第111話 白露の冒険③
7月18日。日曜日。友引。
深夜。
雲1つない夜空に、
丸い月が浮かんでいた。
白露は302号室のベランダに立ち、
ぼうっと夜の町を眺めていた。
町の灯りは消え、
道行く人影も疎らだった。
そんな中。
チラホラと同類達の姿が見えた。
当然だが。
霊は眠らない。
生きている者とは違って、
四六時中、
活動的だ。
だから。
人々が寝静まった夜の街は、
死者達の世界となる。
いや。
正確には。
人々が眠りについているが故に、
単にその存在が目立つだけのこと。
白露は死人となったこの世界にも
そこそこ満足していた。
それでも一抹の寂しさはあった。
その時。
ふと。
『テングビル』から出てきた人影に、
白露の目が留まった。
幻夜だった。
薄手の黒いロングコートを
羽織ったその姿は、
物語の中に登場する
魔女のようだった。
その足元には、
どこかの民族が履いているという
ワラーチが見えた。
幻夜は一度屈伸をしてから、
コートのフードを被った。
瞬く間に、
その姿が闇に溶け込んだ。
次の瞬間。
黒い影は軽快に走り出した。
白露は窓から
リビングの時計を覗き込んだ。
0時10分。
日付が変わって19日になっていた。
こんな時間にどこへ?
白露は首を傾げてから、
ベランダからすっと地上に降り立った。
そして幻夜を追いかけた。
こんな深夜にうら若き少女を
1人で外出させるわけにはいかない。
姫の忠実なる下僕として、
その身を守ることは自分の使命、
白露はそう考えていた。
すぐに幻夜に追いついた。
白露は幻夜の隣を並走した。
幻夜が徐々に速度を上げた。
そのあまりの速さに、
白露は舌を巻いた。
それでも。
霊を振り切ることはできない。
幻夜は夜の闇に紛れるように、
町から町を駆け抜けた。
ふいに幻夜が足を止めた。
目の前に、
マンションが建っていた。
白露はその建物に見覚えがあった。
『アーバン土師』だった。
『テングビル』を出てから、
まだ10分も経っていなかった。
幻夜は息1つ切らさずに、
灯りのついた玄関から
少し離れたところに立ち、
マンションを見上げていた。
次の瞬間。
地を蹴る音すらなく、
幻夜の姿がさっと上空へ飛んだ。
白露は慌ててその姿を目で追った。
幻夜が4階のベランダに
降り立ったのが確認できた。
白露も急いで飛び上がった。
幻夜の手が窓に伸びていた。
窓は施錠されておらず、
静かに開いた。




