第三十五話 残弾零発
――黒
――黒
――黒
視界を埋め尽くすのは、黒一色。
よく見れば、それは羽の形をしていた。
漆黒の翼。
その根元は一体の魔族に繋がっていた。
傲慢のルシファー。
死んだはずの魔族が立ち上がり、その背中から漆黒の翼が大きく広がっていた。
「魔王……様に……、手出しは……させ……ぬ!」
これが傲慢のルシファーの能力、『最期の傲慢』。
傲慢のルシファーは、死した身体で再び銃弾を受け、魔王を守り切った。
使命を果たし終えた傲慢のルシファーが、再び崩れ落ちる。
いや、体の端からボロボロと崩れて行く。
無理をして行動した反動か、しばらくは残るはずの死体が塵と化して消えて行った。
後に残ったのは魔族の象徴たる角と、散らばった黒い羽根のみだった。
「ルシファー、大儀であった。」
崩れ落ちた漆黒の翼の後ろから現れた魔王が、静かに傲慢のルシファーを労う。
容赦なく人間を殺す魔族にも、仲間の死を悼む気持ちはあるらしい。
傲慢のルシファーに対してはその一言で終わり、魔王はこちらを向く。
「まさか、勇者の聖剣以外にも我らを傷付ける武器があったとはな。」
魔王の言葉は静かだったが、強い怒りと殺意が籠められていた。
俺の額を嫌な汗が伝う。
銃口を魔王に向けてはいるが、もう弾は無い。
「しかし、無制限に攻撃できるわけではなさそうだな。」
うっ、バレている。
確かに弾数に制限が無ければルシファーの羽根越しに撃ちまくっていた。
一発目を防がれた直後に二発目を撃った。しかし二発目を防がれた後に三発目を撃たない。これだけで安易に連発できないことは知れる。
だが、弾切れでもう二度と攻撃できないことまでは分からないだろう。
分からないからこそ、この場で俺を確実に殺しに来るだろう。懸念材料を放置しておく理由が無い。
「どこを見ている! 勇者はオレだ!!」
マックスが、聖剣レプリカを振りかざして魔王に斬りかかる。無謀だ!
「紛い物に用はない!」
既に偽勇者であることを見抜いていたのだろう。魔王はマックスの方をを見もせずに腕を一振りした。たったそれだけで聖剣レプリカは折れ、鎧も砕けた。
砕けた聖剣レプリカと鎧の破片をまき散らしながら、マックスが吹っ飛んで行く。
いや、違う。
マックスはし自分から飛んだのだ。
理力を過剰に注入した聖剣レプリカと鎧はただでさえ脆くなっていた。そこへ魔族の強力な魔力を受けて更に劣化し、魔王の拳が掠っただけで砕けてしまったのだろう。
魔王の拳をギリギリで避けたマックスは無傷だった。
鎧の破片を振り落として身軽になったマックスは、折れた聖剣レプリカを投げ捨てて、腰から予備の剣を引き抜いた。
その腕から何かが落ちる。
あれは――手枷だ。マッスクの奴、今の今まで理力を封じる手枷を着けたままだったのか!
しかし、いまさら手枷を外したところで意味はない。目の前に魔族がいる限り、勇者以外の人間は理力を使えないのだ。
「なめんな! オラァ!」
気にせずマッスクは魔王に突っ込むが、魔王は俺から視線を外さない。
勇者でないと見切られたマックスは、魔王の気を引くことすらできない。
「なんだと!」
だが次の瞬間、魔王は驚愕に目を見開いてマックスの方を振り向くこととなった。
マックスの突き出した剣が、魔王の作り出した障壁を突き抜け、魔王の身体に届いていた。
いや、正確に言うと少し違う。
魔王の身体に届いてから障壁が現れたのだ。
それによく見れば、マックスが手にしているのは剣ではない。あれは爺さんが持たせた対魔族用の武器の試作品だ。
もしかすると魔王は油断、あるいは慢心していたのかもしれない。
――勇者以外の人間に魔族を傷付けることはできない。
それは長い歴史に裏打ちされた経験則にして、絶対不変の不文律。
多くの人がそう考えていた。
だから魔王は、勇者でないと気付いた時点でマッスクを無視してしまった。
俺という例外が目の前にいたにもかかわらず。
「チッ! 俺自身の理力に反応して障壁ができたか。」
マックスの攻撃はこれで終わらない。
試作品とは言え、爺さんの作った武器は魔族を殺すためのものだ。脅かして終わりではない。
マックスは右手で腰の辺りにぶら下げたケースの中身を取り出す。
それは一本の縄だった。
その先端はくすぶるように火が燃えている。
これは火種だ。魔王城に突入する前に火を点けていたものだ。
マックスはその火種を、魔王に向けたままの鉄の棒に押し当てる。
――バン!
「ぐっ!」
魔王が苦鳴を漏らす。その脇腹から、血が流れた。
爺さんが作ったのは銃だ。
それも火縄銃以前の、点火口に直接火縄を押し付けて火薬に点火する原始的な方式のものだ。
銃弾の再装填を考慮しない使い捨ての単発式で、火を点けるために片手を離す必要があるから狙いも付けにくいなど、試作品だけあって実用面では問題も多い。
それでもほぼゼロ距離から発射するならば問題はない。魔王が意識せずに作り出した障壁までちゃっかりと銃身を固定するのに利用してしまっている。
障壁で弾が外に出られなければ、最悪銃身が破裂する危険性もあるというのに、よくやるものだ。
しかし、残念ながら致命傷には至らなかったらしい。
「おのれぇ!」
「うわぁ」
魔王の振り回した腕に、今度こそマックスは吹っ飛ばされた。
だがこの瞬間完全に魔王の注意が俺から逸れた。
これが最後のチャンスだった。
俺は手にしたオートマグ IIIを投げ捨て、走り出した。
真直ぐに、魔王に向かって。
腹を撃たれて荒い息の魔王に向け。
走り込んだ勢いで体当たりするつもりで。
取り出した刃に全ての力を込めて。
突き立てた!
マッスクの攻撃は致命傷にはならなくても、相当なダメージを与えたのだろう。魔王の動きは明らかに鈍かった。
それ以前に魔族が直接戦うことは少ないらしい。
魔物が主戦力になっていることもそうだが、そもそも魔族が相手ではまともな戦いにならないのだという。
一般の兵士は魔族の前に出た時点で弱体化するし、どのような攻撃も魔族に届かない。魔族にとってはただの力押しのみで一方的な展開になるのだ。
逆に勇者が出て来ると魔族に勝ち目はない。戦っても勝てないから逃げに徹する。例外は未熟な勇者に一矢報いる憤怒のサタンと戦闘狂の暴食のベルゼブブくらいだろう。
魔族は、特に魔王は戦闘経験が少ない。
魔族にとっての直接戦闘は、一方的に蹂躙するか圧倒的に倒されるかのどちらかであり、一瞬の判断が生死を分けるギリギリの戦いというものを経験することはない。
それはたとえ過去の魔族の経験を全て引き継いでいたとしても変わらない。
これが魔族最大の弱点なのだろう。
だから意表を突かれた魔王はマックスの銃弾を受けた。
そして今、この中で一番非力なはずの俺の刃が、届いた!
「ガハッ!」
魔王が口から血を吐いた。
下から突き上げるように刺し込んだ刃は心臓まで届いただろうか?
「なん……だ、それ……は?」
魔王が俺の手にした剣を見て訝しむ。
肉眼では捉えられない銃弾はともかく、聖剣以外の剣の攻撃が魔族の身体に届くとは思ってもみなかったのだろう。
それに、聖剣は魔族の作る障壁ごと切り裂くそうだが、俺の場合は障壁そのものが出現しないのだ。
剣に何か秘密があると思ったのだろう。
確かにこの剣も爺さんの作った対魔族用武器の試作品の一つだった。
この剣は――
「これは憤怒のサタンの角を削り出して作った剣だ。」
この剣は爺さんが対魔族用の武器を考えている最中に派生的に思いついたものだそうだ。
理力を全く伴わない攻撃ならば魔族の障壁に阻まれることはない。しかし、理力を含まない金属で剣を作っても使い手の理力が宿って防がれてしまう可能性が高い。実際、マックスの突き出した鉄砲は魔王に触れるか触れないかという所で障壁に止められた。
ならば、理力と打ち消し合う性質の魔力を含む素材で作った武器ならば魔族にも届くのではないか?
理論的にはあり得ても、人間には魔力を操る術はない。普通ならここで諦めるのだが、幸か不幸か手頃な素材があった。
倒した魔族の消えずに残った身体の一部。
特に魔族の角は強い魔力を内包し、素材としても非常に強靭だった。
硬い角を苦労して加工して作られた刺突剣は、しかし誰にも使えなかった。
手にしただけで魔力が侵食し、体内の理力を掻き乱すらしいのだ。理力を封じる訓練を積んだ兵士でさえ、「手にするだけで気分が悪くなる」と言って投げだしたのだ。
そんなわけで、せっかく誕生した魔族殺しの魔剣には使い手がいなかった。
ただ一人、理力にも魔力にも影響されない俺を除いては。
考えてみれば、仲間の死体を加工して武器にして使ったのだ。倫理的、道義的に問題のある酷い行為にも思える。
しかし、魔王は俺の言葉に納得したような顔をして――その場に崩れ落ちた。
「まさか……勇者でも……ない……人間に……殺されるとは……。今回は……我々の……負けだ……。だが……、お前……たちも……道連れ……だ……」
最後に不気味な言葉を残し、魔王は息絶えた。
「終わった……」
誰かがぼそりと呟いた。
そう、七魔将と魔王の全てを倒したことで、この戦いは終わりを迎えた。
後は魔王城の調査なんかもあるだろうが、それは爺さんたちの仕事だ。
銃弾は全て使い切ってしまったが、どうにか俺は生き残ることができた。
――ギギギギギギギー!
「なんだ?」
突然、何かが軋むような音が響き渡った。床からは不気味な振動が伝わってくる。
皆で周囲を見回すが、原因が分からない。
分からないでいるうちに、次の異変が起こった。
――ゴン! ガン! バタン!
フロアを支える柱の一本が突然倒れた。
その倒れ方がおかしい。横倒しに倒れるのでも、罅が入って砕けるのでもなく、長い柱が不自然に三等分されて地面に落ちたのだ。
異変はなおも続く。
地面に倒れた一メートルくらいに分割された柱が、三本ともむくりと起き上がった。
そしてその柱に手足と頭が生えた。
「これは、ロックゴーレム!」
魔物だった。
おそらくは魔王配下の魔物だったのだろう。
動かなければ石にしか見えない魔物が、柱に偽装して潜んでいたのだ。
ロックゴーレムはこちらに目もくれず、外に向かって走り出した。魔王が死んだことで支配が解け、逃げ出したのだろう。
あの魔物は奇襲用だろうか? 柱に近付くと襲って来るとか? だったら一階に仕掛けておくべきではないだろうか?
いや、今はそんなことは後回しだ。
軋むような音も、不気味な振動も、治まるどころか次第に大きくなってきている。
二本目の柱が崩れた。あれも魔物だったらしい。
いや、二本目で終わらない。三本目、四本目と次々に柱がロックゴーレムに変わっていく。
――ボコリ!
壁に穴が開いた!
穴の部分にはまっていた石材に手足が生えて、そのまま外へと逃げて行く。あれもロックゴーレムだ。
――メリメリメリ!
今度は床の一部が持ち上がり、同じように手足と頭が生えた。柱よりも大きな二メートルくらいのロックゴーレムが、やはり外に向かって逃げて行く。
なんなんだ、これは!?
このままで行くと……まずい!
「全員今すぐ逃げろ! 魔王城が崩れるぞ!」
次回、最終話です。




