第三話 夢雪、入厩 ~美保厩舎へ~
11月下旬。
初雪がちらつき始めた朝。
飛田牧場から大型トラックがゆっくりと出発した。荷台には赤と白の美しい斑模様の牝馬、夢雪が乗っている。
年齢は満2歳10ヶ月。
3歳シーズン目前の本格入厩の日だった。
トラックを見送る飛田雅樹と菱田瑤子、宝田誠が静かに手を振っていた。
宝田が少し寂しそうに呟いた。
「ついにこの日が来たか……。
夢雪、ばんえいの世界で頑張れよ。
リンちゃんが待ってるで。」
美保厩舎に到着したのは午前10時頃。
白樺凛花は朝練を早めに切り上げ、厩舎の入り口でトラックを待っていた。
大学2年生、19歳。
騎手免許試験まで残り3ヶ月。顔は少しやつれていたが、目は強く輝いている。
トラックの扉が開くと、夢雪がゆっくりと降り立った。その瞬間、凛花の胸が熱くなった。
「夢雪……!」
夢雪は凛花の姿を認めると、大きな体を揺らして駆け寄り、いつもの甘えん坊全開で頭をぐいっと押しつけてきた。
斑模様の体は牧場時代より明らかに逞しく、筋肉が盛り上がっている。
「夢雪……また大きくなったね。もう、こんなに立派になって……」
凛花は夢雪の首を抱きしめ、涙を堪えながら何度も撫でた。
美保晋三が大阪弁で笑いながら近づいた。
「ようこそ、美保厩舎へ。夢雪。
これからここが君の家やで。」
武田文吉師匠は腕を組んだまま、夢雪をじっくりと観察した。
「ふん……後駆の張り、脚の長さ、気配。
素質は確かにある。ただし、入厩したからには甘やかさん。
3歳春のデビューに向けて、容赦なく鍛えるぞ。」
宝田誠もその場に同席し、即座に健康診断を開始した。
「体重は予定通り。
筋肉のつき方も良好や。
ストレスも少なめやね。
リンちゃんが毎日顔を見せられる環境になったんが大きいわ。」
夢雪の入厩後スケジュール(当初計画)
最初の1週間:環境に慣れるための軽め調整(散歩中心)
2週目以降:本格的なソリ引き練習開始(400kg前後)
凛花との合同練習を週3〜4回実施(凛花の試験対策と並行)
武田師匠と美保調教師の共同管理
午後から早速、夢雪は新しく割り当てられた馬房に入った。
隣は凛花がよく乗るオトカリ、その向かいはナカヤマタイガーだった。
夕方、凛花は大学講義を終えて再び厩舎に戻り、夢雪の馬房の前で座り込んだ。
「夢雪、私も年末に騎手免許試験を受けるよ。
20歳で合格して、君の3歳シーズンに間に合わせる。
だから……一緒に頑張ろうね。」
夢雪は馬房の中から首を伸ばし、凛花のポニーテールを優しくくわえた。
いつもの甘え方だったが、その目には父譲りの闘志が静かに宿っていた。
武田師匠が少し離れた場所から二人(一頭)を見つめ、独り言のように言った。
「これで始まるな……。
白樺凛花と夢雪の物語が。」
入厩初日の夜。
美保厩舎の厩舎灯の下で、赤と白の斑模様が静かに輝いていた。
凛花の試験まであと約1ヶ月。
夢雪の3歳デビューまであと約4ヶ月。
二人の並行成長は、ここから本当の意味で加速する。




