第三話 大学初日と、ばんえいの朝
十勝の4月上旬。朝の空気はまだ冷たいが、太陽が昇ると牧場の雪がキラキラと溶け始めていた。
白樺凛花は新品の大学生バッグを肩にかけ、鏡の前で深呼吸をした。
黒髪ポニーテールにシンプルな白いリボン。
大学指定のジャージの上に軽いダウンジャケットを羽織っている。
「よし……今日から本当のスタートだ!」
学生寮から自転車で20分ほどの十勝農業大学。
キャンパスは広大で、馬術関連の施設も充実している。
凛花は入学式を終え、オリエンテーションで配られた時間割を握りしめながら、農学部馬産学コースの教室に向かった。
教室に入ると、周りは農業や酪農、馬関連を志す学生たちばかり。
凛花が席に着くと、隣の短髪の女子学生が明るく声をかけてきた。
「ねえ、君も馬やりたい系? なんか馬の匂いする!」
「えへへ、バレましたか。私、ばんえい騎手目指してます。白樺凛花です!」
「ばんえい!? すっごい! 私、競走馬の生産管理やりたいんだよね。よろしく!」
初日から周囲の視線を集めつつも、凛花は笑顔で自己紹介をこなした。
講義は「馬の解剖生理学」と「十勝の畜産史」。内容は難しかったが、飛田牧場での実体験が生きて、メモを取る手が止まらなかった。
午前中の講義が終わると、凛花は急いで自転車を飛ばした。
大学からさらに15分、美保厩舎へ。
美保厩舎の敷地に入った瞬間、凛花の表情が引き締まった。
「ただいまー!」
「よう、凛花! 大学はどうやった?」
大阪弁で迎えてくれたのは調教師・美保晋三。
実家が農家3代目の、がっしりした体格の男だ。
その後ろから、JRA元調教師の武田文吉がゆっくりと歩み寄ってきた。
「師匠! 美保先生! ただいま戻りました!」
武田は相変わらずの厳しい目で凛花を上から下まで眺めた。
「ふん。大学と両立など甘いと思うな。午後はここで汗を流せ。
まずは馬房掃除からだ。ばんえいの騎手は、馬の世話から始まる」
「はい! 頑張ります!」
凛花はすぐに着替えて厩舎作業に入った。
重いホースを引いて馬房を洗い、干し草を運び、馬具の手入れ。汗だくになりながらも、顔は生き生きとしていた。
作業の合間に、武田が凛花の横に立った。
「凛花。お前はもう夢雪の世話担当でもある。
午後の自由時間に学生寮に戻って、勉強しろ。
大学で学んだことをすぐに現場で活かせ」
「わかりました……! 」
ふとスマホがブルっと震える。
画面を開くと、
『初日の心拍数と疲労度を記録しろ。データ送れ』
遊馬だ。
「相変わらず鬼やなあ」




