第二十一話 勇者を殺した男
ホートリア王国の王城の奥には特別な牢屋がある。
牢屋と言っても内装は豪華で、居間と寝室があり、トイレと浴室まで付いている。
自由に外に出られないことと窓が無いこと以外は、ホテルのスイートルームだと言われても信じてしまうだろう。
ここは王族や貴族の犯罪者を軟禁するための牢だった。
場合によっては事件や謀略に巻き込まれた高貴な身分の者を保護するために使用されることもあるという。
今この牢屋には一人の男が収監されていた。
男は他国の貴族の子息である。この部屋に入る資格があった。
そして男の罪は人類史上最悪のもの。とてもではないが、他の場所に拘留することはできなかった。
男の名はマックス・フォン・フォーテン。サリオス帝国の貴族、フォーテン男爵家の子息。
勇者を殺した大罪人である。
「マックス・フォン・フォーテン。……元気そうだな。」
ホートリア王国国王、エドモンド・ホートリアはやや呆れた声で言った。
それも無理からぬことだろう。
男は部屋の中でトレーニングをしていたのだ。
それなりに広いとはいえそこは牢獄の中、運動をするような場所ではない。
激しい運動にはいささか狭い室内で、男は黙々と身体を鍛えていた。
仮にも罪人である、武具の類は取り上げられていた。生活に必要な物は全て揃えてあるとはいえ、室内に運動器具はない。
それでも限られた環境で鍛錬を続ける男には何か執念のようなものを感じさせた。
「これはこれは、国王陛下御自らこのような場所へ何か御用ですか?」
一応丁寧な言葉を使ってはいるが、トレーニングを続けたままでは台無しである。
今行っているのは、スクワットだった。負荷をかけるための重しにしているのか、頭に水の入った花瓶を乗せているのがシュールだった。
「それと、どうせもう俺はフォーテン男爵家から絶縁されたんだろう? 俺はただのマックスだ。」
もはや自分は貴族でも何でもないとでもいうのか、言葉遣いも粗暴になった。
一段落したのか、頭の上の花瓶をテーブルの上において、男――マックスは国王に向き合った。
その手には手枷がはめられていた。
マサト小隊に配られたものと同じ手枷だが、腕から外せなくするための金具と錠が付けられていた。鎖は繋がれていないものの、これが罪人に対する本来の使い方である。
「それで、何の用だ。オレの処刑でも決まったか?」
自分の命なのに他人事のようにマッスクは言う。
「それはない。既に魔族との戦い始まっているのだ。罪人の一人に関わっている暇はない。特にお前の罪は面倒過ぎる。」
本当に面倒そうに国王は言う。勇者殺しの罪は一国の法律で裁くには罪が重すぎるのだ。
ホートリア王国が自国内の犯罪だから自国の法で裁くという当たり前のことをすれば、諸外国との軋轢を生みかねない。
勇者の死を隠蔽している今のうちに秘密裏に処刑してしまうという方法も、いずれは勇者の死を公表せざるを得ないことを考えれば、闇に葬ることは不可能だ。
本当に面倒臭い咎人であった。
「それで、代わりの勇者は現れたのか?」
自分で殺してしまったというのに、多少は罪の意識があるのか? あるいは人類の存亡が気になるのか?
国王にはマックスの心の内を推し量ることができなかった。
勇者を殺害した後、マックスは特に抵抗することもなくあっさりと捕まった。
しかし、なぜ凶行に及んだのか? その動機については誰にも何も話すことはなかった。
「いいや。やはり勇者は五百年に一人だけらしい。」
「そうか。」
やはり感情のこもらない声で答えるマックス。
彼は勇者の最有力候補の一人だった。幼少の頃より厳しい鍛錬を積んできたのだという。
ところが勇者に選ばれたのは、武芸に縁も所縁もなかった農夫の青年だった。そのことに納得がいかず、嫉妬に狂って凶行に及んだ。周囲はそう解釈した。
しかし本人は黙して語らず、真相は不明だ。
国王から見ても、それほど勇者に執着しているようにも見えなかった。
「だが、既に魔族の半数を倒したぞ!」
「なんだって!!」
国王の爆弾発言にさしものマックスも驚愕を隠せない。国王が現れてから初めて感情をあらわにした。
待遇は悪くはないと言ってもそこは囚人、魔族との戦いの情報は伝えられてはいなかったのだ。
「むろん簡単なことではなかったぞ。危ない局面もあったし、今後も残りの魔族を倒せる保証はない。しかし、史上稀に見る大戦果であろう。」
自分が倒したわけでもないのにどや顔で言う国王。
まあ、ホートリア王国の兵士も作戦には参加しているし、フローラ王女をはじめとして国の多くの者が協力している。国のトップとしてその功績を誇る資格はあった。
少々大人げないが。
「マックス、お前の罪はどれほど功績をあげても極刑を免れぬものだ。」
国王がやや真剣な顔になって言う。ここからが本題だ。ただ雑談に興じるために罪人の元を訪れるほど一国の王は暇ではない。
「それを承知の上で、人類のために魔族と戦う気はあるか?」
国王の提案は過酷なものだ。死刑を免れない罪人が送り込まれる戦場は、生還の見込みの薄い危険極まりないところだろう。死兵になれと言っているようなものだ。
そして無事生還したとしても、罪が赦されるわけではない。
勇者を殺した罪は、勇者に代わって全ての魔族を倒すくらいのことをしなければ相殺しきれないだろう。
いずれにしても死ぬしかない命をさらにこき使おうとする国王の提案は、
「いいだろう、詳ししく聞かせてくれ。」
当人によってあっさりと受け入れられた。
◇◇◇
理力を封じた訓練も、数日続けて筋肉痛が治まったころには皆だいぶ慣れてきた。一日中手枷を着けたままだったのが功を奏してたらしい。
ペース配分を覚えたようで、走り込みだけで疲労困憊ということは無くなった。その分速度は落ちているので、俺でも何とかついて行くことができている。
やはり普段から鍛えている分、理力抜きでも地力は俺よりも高いのだろう。
剣術になると技量の差で俺はもう太刀打ちできない。本当に練習かと思うほどの勢いで振られる剣で打ち合う訓練に参加したら、一撃で剣を弾き飛ばされてしまうだろう。
俺はまず基礎からということで、素振りと簡単な型、それから手加減して打ち込まれる剣を受ける練習を中心に行っている。
俺の場合、敵をガンガン倒すのではなく、魔物の攻撃を咄嗟に防ぐことが主眼だ。
俺から見たらだいぶ形になってきたと思うのだが、まだ弱体化した状態で訓練ができるようになっただけで、魔物と戦うにはまだまだ不安があるそうだ。
弱体化した状態でいかに戦うかの検討も始まっているらしい。
そんなある日、ポール隊長が新たな仲間を連れてきた。
「今日からこいつも一緒に訓練することになった。」
「マックスだ。よろしく頼む!」
無表情なポール隊長が連れてきたマックスという男に、他の隊員は困惑気味だ。
マックスの両手には手枷が付けられていた。それはマサト小隊の皆が付けているものと同じ、ただし錠がかけられて外せないようになっていた。
この男は罪人だ。
それでも上からの命令は絶対なのが軍というもだ。何か事情があるのだろうと察しながらも、何も言わずに受け入れる。
というか、意味なくもめている暇はない。何時次なる魔族の侵攻が始まるか分からないのだから。
それに、マックスは優秀だった。
手枷を付けられた状態で、我流で鍛錬を積んでいたのだそうだ。初日から軍の訓練についてきていた。
走り込みではややペースをつかみかねて息を切らしていたが、剣技では精鋭部隊であるマサト小隊の面々と互角以上。
魔族との戦いにおいて、頼もしい戦力だった。
人類側の主要人物はこれで全員出そろいました。




