第十七話 残弾六発
どうにか今回も一発で魔族を倒すことができた。
今回も運が良かったのだろう。嫉妬のレヴィアタンが現れた位置が悪ければ、作戦が終わって生き残ったマーメイドと嫉妬のレヴィアタンが引き上げるまで船内に隠れ続けることもあり得た。
もしも嫉妬のレヴィアタンに見つからずに近付けそうになければ作戦は中止して隠れ続ける予定だったのだ。
ここまで積極的に戦いに参加していない嫉妬のレヴィアタンだが、目の前に弱そうな人間が単独でいたら見逃す理由はないし、油断して不用意に近付いてくるとも限らない。マーメイドの一団を呼び戻すだけで俺は窮地に陥る。
それ以前にマーメイドに見つかる危険もあったし、ベルムの港でも海に落ちたら死んでいた。
諸々の危機を乗り越えて、生き延びたばかりか魔族も倒すことができた。本当に運がいい。
俺は懐からATI オートマグIIIを取り出した。
銃把から弾倉を引き抜く。
弾倉から弾丸を取り出して机の上に並べる。全部で五個。
続けて薬室の弾丸も抜き取って机に並べる。
全部で六個。
それからたいして汚れてもいない拳銃を布で丁寧に拭いて行く。
手入れが終わったら、弾を入れないまま簡単に動作チェック。
撃鉄を引き起こし、遊底を引き、引金に指をかける。
――カチン。
よし問題なし。
安全装置をかけて一旦机の上に置く。
次に、銃弾を一個ずつ弾倉に詰め込んで行く。
一、二、三、四、五、六。
残り六発。
銃弾を詰め終わった弾倉を銃把に収める。
魔族は後五体。
綱渡りの勝利だが、今のところ順調だ。
俺はオートマグIIIをホルスターに納めた。
◇◇◇
俺達は一旦サリオス帝国に戻った。
援軍として派遣されたサリオス帝国軍はラムザス連邦の人々と共に祝杯をあげているが、彼らは転移門で帰るわけにはいかないので一日二日遅れても大差ない。
そのラムザス連邦も途切れた物流や被害を受けた漁村などの立て直しで大変なのだそうだ。ある意味死人が出ることを前提としている軍隊と異なり、主要な働き手を失った民間の商家や漁師の中にはそのままでは廃業に追い込まれるものも大勢出るらしい。モレノ評議長が頭を抱えていた。
さて、転移門で移動した俺達は、どちらかといえばホートリア王国の人間の方が多かったのだが、あえてサリオス帝国に向かったのには理由がある。
もちろん、ホートリア王国にも転移門は設置されている。
サリオス帝国に移動した理由はただ一つ。
「それでは、怠惰のベルフェゴール対策会議を再開する。」
俺達には倒すべき敵がまだ残っている。
「怠惰のベルフェゴールは変わらず同じ場所に陣取っている。魔物も周囲をうろつくばかりで攻撃する気配もない。」
俺達がラムザス連邦に行っている間、全く状況に変化はなかった。トモーロスは目を離すことなく監視を続けていたということだから間違いないだろう。
被害が無いのは良いが、こちらから仕掛ける隙も無いのが痛い。
「通常ならば、早ければもうじき勇者様の訓練が一段落する頃合いです。魔族もその前に何らかの動きを見せると思うのですが。」
姫様によると、勇者の訓練というのは純粋な戦闘訓練と、聖剣を使いこなすための訓練の二種類があるのだそうだ。
このうち戦闘訓練の方は勇者になる前から経験があればある程度省略できるが、聖剣の能力を引き出し戦闘に応用する訓練は必ず必要になる。
つまり、元々戦闘経験のある者が勇者になった場合に聖剣で戦えるようになる時期がもうそろそろということらしい。
今回勇者になったクリストファー氏は農家の出だったそうで、存命だとしても訓練が終わるまでもう一月くらいかかるはずだったそうだ。
しかし、魔族からすればそんな事情は知らないから、勇者が現れる最も早い時期を考えて何らかの行動を起こすと考えられた。
例えば、強欲のマモンが全ゴブリンを率いての総攻撃を行うとすれば、今頃の時期を考えていただろう。
「怠惰のベルフェゴール自身は何もしていない。強欲のマモンからの連絡を待っているのではないか。」
怠惰のベルフェゴールが居座っている場所はトモーロスの砦の目と鼻の先だそうで、何かおかしな動きをすれば見過ごすことはないと豪語していた。
「怠惰のベルフェゴールもいずれマモンとサタンが討伐されたことを知るでしょうが、そうなると次の動きが予想できませんね。ベルフェゴールの能力は軍には相性が悪いですから、なるべく正面からやり合いたくありませんが。」
ローデ少尉が少々弱気の発言をする。
「ベルフェゴールの能力?」
魔族には特殊な能力があると言っていたっけ。
「魔族の持つ理術や理力による身体強化を無効化する能力、怠惰のベルフェゴールはその有効範囲を大きく広げることができると言われています。」
ローデ少尉の説明に、俺は強欲のマモンとの戦いを思い出していた。
マモンが近付いてきただけで目に見えて兵士の力が落ちて行った。その状態での戦闘経験のある囮部隊の面々はまだ何とか戦えていたけれど、マサト小隊の方はかなり危なかった。
あれがさらに広い範囲で起こるとなると……確かに軍としては戦い難い相手だろう。
「怠惰のベルフェゴールの能力『怠惰の領域』の効果範囲は、魔族のそこにいるだけで発揮される理力阻害能力の五倍程度の距離に及ぶという。平地で戦う多くの兵が影響を受けてしまう。むしろトモーロスの方が有利に戦えるだろう。」
ヴェルナー元帥もサリオス帝国軍の不利を認めるようなことを言う。
確か魔族から三十メートルで影響が出始めて、九メートルで完全に身体強化の効果が無くなるというから、その五倍というと……。
身体強化が全く使えなくなる範囲が半径四十五メートル、影響の出る範囲は半径百五十メートル、直径にして三百メートルか。下手すると一つの戦場全体に影響が及ぶだろう。
「うむ、トモーロスはバッデン山脈の広い範囲に散らばって戦う。バッデン山脈に乗り込んでくるようなら、いくらでも不意打ちのできる場所に誘い込めるだろう。」
一方、ゴルカ氏は自信がありそうだ。
ただし、その自信は魔族がバッデン山脈に乗り込んでくることが前提だ。
魔族だってバッデン山脈でトモーロスを相手にすることの厄介さは知っている。だから怠惰のベルフェゴールはトモーロスを牽制するだけで攻め込まないのだ。
その後議論は如何にして魔族をバッデン山脈に誘い込むかという話題になったが、そう簡単には妙案は出てこない。
魔族がトモーロス攻略を始めるのは、サリオス帝国の防衛戦が大きく下がってトモーロスが孤立してからだと考えられていた。
サリオス帝国があえて軍を後退して魔族を誘う作戦まで検討されたが、損害が大きくなりすぎ、またどこまで後退すれば魔族がトモーロスを攻めるのか見当がつかなかったこともあって見送られた。
再び行き詰まる作戦会議だったが、ゴルカ氏の発言により流れが変わった。
「魔族を倒した武器は飛び道具だと聞いているが、十五ガルス先の敵に届くか?」




