第十話 美保厩舎での並行練習 ~凛花の朝と夕~
十勝農業大学・北斗寮。
朝4時50分。白樺凛花は目覚ましより早く目を覚まし、暗い部屋で素早く着替えた。
ルームメイトの佐倉美月はまだ深い寝息を立てている。
「夢雪……今頃、牧場で宝田さんたちに鍛えられてるかな。私も負けてられない……!」
凛花はポニーテールをきっちり結び、大学指定のトレーニングウェアに着替えて自転車を飛ばした
。目的地は美保厩舎。飛田牧場とは違い、ここが彼女の日常のメイン战场だ。
美保厩舎に着くと、すでに厩舎内は動き始めていた。
「おはよう、凛花! 今日も早いなあ」
美保晋三が大阪弁で迎える。
武田文吉師匠はすでに馬房の前で腕を組んで立っていた。
「師匠、おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」
「挨拶はいい。まずは馬房掃除と馬体チェックだ。終わったら朝の騎乗練習に入る」
「はいっ!」
凛花は毎日のルーティンを淡々とこなした。
重い一輪車を押し、干し草を運び、馬のブラッシング。汗を流しながらも、顔は生き生きとしている。
朝6時半からは、本格的な騎乗練習が始まった。
今日は練習馬の「オトカリ」と「ナカヤマタイガー」の2頭。
どちらも温厚だが、ばんえい用の軽量ソリを付けた状態での引き練習だ。
武田師匠の声が鋭く飛ぶ。
「凛花! ソリの上だ。腰を深く落とせ! 体重移動を意識しろ!」
凛花はソリに深く腰を沈め、手綱を長く持った。
オトカリが歩き始めると、ソリの重みが全身に伝わってくる。
「腰のローリング……! 後方体重移動……!」
第二障害に見立てた低い坂で、凛花は素早く体重を後ろに移動させた。
オトカリの後駆が力強く地面を蹴るのを感じる。
「いい! だがまだ遅い。馬が止まりかけた瞬間に体重をかけろ。0.5秒遅れたら全部無駄になるぞ!」
30分後、凛花はソリから降りた瞬間、足がプルプルと震えた。
太ももと体幹が熱を持ち、息が荒い。美保晋三がタオルを渡しながら笑った。
「上達してるで、凛花。3ヶ月前と比べたら体重移動のタイミングがえらい良くなったわ。
ただ、まだ力みすぎや。もっと馬の呼吸に合わせるんや」
午前中の練習を終え、凛花は汗だくのまま大学へ急いだ。
午後からの講義「家畜運動生理学」と「競走馬管理学」を受ける。
ノートを取る手はまだ少し震えていたが、内容は全て自分の練習に直結するものばかりだった。
夕方、再び美保厩舎に戻り、軽いストレッチと追加の体幹トレーニング。
遊馬から送られてきた最新プログラムに従い、握力と腰のローリングを重点的に繰り返す。
寮に戻ったのは夜8時半。
凛花はベッドに倒れ込みながら、スマホを見ると宝田からのにメッセージ。
夢雪がソリを引いて練習している。
凛花: 宝田さん、今夢雪の動画ありがとうございました!
私も今日、ソリ引きで第二障害のタイミングが少し良くなりました。
夢雪と一緒に走れる日を楽しみに、毎日頑張ります!
寮の窓から見える夜空の下で、凛花は小さく呟いた。
「夢雪……待っててね。私も、ちゃんと君を引けるようになるから。」
飛田牧場での夢雪の育成と、美保厩舎での凛花の並行練習。
二人の道は離れていても、確かに同じ未来に向かって進んでいた。




