第二十二話 一方そのころ
攻撃を仕掛けてきた魔族を一通り倒し、人類につかの間の平和が訪れた。
予想外の被害を受けたラムザス連邦に復旧に追われていた。初期に多くの民間人の犠牲を出し、海運も止まって港がパンクした港町の機能を回復するのは容易ではない。それでも最前線の北方三国に物資を送らなければ次はもっと大きな被害が出るだろう。
ラムザス連邦の援軍に赴いていたサリオス帝国軍も既に帰還している。数多くのマーメイドを倒しての凱旋だったが、いつまでも勝利に酔いしれているわけにはいかない。サリオス帝国では、強欲のマモンとの戦いで損耗した兵の補充も含めて、次の戦いに備えて軍の再編を行っていた。
怠惰のベルフェゴールとは戦いらしい戦いを行わなかったトモーロスも次の戦いに向けて準備を始めていた。魔族との戦いも後半戦、トモーロスの戦士も他国を助け、魔族を追い詰めるために打って出ることを視野に入れている。
最初に憤怒のサタンが倒されたホートリア王国は、その後の戦いでも少数精鋭を送り込んだだけなので、既に軍の再編成は済んでいた。その代わりに、この先の魔族の行動を予測して、正人による魔族の狙撃を安全確実に行う作戦を立てるという無理難題に必死になって取り組んでいた。
しかし、本来ならばホートリア王国で作戦立案に協力しているはずの人物が一人、未だに帰国していなかった。
宮廷理術士マシュー・イングラムである。
本来軍人ではないイングラム老は軍の作戦立案に参加する義務はない。しかし、異世界の武器――銃について直接調べ、魔族に関しても見識の深いイングラム老は、アドバイザーとして役割が期待されていた。
その本国での仕事をさぼって、イングラム老が何処で何をしているのか?
「うーむ、銃身に理力が残っておると、発射した弾にも理力が宿るようじゃの。製造段階から理力を使用しないようにするしかないかのぉ。」
サリオス帝国の兵器開発部で、対魔族用の兵器開発に勤しんでいた。
イングラム老の趣味であることは明白で、次の魔族討伐の作戦の方が近々の課題ではあるが、「上手くいけば今回の戦いの終結までに試作品くらいは持ち込めるじゃろう。」などと言われれば無下に止めることもできなかった。
正人頼りの綱渡りの作戦は何時失敗するか分からないのだ。少しでも可能性があるならば挑戦しないわけにはいかなかった。
「しかし、理力炉を使わなければ、鉛はともかく鉄は溶かせんぞ。理力を使わずに鉄を溶かせるだけの鉄溶鉱炉を作るとなると、かなりの試行錯誤が必要になる。」
そして、いつの間にか開発メンバーが増えていた。ルーシェン王国から呼び寄せた鍛冶師である。
多くの鉱山を持ち、優秀な鉄鋼やその他金属を産出するルーシェン王国は、同時にそれらの金属を加工する優秀な鍛冶師を多く抱える鉄鋼の国である。
サリオス帝国の開発した優秀な武具にもルーシェン王国産の鋼や理力を含む金属が多く使用され、また鍛冶師との技術交流も行われていた。
今回、対魔族用の理力を用いない武器を作るにあたり、素材から理力を排除する必要に迫られて急遽ルーシェン王国の鍛冶師が呼ばれたのであった。
「じゃが、出来上がってから理力を抜くのはさらに困難じゃし、できたとしても材質が劣化しかねんからのぅ。」
しかし、開発は最初から躓いていた。この世界では、理力を含んだ金属製品は当たり前のように普及しており、優秀な製品ほど理力を利用して性能を上げていた。
望んだ理術的効果を得るために含有理力を調整することはあっても、理力を一切含まない製品を意図的に作ることは行われていなかった。
「理力を使わずに木炭だけの火力では、銑鉄がせいぜいだ。脆すぎて武器には使えねぇ。」
製鉄は、まず鉄鉱石に含まれる酸化鉄をコークスや木炭に含まれる炭素を使って還元し、鉄を取り出す。この時できる鉄を銑鉄と呼ぶ。銑鉄は炭素を多く含み、硬い代わりに脆く、衝撃を与えるとすぐに割れてしまう。こんなものを銃身に使った場合、発射の衝撃で壊れてしまいかねなかった。
溶かした銑鉄に空気を送り込み、酸素と反応させることで炭素濃度を下げ、またその他の不純物を取り除く。このようなプロセスを経て靭性や可塑性を持たせた鋼――鋼鉄が出来上がる。
「難しいものじゃのぉ。……そう言えば、マサト殿は昔は鉄を叩いて鍛えたと言っておったのぉ。」
「鍛造か! 理力炉が作られる前は主流だったらしい。それならば理力を持たない鋼を作れるかもしれない!」
鍛造とは金属を叩いて加工する技術のことである。叩くことで金属の結晶を微細化し、結晶の方向を整えることで強度を高めるほか、鉄から炭素を排出して炭素の含有量を調整することができる。
日本刀の製法でもあり、優れた技術と思っている人も多いだろうが、それ以外にも鍛造で作る理由がある。
昔は鋼鉄や純鉄を溶かす高熱を作ることができなかったのだ。
炭素含有量の多い銑鉄は融点が千二百度程度なのに対して、炭素含有量の少ない鋼鉄は千五百度くらいまで熱しなければ溶かすことができない。
木炭の燃焼温度は千度程度、そこにふいごで空気を送り込むことで得られる温度が頑張って千三百度程度。銑鉄ならば溶かせても、鋼になると溶かすには温度が足りない。
つまり、鋼を溶かして鋳型に流し込む鋳造はそもそも不可能だったのだ。
熱して柔らかくした鋼を叩いて形成する鍛造で加工する以外方法はなかったのが現実だった。
ちなみに、日本刀は複数の鋼を組み合わせて作られている。四方詰鍛えの場合、心金を中心に刃の部分の刃金、両側面の側金、刀の峰の部分の棟金と言った少しずつ性質の違う鋼を張り合わせて作られている。
しかし、鋼を溶かすほどの温度が出せない以上、複数の鋼を溶接することはできない。そこで熱して柔らかくなった鋼同士を叩いて密着させ、接合するということを行っている。
かなり高度な技術を駆使していることは間違いない。
正人はそのような細かいことを語ったわけではなく、戦国時代の鉄砲は刀鍛冶が作っていたという話を思い出して話題にしただけである。それが意外な形で突破口になりそうだった。
「古い鍛造の技術に詳しそうなやつならば心当たりがある。ちょいと声をかけてみるか。」
この世界では、定期的に発生する魔族との戦いのために、武具に特化して金属加工の技術が進んでいた。
しかし、理術という便利な技術が存在したために、地球の場合とはずいぶんとかけ離れた方向に技術が進んでいたのだ。
理術や理力が使えないということは、地球で言えば電気や石油を禁じられるようなものだろうか。
彼らは一度、理術を使う以前の古い技術に立ち戻ることに決めた。
後日、ルーシェン王国から新たな鍛冶師が呼ばれ、銃の開発に参加することになる。
職人気質の彼らは、ある意味イングラム老と同類なのだろう。新しい概念の武器開発に精力的に取り組んだ。サリオス帝国の予算を盛大に使って。
彼らを止めることのできる者はいなかった。




