第十二話 ラムザス連邦
「まさか、こんなに早い時期に、選りにも選ってデルトが魔族に襲われるとは……」
ラムザス連邦の評議長アレクス・モレノは困りはてていた。
魔族は北からやって来る。だから北方三国――ホートリア王国、サリオス帝国、トモーロスの三国が人類の盾となって魔族の南下を食い止めていた。
一方、南部三国――ラムザス連邦、カルナ王国、ルーシェン王国は資金や物資の面で北方三国を支援していた。
北方三国が戦っているうちは、基本的にそれより南まで魔族はやってこない。
しかし、基本はあくまで基本だ。何事にも例外はある。歴史的にも、抗戦を続けている北方三国をすり抜けていきなり南方に魔物を引き連れた魔族が現れて大暴れしたことはある。
だから南部三国やそれ以外の小国もある程度の兵は用意して、サリオス帝国の援軍かホートリア王国の勇者が来るまで耐える準備はしている。
しかし今回は襲われた場所が悪かった。
「デルトは北方に向かう商船の七割が寄港する海運の要所です。このままでは北への物資の供給にも支障が出てしまう。」
魔族は知ってか知らずか、人類の急所を的確に突いていた。
「サリオス帝国からの援軍が到着するまでに数日かかります。魔族も魔物も港湾施設に興味はありませんが、人的被害が大きいです。魔族が引き上げても港を再開して北に物資を送れるようになるまでどれだけかかるやら……」
為政者としては死者を悼んでばかりはいられない。魔族との戦いは人類全体の問題であり、後方支援とは言えラムザス連邦もまた魔族と戦いに参加しているのだ。
「別の港から船を出すか、それとも陸路を増強するか……、いずれにしても利権の調整が大変になりますね。頭が痛いです。」
南部三国と呼ばれているが、実はラムザス連邦は複数の国の集合体だった。
単独では魔族と戦う軍事力も、北方三国を支える生産力や経済力もない小国が寄り集まって作った連合体がラムザス連邦なのである。
カルナ王国のような農業生産力も、ルーシェン王国のような良質な鉱山にも恵まれなかったラムザス連邦の各国は、それらの物資を流通する商業を中心に発達して来た。
ラムザス連邦を構成する各国から派遣された人員で構成される連邦政府の最高評議会は、連邦の商取引全体を管理し、各国に利益を配分する調整役でもあった。連邦政府の権限はかなり大きいのだが、大きな不利益を被る国が出ないようにしっかりと管理しなければ離反する国が出る恐れもあった。
サリオス帝国の軍人、例えば元帥のヴェルナー・フォン・グラナックあたりが聞いたら鼻で笑っただろうが、利権の調整はラムザス連邦にとっては死活問題だった。ここで手を抜くと冗談抜きでラムザス連邦が瓦解しかねないのだ。
「それもこれも、魔族に勝てればの話ですが。勇者様の代理で現れた異世界人も、勇者様ほどの強さは無いようですし。」
勇者の死と、その後に現れて魔族を倒した異世界人――正人のことは一般には非公開だが主要各国には既に伝えられていた。
商業大国ラムザス連邦は情報を疎かにしない。ホートリア王国からの極秘の通達だけでなく、独自の情報網で裏を取っている。正人が勇者ほど余裕を持って魔族を倒せるわけではないことも承知していた。
北方三国が滅びれば、次の主戦場はラムザス連邦になる。連邦を構成する各国の利権などと言っている場合ではなくなってしまう。
「まあその時には私はお役御免でしょうから、勝てる前提で今できることをしますか。デルトはしばらく住民の避難を継続して、軍の警備を続けましょう。後は、北への輸送をどうするか、ですね。」
魔族との戦争が始まっている現在、北方への物資の輸送はラムザス連邦の最重要課題だった。魔物に港を襲われたくらいで止めるなんて商人としても、人類の一員としても絶対に認めることはできなかった。
「サリオス帝国とホートリア王国は良いとして、問題はトモーロスですね。海路が使えないと輸送量が限られてしまいます。」
トモーロスへ物資の輸送する主要な経路は二つあった。一つはサリオス帝国を経由する陸路だが、魔族との戦争が始まるとサリオス帝国とトモーロスの間はだいたい戦場になるので使えなくなる。
もう一つが船でバッデン山脈の西側に送り届ける海路で、戦時にはこちらが主要な流通路になる。
この主要な経路が両方とも使えないとなると、後はバッデン山脈を縦断する険しいルートで少量の荷を運ぶくらいしかなく、十分な物資を届けることができなくなる。こうなるとトモーロスは長期的にピンチになる。
大軍を以て魔物を食い止めるサリオス帝国、聖剣と勇者を擁するホートリア王国に比べると地味な印象のあるトモーロスであるが、魔族との戦いにおいてその役割は非常に大きなものがある。
バッデン山脈は高く険しい。サリオス帝国の誇る軍でも山中では十分に実力を発揮することはできない。もしも魔族と魔物がバッデン山脈に入り込まれると、山を降りて来るまではほとんど手が出せなくなるのだ。そうなるとサリオス帝国は側面のどこから魔族に襲われるか分からない。それどころかサリオス帝国を素通りしてラムザス連邦が直接襲われる危険性も跳ね上がるのだ。
険しいバッデン山脈において、地の利を最大に生かして魔物に対して有利に戦える、それどころか魔族すらも翻弄できるのは、バッデン山脈を知り尽くした山岳民族、トモーロス以外には存在しなかった。
「ベルムとエジャルの港から分散して船を出すか……いや、今回の魔物は海から来ました。港を変えても船が襲われる危険もありますね。そもそも魔族は何のためにデルトを襲ったのでしょう?」
デルトを襲った魔物は海から突然現れて人々を襲い、多くの犠牲者を出した。しかし、知らせを受けた兵が駆けつけて魔物に攻撃し始めたところ、魔物はあっさりと退却して行った。
魔族に率いられた魔物は、ある程度数を減らし魔族が退却の判断をしない限り戦い続けるのが一般的だ。だからこの時は、今回の魔族とは関係のない魔物がたまたま襲って来たのではないかと考えられていた。過去の魔族との戦いで生み出された魔物の生き残りが独自に繁殖して人前に現れることは、南方では稀にだがあり得るのだ。
だが、翌日も再び魔物の襲撃があり、その際に魔族が確認された。
「魔族の目的は人類を滅ぼすことのはず。多少の反撃を受けた位で引くとは思えないのですが……まさか!」
恐ろしい可能性に気付いてモレノ評議長はハッとする。
「北方三国を避けてラムザス連邦を攻撃したように、兵士を避けて民間人を攻撃目標にしたというのですか!?」
その時、モレノ評議長の執務室の扉が開けられ、連邦政府の職員が慌ただしく入ってきた。
「大変です! エジャルが魔族に襲われました!」
モレノ評議長は自分の予想が当たったと直感した。
「エジャルには軍に救援を出すように要請してください。それから沿岸部の全ての町に、海からの魔物の襲撃に注意するように勧告を出してください。」
ノックもせずに入ってきた職員を咎めもせずに、モレノ評議長は矢継ぎ早に指示を出す。
「情報部は魔族の動きを分析、可能なら次に襲われる町を特定してください。魔族は沿岸のどの町を襲うか分かりません。軍部と協議して防衛体制を再考します。」
デルトほど大きな港湾都市ではなくても近隣には港町や漁村なども多くある。それらの全てに軍が駐留して守りを固めているわけではない。無差別に襲撃されたらどれほどの被害が出るか分かったものではなかった。
「サリオス帝国軍が到着するまではこれで凌ぐとして、やはり早めに魔族を追っ払って商船の運航を再開しないとまずいですね。」
トモーロスが現在どうにかなっているのは、開戦前までの備蓄があることと、怠惰のベルフェゴールが積極的に攻めてきていないことが大きい。このまま戦いが激化するとトモーロスには厳しい状況になりかねなかった。
「このままでは赤字になってしまいます。頭の痛いことです。」
南部三国は北方三国を支援することで魔族との戦争に貢献している。
農業大国であるカルナ王国は食糧を、鉱物資源の豊富なルーシェン王国は鉄鋼やその他金属とそれらを使用した金属製品を、商業大国であるラムザス連邦は資金をそれぞれ提供している。
カルナ王国の食糧は兵糧として、ルーシェン王国の鉱物資源は武器に加工されたり作業用の道具として使用される。
しかし、ラムザス連邦の提供した資金は何らかの商品を購入するために使用されるものだ。つまり結局はラムザス連邦の商人に帰って来る。
それにカルナ王国やルーシェン王国からの物資の輸送を請け負うのもラムザス連邦の商人なのである。
ラムザス連邦は魔族との戦いの中で、最終的には提供した資金以上の利益を稼ぐ計算はできていた。
経済で魔族と戦うラムザス連邦。その勝利条件には魔族に打ち勝ったうえで利益も上げることが含まれていた。
ラムザス連邦は小国が寄り集まってできています。
連邦政府の権限は大きいですが、連邦を構成する各国はそれぞれ領土と主権を持った独立国です。
南部三国の中で最も北側に位置するため、南北貿易の中継点になっています。地理的に北方三国が突破されると真っ先に戦渦に巻き込まれるため必死になって支援を行っています。
ラムザス連邦は元々は魔族との戦いと言うよりも、サリオス帝国に呑み込まれないために同盟を組んだところから始まっています。
歴史的には、サリオス帝国から独立してラムザス連邦に加盟したり、逆にラムザス連邦から脱退してサリオス帝国支配下に納まるケースもあります。




