が
ギシギシギシと時を刻んでいた。
「・・睡眠っていうのはな。
人間の三大欲求の1つだ」
田村がぼんやりと口を開いた。
「睡眠を制限する拷問は、
古来より使い古された手段の1つだ。
人間は数日間、
眠らないだけで
幻覚を見たり、
強い精神的苦痛を感じたりする。
ましてや。
それが長期間続けば、
身体機能が崩壊して、
死に至ることもあるんだ。
この拷問は
国際法上でも禁止されてるんだぞ」
田村が胸の前で拳を握り締めた。
僅かに開いたベランダの窓から、
生温かい風が吹き込み、
カーテンを揺らした。
「ふうん」
「・・それなのに。
あの女。
毎晩・・夢に現れやがって・・。
まるで俺が悪いかのように、
恨み言を並べて・・。
挙げ句の果てには、
俺の首に手をかけやがった」
田村が忌々しげに吐き捨てた。
「そう言えば。
冬至が言ってたわね。
生霊は夢枕に立つって」
「とんでもない女狐だぜ。
人殺しの分際で」
幻夜が首を傾げた。
「人殺し?」
「それに。
あいつを女にしてやったのは
この俺だそ」
「それは。
円響が望んだわけじゃないでしょ?」
「あの女は
俺に抱かれて悦んでたんだよ!」
幻夜が小さく溜息を吐き出した。
「先生。
・・後悔はしてないの?」
田村が大袈裟に首を振った。
「くくく。
後悔か・・。
そうだな。
強いて言えば、
もう少しあの体を
堪能しておきたかったことくらいか。
望月。
・・先生からも、
1つ聞いていいか?」
田村が口元を歪めた。
幻夜が目を細めて頷いた。
「望月、お前・・。
本当にヴァージンか?」
時計の針が
ギシギシギシと時を刻んでいた。
「その答えは・・Yesよ」
幻夜はにこりと微笑んだ。
小さな八重歯が覗いていた。
「でも。
男の味は・・よく知ってる」
そう言いながら、
幻夜は右手で
そっと自分の左の乳房を撫でた。
田村は改めてごくりと唾を飲み込むと、
静かに幻夜へ歩み寄った。
脱皮した田村の蛹は、
今や醜くグロテスクな成虫へと
成長を遂げていた。
田村が幻夜の前に立った。
左手が幻夜の右の乳房に伸びた。
「怪しからんおっぱいだな・・」
田村は舌を出すと、
ゆっくりと口元を舐め回した。
「・・餓鬼に堕ちると、
欲望に抗えないのね」
幻夜は溜息を吐くと、
田村の手を払いのけた。
「欲望こそが、
人類をここまで繁栄させたんだ。
人は誰しも、
欲望に抗うことはできない。
お前も男を知れば、
その意味がわかるだろう。
心配するな。
ヴァージンの扱いには慣れてる」
田村はまるで紙に書かれた文字を
読み上げるように、
淡々と言葉を並べた。
その声とは裏腹に、
田村の目は
欲望に取り憑かれた狂人のように、
血走っていた。
時計の針が
ギシギシギシと時を刻んでいた。
ふいに。
幻夜が田村の胸板に優しく手を当てた。
そして。
ポンッと押した。
田村はよろよろとソファへ倒れ込んだ。
幻夜は一歩踏み出すと、
股を広げて、
田村の上に跨った。
田村の両手が幻夜の桃尻に伸びた。
そのまま、
ゆっくりと撫で回した。
田村の目の前には、
幻夜の乳房が迫っていた。
田村が桃色の隆起した乳首に
舌を這わせると、
幻夜は両手で髪をかき上げ、
「あんっ……」
と喘いだ。
ピチャピチャピチャ
暗い部屋の中に、
淫靡な音だけが生々しく漂っていた。
「はぁはぁはぁ・・」
田村が乳房から口を離して、
息を弾ませた。
幻夜は田村の両手首を取り、
ソファの背もたれに押し当てた。
それから。
田村の唇に自分の唇を重ねた。
お互いの舌が蛇のように蠢いていた。
やがて。
幻夜はゆっくりと唇を話した。
「はぁはぁはぁ・・」
田村の目は半開きになり、
その口からは涎が垂れていた。
そんな田村を見て、
幻夜は微笑んだ。
「こうしてみると。
欲望に抗えない者が、
餓鬼に堕ちるのかしら」
幻夜がぽつりと呟いた。
次の瞬間。
幻夜は大きく口を開けた。
鋭い八重歯が月明かりに照らされ、
白く光った。
直後。
幻夜は田村の首筋に噛み付いた。
「あぅぅっ・・」
田村の口から
歓喜とも悲鳴ともつかない声が漏れた。
ゴクリ・・ゴクリ・・ゴクリ
ゴクリ・・ゴクリ・・ゴクリ
月明かりに照らされた静かな部屋に、
規則正しい嚥下音だけが響いていた。




