第二十四話 戦闘再開
「色欲のアスモデウス配下の魔物を確認しました。近日中に交戦に入ると思われます!」
「サリオス帝国からの連絡です! 暴食のベルゼブブ配下の魔物が現れました!」
続々と情報が入ってきた。ついに魔族が動き出したのだ。
「魔族が再び攻めて来ました。我が国には色欲のアスモデウスが、サリオス帝国には暴食のベルゼブブが向かっていると思われます。」
すぐさま会議が行われた。
と言っても、魔族の動きに合わせて様々なパターンで対応は検討済みだった。
この会議は現状に合わせてどの作戦で動くか、その方針を共有するための場だった。
「傲慢のルシファーと魔王の動向は不明です。既にどこかの国を攻めるために動いているのか、それともギリギリまで魔物を増やし準備に専念しているのか……。情報が入るまでこちらは考えないことにいたします。」
時期的に早すぎる出撃を行った勇者が負傷したとみて、魔族側も予定を切り上げて色欲のアスモデウスと暴食のベルゼブブが出てきたのではないかと推測されていた。
残る傲慢のルシファーと魔王は予定通りに準備を続け、しばらく出てこない可能性もあったが油断はできなかった。
「マサト様には、まずは色欲のアスモデウスの方から対処していただきたいと思います。」
姫様が会議を進めているのは、俺が魔族を倒すための極秘の作戦の会議だからだ。王様は軍全体の行動を決める表向きの軍議の方に出席しているのだそうだ。
「サリオス帝国の方はいいのか?」
俺も概要は聞いていたが、念のために確認する。
「はい。暴食のベルゼブブも強敵ですが、色欲のアスモデウスも放置するとそれ以上に厄介です。サリオス帝国とも合意が取れています。」
他に特に異論は出なかったので、予定通り色欲のアスモデウスを倒した後に暴食のベルゼブブと戦うことになった。
「くれぐれもお気を付けください。色欲のアスモデウスは、魔族の中でも勇者様を殺す可能性があると云われています。」
◇◇◇
ホートリア王国の北部、人の住まぬ平原のさらに北に、魔物の大群が現れた。
魔物がホートリア王国の防衛線――前回憤怒のサタン率いるドラゴンと戦った辺り――の手前で一度止まったのは、おそらく憤怒のサタンが近くにいないか確認していたのだろう。
古来より、魔族は同じ戦場に複数の七魔将を送り込むことはほとんどなかった。
理由は色々と考えられたが、まず第一に複数の魔族がまとまっている所に勇者が乗り込めば、まとめて討たれる可能性が高いという点が挙げられる。
戦闘訓練を終え、聖剣の力を完全に使いこなして戦う勇者には魔族が束になっても敵わないのだ。
そしてもう一つ。魔族の究極の目的が人類の根絶であり、そのために魔族の戦略は土地を支配することでも味方の損耗を抑えることでもなく、一人でも多くの人間を殺すことにあるという点が挙げられる。
だから魔族は一つの戦場で圧倒な戦力で敵を退けるよりも、多くの戦場で泥沼の戦いを行い、魔物を使い潰しながら数多くの戦死者を出すことを望んでいた。
さらに言えば、種類の異なる複数の魔物が連携を取って戦うことは非常に困難であるという事情もあった。
いずれにしても、憤怒のサタンがまだこの近辺で戦っているようならば、互いの戦場が重ならないように攻める場所を調整するつもりだったのだろう。
しかし、憤怒のサタンはもういない。
そのことを確認した色欲のアスモデウスは、ホートリア王国に向けてそのまま真直ぐに魔物の軍を進めた。
この先の戦いは激しいものになるだろう。
強欲のマモンが戦力増強のために武器を集めていた戦いとは違う。
憤怒のサタンがマモンからの武器を待ちながら未熟な勇者が現れるのを待っていた様子見の戦いとも違う。
勇者が現れる前に一人でも多くの人間を殺そうとする総攻撃が始まることだろう。
◇◇◇
魔物の大群が押し寄せて来る。
ホートリア王国の兵士は、それを見ながらじっと待つ。
恐ろしくないはずはないだろう。
しかし、この日のために念入りに作戦を立て、魔物を迎え撃つために最適の陣を敷いているのだ。
この場にいる兵の多くは、憤怒のサタン率いるドラゴン軍団との戦いを生き抜いた強者達である。士気も高ければ、動揺もしていなかった。
迫り来る魔物をじっと待つ。
そして、魔物の群れの先端があらかじめ決めた距離まで近付いた時、ホートリア王国軍は動き出した。
「攻撃、始め!」
指揮官の号令に合わせて、弓兵が一斉に矢を射かけた。同時に理術兵が攻撃術を放つ。
戦いは、なるべく遠距離から敵を仕留めた方が安全で有利になる。それはこの世界でも、そして魔物相手でも変わらない。
敵の攻撃の間合いの外から一方的に殲滅できればそれが理想だ。
しかし、相手は魔族に率いられた魔物だ。一筋縄ではいかない。
魔族に支配された魔物は、恐れを知らない。
どれほど仲間が死んだとしても、その屍を乗り越えて進んで来る。
それは異様な光景だった。
色欲のアスモデウスが率いる魔物はサキュバスだった。
サキュバスは人型の魔物である。同じ人型でも小さくて醜いゴブリンや人型の上半身も化け物じみていたマーメイドと異なり、人間に近い姿をしている。
外見だけならば人間の女性、しかも美女である。
煽情的な衣装に身を包み、蠱惑的な笑顔を浮かべる美女。絵画か彫像だったらさぞや芸術的な作品になっただろう。
しかしその美女が実際に動き回り、群れを成して襲ってくるとなると印象は変わる。
それは不気味な光景だった。
色欲のアスモデウスが引き連れてきたサキュバスはざっと見て数千体。下手をすれば万に及ぶ数がいた。
その全てが同じ姿、同じ顔、同じ表情なのである。衣服に見える部分もサキュバスの身体の一部らしく、見た目上の個性というものがほとんどなかった。
そしてその表情。男を惑わす蠱惑的な笑みであることは間違いない。
だが、その笑顔は貼り付いたように動かない。たとえ攻撃を食らって手足がもげようとも、そのまま息絶えようとも、その表情が変わることはなかった。
その笑顔にはいかなる感情も映してはいなかった。笑顔に見える無表情なのである。
どれほど人間に似ていようとも、サキュバスは魔物なのだ。
むしろ、人間に似た姿をしている分、非人間的な部分が目立つ。それが一層不気味さを際立たせていた。
やがて、矢と理術による激しい遠距離攻撃を掻い潜ったサキュバス達が近付いてきた。
ここまで近付かれると遠距離攻撃ではかえって不利になる。
後衛の弓兵や理術兵を守るため、剣と盾を持った兵士が前に出る。
戦いはここからが本番だった。




