第103話 ストーカー
20時になって家を出た。
僕は自転車に跨ると、
そのまま走り出した。
街灯と月の明かりが、
暗い道をぼんやりと照らしていた。
窓から漏れる家々の明かりを横目に、
僕はペダルを踏み続けた。
しばらくすると。
電柱の街区表示板に
『秦町3丁目の3』
と記されているのが目に入った。
やがて。
住宅街の外れに、
小さな教会が見えてきた。
辺りは静まり返っていた。
古びた十字架を掲げた建物が、
静かな夜の中に佇んでいた。
ここまで来たものの、
僕に教会の扉を叩く勇気はなかった。
ただ漠然とした不安が、
心の奥に深い霧となって
立ち込めていた。
僕は自転車から降りて、
教会の隣にある小さな公園に入った。
そこは公園というよりも、
空き地に近かった。
ベンチが2つあるだけの
殺風景な場所だった。
当然、
灯りもない。
教会の窓から洩れる光が、
空き地の一角をぼんやりと照らしていた。
その光は温かいはずなのに、
僕にはどこか遠く、
冷たいものに感じられた。
「キュキュキュキュ」
どこかで鳥が啼いた。
どれくらいそこにいただろうか。
その時。
ふいに、
教会の扉が開いた。
そして。
ダークブラウンの髪を後ろで束ねた
マリアが出てきた。
彼女は白のスポーツブラと
黒のコンプレッションショーツという
格好だった。
僕は慌ててベンチの下に屈みこんだ。
マリアが僕に気付いた様子はなかった。
マリアはその場で
軽くストレッチをしてから、
走り出した。
僕は公園を出て、
自転車に跨った。
そして。
体に纏わりついた生温い風を
振り解くように、
ペダルを踏み込んだ。
街灯の明かりが途切れ途切れに
アスファルトを照らしていた。
夜風だけが耳元を駆け抜けていった。
マリアとの距離を保ちながら、
僕は自転車を走らせた。
気付けば弁天町まで来ていた。
街灯のない狭い路地をうねるように、
マリアはマイペースで走り続けていた。
しばらくすると。
路地の先に公園の入り口が見えてきた。
マリアは迷うことなく、
中へ入っていった。
僕は自転車を柵の傍にとめて、
後を追った。
『弁天公園』は、
広いグラウンドと
僅かばかりの遊具を備えた公園だった。
敷地内に1本だけある
ポールライトが、
その周囲に白い輪を落としていた。
僕は首を捻った。
マリアの姿が見当たらなかった。
「ストーカーの正体は貴方でしたか」
背後からの声に驚いて、
僕は慌てて振り返った。
目の前に。
マリアが立っていた。




