第二十九話 無人の荒野
しばらく平穏な日が過ぎた。
残る二体の魔族の行方は知れず。それは人間社会が魔族に襲われていないことを示していた。
しかし、その平穏は束の間だ。魔族は人知れず、着々と次の準備を進めているはずだった。
そして、事態は動いた。
サリオス帝国に再び主要なメンバーが集まり、会議が開かれた。
「斥候部隊が大陸北端、無人の荒野で魔族の活動を確認しました。」
魔族の動向を調べていた斥候部隊がついにその所在を発見した。その知らせを受けて急遽国際会議が開かれた。
「魔族そのものの姿は確認できませんでしたが、傲慢のルシファー配下の魔物の群れが周囲を固めていたので、まず間違いないと思われます。」
魔族の支配する魔物は、特に魔族側の作戦の中心となる本隊となる魔物の近くには必ずと言ってよいほど魔族がいるのだそうだ。
魔族と魔物の関係は一方通行で、魔族からの指示は離れていても魔物に届くが、魔物側から魔族に対して指示を仰ぐような真似はできないと考えられている。
つまり、全滅覚悟の特攻とか、陽動として適当に暴れればよい場合以外は、魔物の状況をある程度把握できるくらい近くに魔族がいるはずなのだそうだ。
だから配下の魔物が集まっているのならば傲慢のルシファーは近くにいる。そして腹心である傲慢のルシファーがいるのならば、魔王もきっとそこにいる。そう言うことらしい。
「そして、魔物の群れの向こう側には、城のような大きな建物が見えたとのことです。」
ざわり。
続く報告に場がざわついた。
「バカな! あの辺りに人は住まない。一時的に集落を作ったとしても、大きな建造物を作る余裕はないはずだ!」
「しかし、過去に魔族が拠点や建物を作ったという記録はありません。それに、魔族が拠点を築く意味がありません。本来ならば居場所のはっきりした魔族など、即座に勇者様が乗りこんで終わりです。」
「無人の荒野は五年前にも偵察を行っているが、その時は何の異常も発見されなかった。この短期間に誰にも気付かれずに城を建てることは人の手には不可能だ!」
「魔族にだって大きな建築物を建てる技術があるとは思えません。歴史的にも、魔族が小さな小屋の一つも作ったことはありません。」
一人の発言を皮切りに、意見が乱れ飛んだ。俺にはよく分からないが、よほどのあり得ないことだったらしい。
不毛な議論に終始するかに思えたが、司会進行役のサリオス帝国皇帝が皆をなだめる前に騒ぎは収まった。
「順に考えてみるかのぉ。」
ホートリア王国宮廷理術士マシュー・イングラム爺さんの一言で。
そう言えば、爺さんを見るのも久しぶりだ。今まで何をしていたのだろう?
「まず、人の手であの場所に大きな建物を作るのは無理じゃろう。多くの人手と資材が必要じゃが、それを魔族を警戒しておる北方三国に知られずに送り込むことは不可能じゃ。」
理路整然と語る爺さんに、とりあえず反論は出ない。
「一方の魔族じゃが、確かに過去に魔族が建物を建てた記録はない。それに魔族は八体だけで人手が足りぬ。じゃが、魔族に建物を建てられぬという確証もないのじゃよ。」
爺さんは淡々と続ける。
「魔族が建築物を作らなかったのは必要が無かったからじゃ。魔族に能力がないとは言い切れぬ。特に魔王の能力は未知の部分が多いのじゃ。今のところ、魔王の何らかの能力で建築した可能性が一番高いのじゃ。」
城を一つ建ててしまう能力って何だろう? 理術とか魔法とかの存在する世界だけに否定しきれない。
「次に、あの地に城を築いた理由じゃが、人の手によるものならば魔族や魔物から身を守るためじゃろうな。無人の荒野に居ついた者が籠城すれば魔族から身を守れると考えることはあり得ぬ話ではなかろう。」
魔族と直接対峙した経験からすると、城や砦に籠ってどうにかなる相手じゃないと容易に想像できる。けれども魔族のことをよく知らない人間ならば、守りを固めてやり過ごそうと考えても不思議はなかった。
「その城というのが人の手によるものならば問題ないじゃろう。その試みが成功しようが失敗しようが大勢に影響あるまい。じゃが、それが魔族の策略だとすれば放置するのは少々危険じゃな。」
魔族対策会議の本題から逸れたように見えて、しっかり本題に戻ってきた。
「魔族の目的として考えられるのは、まず勇者様対策じゃな。魔族や魔物には無敵の勇者様も、物理的な城壁の前には足を止めざるを得ないじゃろう。」
勇者は魔族や魔物に対しては絶対的な強さを見せるが、人外の身体能力や山を砕くような攻撃力を持つわけではない。
勇者の身体能力も訓練された兵士の中でトップクラスではあるがこの世界の人の範疇であり、場合によっては勇者よりも強い者も存在するという。まあ、俺から見ればこの世界の兵士は十分に超人なのだが。
だから勇者であっても人の手で殺すことは可能だし、物理的な壁を全て粉砕して突き進むような真似はできない。
魔物をけしかけてもたいした足止めにもならない勇者であっても、堅牢な城の中に潜む魔族を討つためには、門から入って通路を進み、魔族の居場所までたどり着かなければならない。足止め効果は大きいだろう。
ただ、その作戦を行うには魔族の側も城の中に籠る必要があり、攻撃に出られなくなる。そんな消極的な作戦を魔族が行うだろうか?
爺さんの説明を聞いた周りの人たちも半信半疑な様子だ。
「もう一つ、最悪の可能性が考えられるのじゃ。魔王めはカラトス大陸を魔大陸にしようとしているのかもしれない。」
正直俺には何のことか分からなかった。ただ、これまでおとなしく話を聞いていた人達が騒ぎ出したことでただならぬ事態だと察しただけだ。
「バカな!」
「そのようなこと、可能なのですか!?」
ざわつく面々を抑え、爺さんは話を続ける。
「ケラモス大陸が魔大陸と呼ばれるのは、強い魔力で覆われているからじゃ。魔力により人はろくに活動できず、数多くの魔物が徘徊する危険な場所となっておる。魔力で満たせばカラトス大陸も同じような魔境になるじゃろう。」
魔大陸という言葉は何度か聞いたが、予想以上にヤバそうなところらしい。この大陸が魔大陸とと同じようになってしまったら――
「魔力が満ちるにつれて人の住める場所は減り、やがて人類は滅びるしかなくなるじゃろう。」
地味だが、長期的に見ると効果的な方法らしい。
強い魔力はそれだけで体に悪いだけでなく、魔族と遭遇した時のように理術や理力による身体強化を使えなくしてしまうのだそうだ。その一方で魔物は魔力により強化され活発になる。
だから、魔族がやってくる場所と考えられている魔大陸に対して、ほとんど調査すら行われていないのだという。
魔大陸は人の立ち入れる場所ではないのだ。
カラトス大陸全土が魔大陸と化したら、人の住む場所が無くなってしまう。
「ケラモス大陸が魔力で溢れている原因は不明じゃ。じゃが、カラトス大陸でも同じことができるなら、魔族の目的に一致するじゃろう。魔大陸に近い無人の荒野を拠点にしたことも魔大陸を拡大するにはちょうどよい場所じゃ。」
魔族の攻撃は苛烈だが、勇者が倒すか寿命で死ぬまで耐えれば次の五百年後までは平和が訪れる。しかし、魔大陸の浸食は魔族がいなくなった後まで続くだろう。
結構な大事ではないだろうか。実際に人類の危機的状況になるのは何千年も先だとしても。
「無人の荒野が魔大陸に呑まれるのはまずいな。魔族に対する偵察がさらに難しくなるし、野良の魔物の被害も増えるだろう。」
「魔族も勇者様から逃れやすくなりますね。魔大陸まで逃げられたら勇者様でも追撃は困難になりますから。五百年後の戦いがさらに厳しくなります。」
爺さんの話に説得力があったのか、皆真剣に考えている。たとえ可能性でも無視できない影響が考えられるのだろう。
「しかし、本当にカラトス大陸を魔大陸にすることなどできるのだろうか?」
素朴な疑問だが、その答えは爺さんにも分からないものだ。
「トモーロスの伝承では、魔物の棲み付いた地に魔力溜まりができたそうだ。魔物を駆除するまで魔力が増え続けて苦労したらしい。」
代わりに答えたのが、トモーロスのゴルカ氏だった。
「確かに魔大陸に帰らなかった魔物が棲み付いた場所には、魔物の出す魔力が漂うが……」
「伝承にあった場所は窪地だった。魔力が籠りやすかったのだろう。」
「なるほど、魔物の発する魔力も集まれば強くなるのじゃな。……無人の荒野に数多くの強い魔物を長期間留めておけば魔力も強まるじゃろう。その魔力に誘われて魔大陸から魔物がやってくれば……」
「魔力が魔物を呼び、集まった魔物がさらに魔力を強める……」
「そんな!」
爺さんの考える最悪のシナリオがさらに現実味を帯びてきた。
「そう簡単に起こることではないじゃろうが、魔物を呼び寄せたり、魔物以上に魔力を発する仕組みでもあれば魔力が強まるのも早くなるかもしれぬな。」
魔族の真意がどうあれ、可能性があるだけで無視できないことだった。
「無人の荒野に魔族が長期間留まったことは過去なかったはずだ。たとえ魔族にその意図はなくとも、カラトス大陸が魔大陸と化す恐れがあるならば放置はできない。」
サリオス帝国皇帝の言葉に、他の者も頷く。
「魔王の居場所が分かっている以上、こちらから攻める。そして魔王を討つ!」
方針は決まった。




