第三十話 進軍
進軍が始まった。
サリオス帝国の帝都から出発して北上、イエンス平原を縦断してさらに北に向かう。
サリオス帝国軍だけではない。
今回は東からはホートリア王国軍が、西からはトモーロスの戦士がそれぞれ既に出発していて、北の果て、無人の荒野の手前で合流する予定だ。
北方三国の主力を一気に投入する。それが今回の作戦だった。
勇者が健在ならばこれが最善の策なのだそうだ。
魔王の所在が明白ならばそこに勇者を送り込めば勝てる。そのためには邪魔になる魔物を軍が抑え、魔王が逃げ出す前に勇者が単独あるいは少数で突っ込む。
しかし、勇者不在の今、この方法は必勝ではない。
勇者の代わりに魔族を倒す役割の俺が、魔族と戦って勝てるとは限らないからだ。
むしろ、正面から対決したら勝てない。拳銃で魔族を倒せることはこれまでの戦いで判明している。しかし、一撃で確実に仕留めなければならないという縛りはきついものがある。
特に今回は魔王と七魔将の最後の一体、傲慢のルシファーが共に行動しているらしい。
一体だけならば不意を突いて倒せるかもしれない。けれども残る一体は当然俺のことを警戒するだろう。
接近戦を挑まれたらまず勝てない。魔物を嗾けられても俺には対応できない。
即座にそこまで見抜くとは限らないが、念のために魔物を嗾けるくらいはしてくるだろう。
二体の魔族をまとめて相手にすることは非常に困難だ。
しかし、他に手はなかった。
斥候部隊の報告では、無人の荒野には数多くの魔物がいて、魔族の姿は見当たらなかった。
おそらくは魔物の向こうにあった建物――魔王城と呼ぶことになった――にいるのだろう。
魔物の群れを避けて魔王城に忍び込むことは困難だ。斥候部隊も潜入は断念したらしい。
魔王城に潜入できたとしても、その内部構造も、何処に魔王がいるのかも不明だ。
魔物もうろついているであろう魔王城の中を見つからないように探索し、魔王の居所を見つけ出して、気付かれる前に撃ち殺す。
そんな暗殺者みたいなまねは俺にはできない。プロの暗殺者だって無理だろう。
周囲の魔物に気付かれずに魔王城に入り込むことはできないから、魔物を軍で抑え込んで、その間に魔王城に押し入る。
魔族に気付かれずに魔王城に入ることはできないから、俺以外の戦闘要員とチームを組んで魔王城を探索する。魔王を見つけたら他の者が注意を引き付けている間に俺が撃ち殺す。
かなりざっくりした作戦だ。正直、成功率は怪しいものだと思う。
ただ、魔王城の周りにいる魔物を一掃できれば、魔族を倒せなくても魔物を補充するために一度魔大陸まで引くだろうという予測があった。
魔族と魔物がいなくなれば、魔王城をじっくりと調べることができる。
本当にカラトス大陸を魔大陸化しようとしているのか。それとも勇者対策として魔王城を作ったのか。
だから北方三国合同の総攻撃なのだ。
今は魔王の行動の真意を探り、無人の荒野から魔族と魔物を追い払うことの方が重要になっている。
人類側が大軍で押し寄せて来れば、それだけで勇者が攻めて来たと判断して魔王は魔大陸へと逃げ出す可能性が高い。
魔王を逃がすために傲慢のルシファーが勇者の足止めをしようと残る可能性があるので、これを討てれば上出来というところだ。
むしろ、魔王と傲慢のルシファーの両方と出くわしてしまったら面倒なことになる。
「もし二体同時に現れたらどちらを撃てばいい?」
「魔王を優先してください。魔王がいなくなれば他の魔族の能力が低下すると考えられています。それに魔王の能力は不明な点が多く、勇者様が亡くなられたことを知られたら何をするか予想が付きません。」
「傲慢のルシファーの方はいいのか?」
「傲慢のルシファーも強い力を持つな魔族ですが、魔王を補佐する役割が主です。その能力は『最期の傲慢』と言って、致命傷を受けた後でもしばらく活動できるというものです。ルシファーはこの能力で死んでも魔王を守るという行動をします。魔王が先に倒れれば傲慢のルシファーの脅威は低下します。」
という話だった。
首尾よく魔王を倒せても、逆上した傲慢のルシファーに殺されそうで怖い。傲慢のルシファーも撃つことができたとしても、『最期の傲慢』で襲ってきそうだし。
爺さんからは対魔族用武器の試作品とやらをいくつか渡されたけど、役に立つのかは不明だ。
可能ならば気付かれないうちにこっそりと狙撃したい。
サリオス帝国軍はイエンス平原に到達した。
進軍の速度は遅い。
今回、サリオス帝国軍は四万の兵を動員している。これにホートリア王国軍が八千、トモーロスの戦士が二千人加わり、合計五万で魔王城を攻める予定だ。
人数が多い分、どうしても移動速度は遅くなる。
そもそも作戦が決まってからサリオス帝国軍が進軍を始めるまでに五日間かかっている。これでも驚異的な早さなのだそうだ。事前にある程度準備を進めていたから可能だったのだが、それでも軍の兵站部が悲鳴を上げていたそうだ。
勇者が健在ならばここまでの大軍は必要ない。勇者が魔族を倒すまで魔物を引き付けていれば十分だからだ。無理して魔物を全滅させなくても、魔族を倒せば魔物は統制を失って逃げ出す。
だから、勇者が動ける状態ならば、軍の規模を減らしてでも急ぐべきだった。上手く意表を突けば、逃げ出す暇を与えずに魔王を倒すことができる。
本来ならまだ色欲のアスモデウスや暴食のベルゼブブに苦戦している頃合いなのだから、急げば急ぐほど効果が高い。
訓練半ばで未熟だったり、負傷して弱体化しているならともかく、万全の状態の勇者が現れたら魔族は逃げ回って時間を稼ぐのだそうだ。だから魔族との戦争はどうしても長引くらしい。
今回、奇襲の効果を犠牲にしてまで大軍を用意したのは、もちろん勇者がいないからだ。
俺では確実に魔族を仕留められる保証はない。
もっとも、勇者がいても魔王はそのまま魔大陸に逃げるだろうから、仕留めそこなう可能性は高い。
その場合、勇者の足止め用に魔物を使い潰すつもりで残して行く恐れがある。そして、魔王を逃がす為ならば傲慢のルシファーが残って戦うこともあり得た。
たとえ傲慢のルシファーを倒せなくても、魔物だけでも確実に倒しきる。そのための軍勢だった。
サリオス帝国は今回動かせる限りの兵をこの作戦のために動員したそうだ。
もちろん、帝国の擁する兵はもっと多い。しかしその多くは防衛兵力なのだ。魔王城に向けて進む軍と入れ違いに魔族の率いる魔物がやって来てどこかの都市を攻める、その可能性がある以上守りを緩めることはできない。
それでも無理をして兵を集め送り込んだのは、それだけこの戦いを重視しているからだ。爺さんの語った最悪の予想は、どんな犠牲を払ってでも避けなければならないことらしい。
攻勢は勇者任せで防衛戦に徹することの多いホートリア王国軍やバッデン山脈を出ると真価を発揮できないトモーロスの戦士が参加しているのも、北方三国でその危機感を共有しているためだ。
実のところ、今回俺はおまけだった。
まずは魔族を追い払って、魔王城を調べる。魔王の目的を知ることが最優先だった。
次に魔物を撃退して無人の荒野が魔界と化すことを防ぐ。
その際に魔王を逃がすために単身出て来た傲慢のルシファーを、チャンスがあれば撃ち倒す。
成功すれば兵士の犠牲を減らせるし、残るは魔王のみになって後々楽になる。
魔物との戦いではお荷物でしかない俺が戦場に出るのは危険ではあるが、今後確実に魔族を狙えるチャンスがあるとは限らないのだ。魔族の居場所が特定できているというだけでもリスクを冒す価値はあった。
もちろん無理をするつもりはない。失敗しても生きて帰ればまたチャンスはあるだろうから。
そんなわけで、俺は今サリオス帝国軍に交じって馬車に揺られている。
多くの兵士は徒歩だが、俺にはそこまでの体力はない。訓練をして多少体力は付いたが、それでも理力が使える状態の兵士について行くことはできない。
戦闘が始まったら何が起こるか分からない。いざという時に疲れ果てて動けないという事態は避けなければならなかった。
因みに俺がサリオス帝国軍と行動を共にしている理由は、移動距離が一番短いからだ。
ホートリア王国の王都よりもサリオス帝国の帝都の方が戦場に近い場所に作られている。
トモーロスは論外だ。バッデン山脈を移動するルートをトモーロスの戦士について行ける者はサリオス帝国にもホートリア王国にもいない。たぶん勇者でも無理だろう。




