第三十一話 魔王城
「ん? なんだあれは?」
外を眺めていたら、妙なものを見かけた。
民家だ。
複数の家が建っていて、その周囲を囲う柵らしきものもみえる。
よく見れば、ずいぶんと荒れ果てた感じだが、畑らしき場所も見える。
ただし人の気配はない。
あるはずがない。
イエンス平原はサリオス帝国の防衛線の外だ。こんな場所に人が住んでいたとしても、魔族や魔物に見つかって殺されているだろう。
「あれは不法居住者の村ですね。」
答えたのはローデ少尉だった。
俺の存在は未だに極秘扱いなので、俺の周囲はホートリア王国から派遣されたマサト小隊と、サリオス帝国軍でも面識のあるローデ少尉率いるカニンヘン隊で固められていた。
「五百年周期で戦場になるこの辺りはどこの国の領地でもありません。しかし、一度魔族を倒した後は長くて五百年近く魔族の再侵攻は無いため、勝手に住み付く者が出るのです。」
確かに魔族が現れる周期は決まっているから、それまでの間は魔族に殺される心配はない。でも、こんな何もない平原、それも子孫が確実に戦渦に巻き込まれる危ない土地にわざわざ住みたがるやつななんているのか?
「どの国の支配も受けないから税もかかりませんし、どの国の法も及びません。何らかの事情で国にいられなかった者とその子孫が暮らしていたようですね。」
やはりそれなりの事情があるらしい。
「魔族襲来の時期が近付くと帝国に逃げ込む者も多数出ます。難民として受け入れていますが、積極的に保護したり、避難を勧告することもありません。」
まあそうだろう。国の支配下にないということは、国としても面倒を見る義理は無いということだ。避難民を受け入れるだけでも厚意だろう。
わざわざ危険地帯に住み付いた者の自業自得、なのだが、今後はその認識も変わって来るかも知れない。
爺さんによると――
「人や普通の動物がいれば理力が、魔族や魔物がいれば魔力が、自然と発生するのじゃ。理力と魔力はほぼ同じ性質でありながら互いに打ち消し合う不思議な特性を持っておる。魔大陸で発生した魔力とカラトス大陸で生まれた理力は無人の荒野辺りで打ち消し合うのじゃろう。理力も魔力もない土地は動物も魔物も住みにくい。これも魔大陸の南下を防いでおる一因じゃろう。」
つまり、魔大陸との境界付近には理力を生み出す人も魔力を発する魔物も寄り付かないから、境界線が動かないのだろうという話だ。
だから無人の荒野に魔物が棲み付くとカラトス大陸が魔大陸に呑まれる危険があるのだが、逆に言えば無人の荒野に近いところに人や動物が住み付けば魔大陸の南下を食い止める効果が期待できることになる。
そう考えると不法居住者の存在は歓迎すべきものであり、むしろ積極的に無人の荒野に入植すべしという結論になる。
まあ、魔族が襲来したら真っ先に蹂躙される土地であるし、どの国の領土にするかという問題もあるから簡単には推奨できないだろうが。
◇◇◇
「あれが……魔王城か。」
遠くに見えるのは、確かに城の形をした建物だった。
ホートリア王国やサリオス帝国の城に比べれば小さい、大きめの砦と言ったところだ。
その小さな城が、何も無い平地にポツンと建っている。周りに何も無いから余計に小さく見える。
何とも奇妙な光景だ。周囲に掘りも城壁もなく、ただ城のような建物があるだけなのだ。
戦略的にもこの位置に砦を建てる意味はないのだそうだ。
人間同士の戦いならば、二つの大陸を結ぶ細いケラモス地峡の手前は敵の進軍を止める要所になり得る。
だが、人類が魔大陸に進軍する予定はない。魔大陸の奥地でまともに活動できるのは勇者くらいなのだ。
逆に魔大陸から魔物を引き連れてやってくる魔族を食い止めるには良い場所なのだが、勇者が参戦する前では七魔将の総攻撃を喰らって無駄に犠牲を出すだけだ。
だから魔族側はもちろん、人類側もこんなところに拠点を築いたりしない。
もっとも、一番奇妙なのは魔族が城を使うという点なのだそうだ。
城でも砦でも基本的に防衛設備なのだ。頑丈な城壁で敵の進行を止め、優位な位置に配した兵で一方的に迎撃する。
王や将軍などの重要人物を守るだけでなく、一般兵も安全な場所で十分な休息を取らせて士気と体力を回復し、備蓄した食糧や武器によって経戦能力を維持する。
しかし魔族には守るべきものは無い。
強いて挙げれば魔王だろうが、その魔王の命ですら人類を抹殺するという目的のためには使い捨てる。魔族とはそういう連中なのだそうだ。
それに魔族もその配下の魔物も住居を必要としない。安眠できないと気力体力を削られる人間と違って、魔族も魔物も野ざらし雨ざらしで何の問題もないらしい。
実際、過去の戦いにおいても侵攻の邪魔になる砦を破壊することはあっても、魔族や魔物が拠点として再利用することはなかったそうだ。
だから、魔族が城を利用しているという時点で歴史上類を見ない不思議な出来事なのだ。
魔族の姿は見当たらない。
おそらく城の中にいるのだろう。
その証拠に、魔王城を守るように魔物がいる。
「あれは傲慢のルシファーの配下、グリフォンですね。推定で五千体、ほぼ全てが魔王城の周囲にいるようです。」
グリフォンは上半身が鷲、下半身がライオンの姿をした魔物だ。力も強く、空も飛ぶ厄介な敵らしい。
魔族の生み出す魔物は種類毎に生み出せる速度が決まっているらしく、どのくらいの時期に最大で何体くらいの魔物が見当がつくのだそうだ。
大まかに、単体で弱い魔物ほど早く数が増え、強い魔物ほど数がそろうまでに時間がかかる。グリフォンは強い魔物で、五千体は今の時期ならば上限に近い数だそうだ。
「つまり、魔王城の中にいるのは魔王配下の魔物と言うことか。」
七魔将と同様に、魔王も配下の魔物を生み出すことができる。
ただし――
「魔王の使役する魔物ってどんなんだ?」
「不明です。」
「え?」
「七魔将はそれぞれに配下の魔物の種類が決まっていますが、魔王の率いる魔物は毎回異なるのです。」
「魔王が登場する度に魔物の種類が変わるのか、あるいは魔王だけは任意の種類の魔物を生み出せると考えられておるのじゃ。一説では魔大陸に棲息する多種多様の魔物は全て歴代魔王が生み出してものではないかと言われておるのじゃ。」
そんなわけで、どんな魔物が出て来るか分からないことが不安材料の一つだ。
「逃走用に魔王の近くにグリフォンか、飛行型の魔物がいるかもしれませんね。」
グリフォンは魔族を乗せて飛ぶこともできるそうだ。
ただし、傲慢のルシファーが死ぬと言うことを聞かなくなるから、魔王配下の飛行型、あるいは騎乗型の魔物がいるかもしれないと予想されていた。
いずれにしても、魔王城に入って見ないことには分からないようだ。
「傲慢のルシファー、出てこないな。」
「そのようですね。既にこちらには気付いているはずなのですが。」
サリオス帝国軍はイエンス平原を抜けた後、無人の荒野の手前でホートリア王国軍及びトモーロスの戦士と合流した。
その後無人の荒野に突入して、既に魔王城を目視ではっきりと確認できる距離にまで近付いている。
こちらから見えるということは、向こうからも見えるということ。五万の大軍を気付かれずに進めることは不可能だ。いくら魔王が油断していてもさすがに気が付いているだろう。
グリフォンたちは既に気付いていてこちらを警戒しているようだが、持ち場を離れないように命じられているのか今のところ動く様子はない。
早ければそろそろ傲慢のルシファーが出てきて先制攻撃を仕掛けて来る可能性もあったのだが、その予想は外れた。
このままもう少し進めばグリフォンとの戦闘が始まる。
グリフォン相手ならば十倍の兵士を連れてきている。余裕をもって殲滅できるだけの戦力だった。
魔王配下の魔物が出てきたとしても戦力的にはグリフォンと同程度と考えられる。そのくらいならまだ十分に勝てる範疇らしい。
そこに、傲慢のルシファーや魔王本人が参加するとかなり厳しくなる。勇者がいないと知れば兵士を殺すことに専念するだろう。
ただその場合でも、攻め込んだ軍がほぼ壊滅するのと引き換えに魔物の大半を倒せるという計算なのだそうだ。
どのタイミングで魔族が出て来るか。それとも出てこないのか。
出てきた魔族を俺が撃ち倒せるか。
それ次第で味方に出る犠牲の数が大幅に変わる。
「魔族が出てこないので、予定通り進軍を再開するようです。戦闘が始まるので気を付けてください。」
ローデ少尉の言葉に、俺は思わず懐の拳銃を確認する。ただし魔物との戦いでは俺の出番はないのだが。




