第十三話 怠惰か嫉妬か
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「港湾都市デルトを襲ったのは嫉妬のレヴィアタンとその配下の魔物、マーメイドの集団です。」
ラムザス連邦からの情報が追加で入って来る。
「一度は魔物を退けたものの、翌日に再度襲来、この際に嫉妬のレヴィアタンを確認したようです。今後も襲撃を受ける恐れがあり、救援を請うとのことです。」
確かラムザス連邦と言うのは、サリオス帝国よりも南にある国で、ホートリア王国、サリオス帝国、トモーロスの三国が魔族に対する防波堤になって守られている国の一つだと聞いた。
最前線で戦っている三国を素通りして、その奥の国まで攻め込んだのだろうか?
「嫉妬のレヴィアタンとその配下のマーメイドは水中戦を得意とする海の魔物です。大陸の西側の海洋を通って直接ラムザス連邦まで行ったのでしょう。」
俺が分からないでいると、姫様が説明してくれた。たぶんこの世界では常識なのだろう。
「過去の記録では東側のホートリア王国かサリオス帝国の軍港が狙われることが多かったようじゃの。こちらの戦力を分散攪乱する面倒な敵だったようじゃ。」
爺さんも補足する。確かに厄介そうな敵だった。
「しかし、少々まずいな。マーメイドは陸では動きが鈍いから軍を出せば撃退はできる。だが海に入られたら我々では手が出せない。軍艦だろうと船底に穴を開けられて沈められてしまう。」
元帥の表情も暗い。
「そんな面倒そうな相手、今までの勇者はどうやって倒したんだ?」
俺の疑問はもっともだと思う。
「上陸してくるマーメイドを軍が抑えている間に、嫉妬のレヴィアタンを勇者様が倒すのが定番じゃったの。」
「我がサリオス帝国には勇者様専用の鋼鉄製の船がある。勇者様ならばたとえ海上でも魔族に後れを取ることはないからな。」
やっぱり無茶苦茶チートだな、勇者。
「しかし勇者様のいない今、上陸するマーメイドを撃退できても海上で船への攻撃に専念されると我々に打つ手がない。可能性があるとすれば、勇者様はまだ出てこないと油断して上陸してくる嫉妬のレヴィアタンを直接叩くことくらいだが……」
「怠惰のベルフェゴールに大きな動きが無い今、我らトモーロスは後回しにしてよい。補給が断たれることの方が問題だ、デルトの魔族を先に倒して欲しい。」
トモーロスとしては本格的な交戦前に補給路を確保したいようだった。
「いずれにしても、ラムザス連邦を見捨てることはできぬ。ヴェルナー、急ぎデルトに援軍を送れ! 同時に魔族の動向を調べて、嫉妬のレヴィアタンを討つ作戦を立てよ!」
「ハッ! 直ちに!」
皇帝の決断で、サリオス帝国の方針は決まった。
しかし俺達の行動は保留だ。安全確実な作戦が立てられるまでは怠惰のベルフェゴールにも嫉妬のレヴィアタンにも手が出せない。
嫉妬のレヴィアタンは情報待ちだな。できたら勇者はまだ現れないと油断しているうちに倒しておきたい。海に隠れ潜んでいる魔族を撃つのは至難の業だろう。
◇◇◇
「以前にも申しましたが、マサト様がこれ以上魔族を倒す必要はありません。危ないと思ったら無理をせずにおっしゃってください。武器さえお借りできれば後はこちらでどうにかします。」
相変わらず優しい姫様が、改めてそんなことを言い出した。
強欲のマモンとの戦いでピンチになったり、次の魔族に対する作戦立案で難航していることから心配になったのだろうか。
「しかし、それで失敗したら人類終わるんだろう?」
俺が戦う理由は一貫している。拳銃を俺以上に使える者はこの世界にはいないし、自分の運命を他人任せにするつもりはない。
「いえ、全ての魔族を倒せなかったとしても人類が滅びることはありません。」
おや、絶対に倒せない相手に一方的に攻撃されるのだから人類滅亡一直線かと思ったのだが、違うのか?
「魔族は勇者様以外には倒せませんが、不死と言うわけではありません。魔族にも寿命があります。」
「そう言えば、勇者様から逃げおおせた魔王の話がありましたな。勇者様が天寿を全うするまで魔大陸から出てこず、やがて魔物の襲撃も無くなって魔王も寿命で死んだのだと考えられておるのじゃ。」
魔王も寿命で死ぬのか。それも人間に比べて極端に長寿と言うこともなさそうだ。
まあ、魔族の寿命がニ、三百年以上あったら、百年ばかり魔大陸の奥の方で準備をして、勇者の寿命が尽きたころに総攻撃をかけるのが一番確実な手段になってしまう。
「たとえ勇者様が現れなくても、通常戦力で抵抗を続ければ、魔族の寿命が尽きる前に人類を根絶やしにすることは不可能と考えられています。」
「直接戦っている北方三国は壊滅し、五百年後にも勇者が現れなければカラトス大陸から人類はいなくなると考えられておるのじゃがな。」
爺さんの補足は、たぶん姫様がわざと話さなかったことだろう。
「魔族の最大の弱点は数が少ないことです。」
姫様は続ける。
「憤怒のサタンを倒した時点で魔族の総戦力の八分の一が失われました。これだけでも人類の存続は確かなものになったのです。」
魔物はいくら倒しても時間稼ぎにしかならないが、魔族を倒せば敵の総戦力が一気に下がるわけか。
二体目の強欲のマモンを倒した今、魔族の総戦力の四分の一を削ったことになる。人類はどれだけ生き延びられるようになっただろうか?
「マサト様は既に人類を救った英雄なのです。しかし、一方では兵士とともに魔物と戦うことのできない、守られるべき者です。大恩ある、守るべき者をいつまでも危険にさらしているわけにはまいりません。」
予想外に力強く言い切られた。
もしかすると、姫様の発言は単なる優しさではなくて、矜持なのかもしれない。民を守る王族としての、そしてこの世界で生きるものとしての。
だが、俺も決めたのだ。戦うと。
「憤怒のサタンと対峙した時に思った。人を殺すことしか考えていないこいつとは話が通じない。強欲のマモンと戦って確信した。こいつらとは相容れない。魔族がいる限りこの世界で安心して暮らすことはできない。」
姫様と爺さんが大きく頷く。たぶん、この世界の人の方が肌で感じているのだろう。魔族の脅威を。
「俺が元の世界に帰れるかは分からない。だがこの世界で生きて行くなら魔族がいる限り怯え続けることになる。俺の持ち込んだ銃だけが魔族を倒せるのならば俺が撃つ。他人に任せて失敗したら悔やんでも悔やみきれない。」
魔族をすべて倒せば元の世界に帰れるかもしれないという期待もある。
しかし、魔族を倒しきれず、元の世界にも帰れなければ、俺はずっと魔族の影に怯え続けることになるだろう。
俺は魔族が怖い。
憤怒のサタンはその殺気だけで殺されるかと思った。
強欲のマモンは、あの時はこちらを意識もしていなかったが、人を殺すことに何の感慨も持っていなかった。
いや、憤怒のサタンだって、あの強い殺気の中に怒りも憎しみもなかった。ただ人は殺すものだと思って殺そうとした、そんな気がする。
おそらく魔族にとっては勇者以外の人間は戦う相手ですらないのだろう。ただ殺し尽くすために殺す対象、それが魔族にとっての人間なのだろう。
だから戦うしかない。
魔族の恐怖から逃れるため、俺は戦うことを選んだ。
「分かりました。私共も全力で支援させていただきます。まずは安全で確実な作戦を考えましょう。」
姫様も、俺の覚悟を理解したのか、そう言ってくれた。




