第102話 もう1人の喫煙者
学校から帰宅した僕は、
部屋のベッドに大の字で寝転んだ。
田村が死んだ。
それも。
『ギロチン処刑殺人事件』
の14番目の被害者として。
田村の死に同情する気にはなれない。
かと言って。
手放しで喜べるかと言われたら、
首を傾げざるを得ない。
僕は複雑な思いだった。
それでも。
因果応報という言葉が、
頭をよぎった。
この国の司法では、
加害者に正当な罰を与えることは、
期待できない。
法を司る人間が
加害者の権利を守るなら、
被害者の無念に
寄り添う人間がいてもいい。
そう考える者は少なくない。
だからこそ。
多くの人間がこの犯人を、
『死刑執行人』
や
『アンリ・サンソンの末裔』
と呼んで、
支持しているのだ。
ただ・・。
田村の件に関しては、
僅かに引っかかる点があった。
本当に田村が妻鳥を殺したのか。
気になる点は3つ。
1つは田村と妻鳥の関係だ。
なぜ田村は妻鳥を殺したのか。
2人の間には、
何があったのか。
そして。
2つ目は『ミモザ』の存在。
『ミモザ』の正体は田村だったのか。
最後に。
煙草の件だ。
妻鳥を殺した犯人は喫煙者。
にもかかわらず、
田村は煙草を吸わない。
そこがどうしても引っかかった。
その時。
僕はある夜の光景を思い出した。
ゆっくりと目を閉じた。
あの夜。
僕が見たのは、
本当に彼女だったのか・・。
妻鳥が死んでから4日後。
僕が『ピーピングトム』で
『マイワイフ』のスレッドを
発見したあの日の夜。
妻鳥の盗撮画像を見た僕は、
悶々とした気持ちのまま、
家を飛び出した。
そして。
葛城町の歓楽街をフラフラと彷徨った。
ネオンに照らされた歓楽街は、
昼間さながらに明るかった。
僕は歓楽街のど真ん中にある
『森林公園』に入った。
そこは喧騒の荒野に突如現れた
深緑の異界だった。
園内の木々の下では、
何組もの男女が体を寄せ合って
愛を囁いていた。
彼らの間を縫うようにして
森の中を進んでいくと、
すぐに頭上が開けて、
円形の広場が現れた。
5本のポールライトが広場全体を
優しく照らしていた。
その時。
僕の目がベンチの1つに座って、
煙草を燻らしている少女の姿を捉えた。
少女は丈の短い
黒のワンピースを着ていた。
それは彼女の艶やかな肢体を
惜しげもなく晒していた。
僕は咄嗟に、
ポールライトの下から離れて、
木々の後ろに身を隠した。
そして木陰からそっと少女を窺った。
少女はダークブラウンの髪を
後ろで1つに結んで、
広い額を露わにしていた。
アーチ眉の下の二重の大きな猫目が
はっきりと見えた。
マリア・・?
いや。
マリアに似ている別人か?
普段、
学校では前髪を下ろした姿しか
見たことがなかったため、
僕には確信が持てなかった。
どちらにせよ。
視線の先の少女が纏っている
魔性とも呼べる色気に、
僕の頭は痺れていた。
ふいに。
2人の若い男が、
少女の前に立った。
男達は大きな身振りを交えながら、
何かを少女に語り掛けていた。
少女は煙草を持っていない方の手を
口元に当てて、
冷めた眼差しを向けていた。
男達はさらに大袈裟に体を動かした。
少女は小さく溜息を吐くと、
ゆっくりと立ち上がって、
手に持った煙草を片方の男の前に出した。
男が喜んでそれを咥えた。
少女はもう1人の男の頬に手を当てると、
その顔を優しく撫で回した。
男達がワンワンと吠えて尻を振った。
少女は2人の犬を従えて、
公園を出ていった。
僕はゆっくりと目を開けた。
あれはマリアだったのか。
ふと。
小林の言葉が脳裏をよぎった。
『あ、安武さんは・・。
と、冬至くんのことが・・。
す、好きだった・・』
僕は首を振った。
小林の観察力は、
まったく当てにならない。
それは円の件からしても明らかだ。
『私と小絵は・・。
親友ではありません。
少なくとも。
私はそう思っています』
続けてマリアの言葉が頭に浮かんだ。
マリアは僕に
何を言いたかったのだろう。
僕はベッドから起き上がると、
部屋を出て、
白露の部屋のドアをノックした。
反応はなかった。
僕はそっとドアを開けた。
中は真っ暗だった。
「兄ちゃん?」
僕は呼びかけた。
返事はなかった。
またふらりとどこかを
彷徨っているのだろうか。
浮遊霊とは言え、
呑気なものだった。
本当に自分を殺した犯人を
探す気があるのか、
僕には甚だ疑問だった。
僕はドアを閉めて部屋に戻った。




