第三十六話 戦いを終えて
全ての魔族が倒され、戦いは終結しました。
魔族が現れてから一年とかからずに全てを倒してしまったことは、歴史的に見ても異例の早さです。
早期に終結した分、被害も少なくて済んだと言います。
けれども、それでも多くの犠牲者が出ました。
勇者クリストファー様の死は、人類が滅亡しかねない大事でした。
勇者様と言えども不死身でも無敵でもありません。勇者様だけに全てを任せてしまう危うさを、今後も永く語り継がなければなりません。
また、被害は少ないとはいえ、多くの兵士が魔物との戦いの中で戦死しています。ラムザス連邦では民間人にも多くの犠牲が出ました。
犠牲者の数が少ないと喜んでばかりはいられません。
彼らは数字ではありません。一人一人が人生を歩むかけがえのない命なのです。
犠牲者を悼み、五百年後の次の戦いに向けての教訓としなければなりません。
最後の魔王との戦い、魔王城での戦いにおいてもまた尊い犠牲を出してしまいました。
戦いそのものは順調だったと聞いています。
魔王城の外ではグリフォンの大群相手に優位に戦い、魔王城の中では魔王と傲慢のルシファーの二体の魔族を相手に勝利を収めました。
しかし、魔王を倒した後に悲劇が起こりました。
魔王城が倒壊したのです。
魔王城に突入し、魔王と直接対峙した部隊の半数、および突入部隊の帰りが遅いために編成された第二次突入部隊の大部分が魔王城倒壊に巻き込まれて行方不明となりました。
生存はほぼ絶望視されています。
そして、魔王城で行方不明になった者達の中に、マサト様も含まれていたのです。
◇◇◇
マックス・フォン・フォーテン――今は家名を捨て、ただのマッスクとなった男は、倒壊した魔王城から生還を果たした。
魔王に殴り飛ばされた際に反射的に防御したため、致命傷を避け気絶するだけで済んだのだ。その後、魔王城の崩壊が始まったあたりで意識を取り戻し、どうにか脱出に成功していた。
しかし、戦いが終われば彼はただの罪人に戻る。
マックスの罪――勇者殺し――は重い。魔族討伐に貢献したとしても、全人類を危機にさらした罪は相殺しきれない。
戦いからは生還しても、犯罪者として処刑されるだけ。そのはず、だった。
しかし、魔族との戦争終結の宣言が行われるとともに、恩赦が行われた。
全ての罪が許されたわけではないが、死刑は免れた。また、魔族との戦いの最前線という危険な兵役に就いたことが刑罰としてカウントされ、マックスは晴れて自由の身となった。
この処置に対して不満の声は上がっていない。
むしろ、さっさと処刑しろと主張するマックス自身を説得するのに苦労したくらいだった。
理由はいくつかあるだろう。
一つは、魔族との戦いが早々に終結したため、勇者の不在によって苦戦した経験が少なかったことが挙げられる。結果として勇者が存命の場合と同等以上の速度で魔族を倒したため、勇者が既に亡くなっていたことに気付いた者もほとんどいなかったくらいだ。
一つは、勇者が活躍する前に死亡したため、勇者に助けられたとか、勇者と交流のあったものがほとんどいなかったということがある。勇者の個人的な知り合いは、ほぼクリストファーが勇者になる前からの知り合いに限られていた。
また、魔族と戦った英雄を求める各国の思惑もあった。魔族と戦う前に死んだ勇者クリストファー、勇者に代わり魔族を倒したが最後に行方不明になった異世界人のマサト。彼らに変わる英雄として注目されたのが、魔王に傷を負わせたマックスだった。
ホートリア王国やサリオス帝国は、勇者を殺されてしまった事実から民衆の注意をそらしたかったという事情もあったらしい。
一般に対しては「訓練中の事故で勇者を死なせてしまった」とマックスの罪を減じる形で発表された。なお、マサトのことは「力の弱い不完全な異世界の勇者」という扱いである。
マックスを英雄として祭り上げる計画は、マックス自身が拒否したことで頓挫した。
マックスは栄誉も報奨も辞退し、サリオス帝国の実家からの勘当を撤回するからフォーテン家に戻るようにという要請も拒否した。
後にマックスは語る。
「オレはあの時、生かされたのだ。」
死に場を求めて戦場に赴いたのに、生き延びてしまった。これをマックスは「まだ生きて成すべきことがある」と考えたのだそうだ。
マックスはまずクリストファーの実家を訪ね、全てを話して謝罪を行った。
その後の余生は語り部として活動を続けた。
公式に発表された、脚色された物語ではなく、自分の行った愚行を。
そして実体験に基く生々しい戦場の様子を、世界中を回って語り聞かせて行った。
◇◇◇
ホートリア王国の宮廷理術士、マシュー・イングラムは北の果て無人の荒野に来ていた。
目的はもちろん、魔王城跡の調査だ。
魔王城攻略戦の時は、さすがに戦場に連れて行くわけにもいかずに待機していたのだが、ある程度の安全が確保されたことで自ら調査にやって来たのだ。
しかし、イングラム老の意気込みとは裏腹に、調査は遅々として進まなかった。
「くそっ、また出やがった! 応援頼む!」
魔王城跡地に兵士の怒声が響く。
崩れた魔王城の瓦礫を掘り起こしているのは、イングラム老率いる研究者たちではなく、国の兵士だった。
人手を確保するため、力仕事を行うためという理由の他に、切実な問題があったからだ。
兵士が取り除いた瓦礫の下にあった石の塊が、むくりと起き上がった。
ただの岩石から手が生え、足が生え、頭が生える。
ロックゴーレムだ。
魔王城倒壊時に魔王配下のロックゴーレムは魔大陸へと逃げ出した。しかし、魔王城倒壊に巻き込まれてそのまま瓦礫の下に埋まってしまった個体も多数存在していたのだ。
ほとんど石の塊のようなロックゴーレムは埋まった状態でも死ななかった。ただ身動きが取れないために、周囲の瓦礫とそっくりな状態でじっとしているのだ。
それが掘り起こされることで動き出す。
命令を下す魔族がいないこともあり、積極的に人を襲う凶暴性は無いが、それでも危険な魔物である。非戦闘員に作業させることはできなかった。
兵士は手早くロックゴーレムを倒した。幸いそれほど強い魔物ではないので倒すのに苦労することはないが、一体起き上がるとその下から二体三体と続けて出て来ることもあるので油断はできない。
そうして頻繁に作業が中断するから遅々として進まないのだ。
それでも少しずづ得られた情報と、魔王城から脱出できた兵士の証言を合わせれば見えてくるものもある。
「なるほど。城の形にロックゴーレムを並べて作ったのが魔王城じゃったのか。ロックゴーレムは城を建設する工夫兼石材というわけか。通常の石材もそれなりに使っているようじゃが、なるほどこれならば短期間でできるわけじゃ。魔王ならではの工法じゃのう。」
イングラム老的には色々と成果が出ているようである。
◇◇◇
イングラム卿の調査の結果、魔王城の目的は勇者様対策である、という結論になりました。
それも単なる足止めではなく、勇者様の殺害を目論んだ狡猾な罠だったとのことです。
魔王城の一階は複雑な迷路になっていて、やって来た勇者様を足止めする。
勇者様が迷っている間に、魔族は二階から外へと脱出する。
勇者様が二階に到達した段階で、城を構成するロックゴーレムに命じて魔王城を一気に倒壊させる。
そんな作戦だったようです。
魔族や魔物がいくら向かって行っても勇者様には敵いません。しかし、頭上から避けきれないほどの土砂や岩石が落ちてきたら、勇者様と言えども無事には済まないでしょう。
魔王城の三階には大量の岩石が詰まっていたと考えらています。
この恐ろしい罠は、幸い不発に終わりました。勇者様が不在だったため、魔王が逃げるタイミングを失ったのだと考えられています。
魔王の指示で一斉に潰れるのではなく、魔王の死によってロックゴーレムがバラバラに逃げ出したため、一部の兵士が脱出する余裕ができたのだそうです。
全ての魔族を倒し、魔王の謀を打ち破ったこの時代の英雄はマサト様です。
しかし、そのマサト様はついに帰りませんでした。
魔王城跡の調査は難航し、マサト様の遺体すら見つかっていません。
ただ一つ、マサト様がハンドガンと呼んでいた異世界の武器が発見されただけでした。
世界を救った英雄に対して、私たちは何一つ恩を返すことができていません。
ただ一つ希望があるとすれば、魔王を含むすべての魔族を倒し終えていたことです。
かつての異世界の勇者様が、どのようにして元の世界に帰られたのかは伝わっておりません。
しかし、マサト様が神意によって遣わされたのだとすれば、使命を果たし終えたマサト様は、無事に帰られたのではないでしょうか?
確かめる術はありません。
ただ、そうであって欲しいと願うだけです。
この物語は、これにて完結です。
最後までお読みいただきありがとうございました。




