第二話 翌春 卒業、そして新しい道
空は、3月下旬とは思えないほど青く澄み渡っていた。
白樺凛花は、高校の卒業式を終えたばかりの制服姿で、飛田牧場の広場に立っていた。
黒髪のポニーテールに桜色のリボンを付け、頰は少し紅潮している。
手には卒業証書を大事そうに抱えていた。
「凛花、おめでとう!」
牧場中に笑顔と拍手が広がった。簡易テントの下には手作りの料理と、ユキヒメのミルクを使った特製ケーキが並んでいる。
夢雪(生後1年8ヶ月)はもう立派な若馬になり、赤と白の斑模様を輝かせて凛花の周りを元気に駆け回っていた。
「りんかー! もう大学生なんやなあ。えらいわー!」
宝田誠が大阪弁全開でビールを片手に近づいてくる。獣医の白衣は脱いで、
今日は派手なアロハシャツ姿だ。
「宝田さん、ありがとうございます……! 本当に、みんなに支えてもらってここまで来れました」
凛花は照れくさそうに頭を下げた。隣では飛田雅樹と菱田瑤子が優しく見守っている。
遊馬(11歳)は、少し離れた場所から冷静に状況を観察していた。
大人びた表情はそのままに、夏休み以来さらに背が伸びていた。
「凛花さん。農業大学とばんえい騎手養成コースとの両立スケジュールも、俺が最適化した。
週5日は大学、残りは美保厩舎での実習と牧場トレーニングを並行可能だ。
ただし、体調管理は徹底しろ。握力と体幹の数値が落ちたら即フィードバックする」
「遊馬くん……相変わらず鬼だね(笑)」
凛花が笑うと、遊馬はわずかに頰を緩めた。
「当然だ。君は俺の長期プロジェクトの被験者……じゃなくて、未来のばんえい騎手だからな」
瑤子が静かに微笑みながら、凛花の肩に手を置いた。
「凛花。私は約束通り、一生面倒見るわ。大学寮に入るなら生活費もサポートする。
夢雪の共同オーナーとして、彼女の成長も一緒に追いかけましょう」
「瑤子さん……本当に、ありがとうございます」
そこへ、シラユキが大きな体をゆったりと近づけてきて、凛花の背中に鼻面をスリスリと擦りつけた。
夢雪も負けじと前脚を軽く上げて甘える。
「ユキヒメ、夢雪……私、絶対に騎手になるよ。二人をちゃんと引いて、ばんえいの世界に連れて行くから」
凛花は二頭の馬を抱きしめるように頭を撫でた。目尻に少し涙が浮かんでいる。
パーティーが進む中、雅樹が皆の前に立った。
「凛花は今日から大学生だ。十勝に残って、ばんえいの道を本気で目指す。俺たち飛田牧場も全力でバックアップする。……ただ、寂しくなるな」
すると、遊馬が小さく息を吐いた。
「父さん、母さん。僕もそろそろ東京に戻るよ。明日朝の便で」
一瞬、場が静まった。
「え……もう? もうちょっと居ればいいのに……」
凛花が驚いた顔をする。遊馬は肩をすくめた。
「東京の学校の新年度準備がある。
俺は理論派として、データとプログラムでサポートする。
現地にいる凛花さんが実践派。役割分担だ」
宝田が遊馬の頭を軽くくしゃくしゃにした。
「坊ちゃん、相変わらずカッコつけやがって。寂しいんやったら素直に言えや」
「宝田さん、余計なことを」
遊馬は口では否定しながらも、牧場を見回す目にわずかな未練が浮かんでいた。
夕陽が牧場をオレンジ色に染める頃、凛花は遊馬を夢雪の柵の近くに連れて行った。
「遊馬くん……ありがとう。夏の肉体改造メニュー、毎日死にそうだったけど、あれがあったからここまでこれたよ」
「当然の成果だ。……凛花さん」
遊馬は珍しく少し声を落とした。
「夢雪の闘志は本物だ。君が騎手になれば、必ずいいコンビが組める。
俺も、時々十勝に来るかもしれない」
凛花は満面の笑顔で頷いた。
「うん! 待ってる。次に会う時は、私、もっと強くなってるから!」
夢雪が二人の間に割り込み、遊馬の手をペロペロと舐めた。
遊馬は珍しく小さく笑って、夢雪の額を撫でた。




