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エピローグ

 これは幕が下りるまでの、ほんのわずかな物語。いうなれば結末へ向かう幕間である。


 イヴァール皇国は帝国との戦争破棄を決め、両国は和平条約締結を果たした。

 新たな王となったレオ皇帝陛下は、使用できなくなった精霊術に代わり、同じく魔術を使用できなくなった帝国と共同で機械の発展、発明に尽力していくことを演説の場で発表する。


 『今こそ、人間の文明力を示さねばならない。これは今を生きる、我らの使命である!』。


 そう力強く声を上げた彼の傍には、かつて十二勇将で反乱を企てた隊長、副隊長が肩を並べていた。


 文明は、それまでの永い沈黙が嘘であるかのように、急成長を遂げていった。

 最も成長したのは芸術、食文化だ。絵画や音楽、陶器に至るまで芸術の才持つ者が次々と現れ、同時に豊かな食材に見合った、様々な調理法が確立された。

 こうして皇国は、華やかな文化を更に花開かせていった。


 一方帝国では内乱も収まり、ライナス大帝の治世がようやく始まりを告げていた。

 かの王に侍る黒騎士は自らの信仰を広める、宣教師としての役割も担った。それによって帝国では二冊とない聖書が複写され、世に多く分布されることとなる。

 またライナス大帝の保有する知識は幅広く、天文学の発展、電気の発明、水脈の拡大化と急速に文明発達したことから、天の申し子と敬われるようになった。

 文明が飛躍したのは、間違いなく彼の功績であるといえよう。


 ―――歴史は続き、月日は穏やかに過ぎていく。


 十二勇将のその後にも、少し触れることにしよう。


 隊長であったオルヴァドは、後任にレジスを薦め、これが受諾される。

 新たに組織された十二勇将隊長レジスは、副隊長にガヌロン、ガーランド両名を据えた。

 かつてない人事であったが、新参者ばかりであった十二勇将は彼らにより、ようやくまとまりをみせる。


 オリヴィエは十二勇将に留まっていたが、やがて結婚を機に前線を退いた。

 翌年にはエリックの子を身ごもり、慎ましくも幸せに満ちた人生を歩んでいくこととなる。


 ノアとミラルド、そして大怪我から回復したシェルは、十二勇将に留まり、新体制を支える要となっている。


 一方、同じく大火傷から回復したザドーは、さすらいの旅に出ていた。

 『最強』であることを求めた末の旅に、彼は未だ答えを導き出せてはいない。


 また、前・皇帝陛下暗殺の罪、違法な投薬実験が露見されたアルスは処刑される運びとなった。

 だが処刑前日、彼は城から逃げ出してしまった。行方は分からず仕舞いで、時が経っても尚捜索は続いているという。

 アルスが悪魔に固執したのも、歪んだ在り方を肯定してもらえるという理由からだったかもしれない。きっとどこかで救いを求めていたのだろう、とオルヴァドは自分の娘にそう語った。


 

 ―――そしてリゲルは十二勇将を退き、あてもない旅を続けている。



***


「離せっ!」

「いやですわっ、まずはその身体の傷を診てからです!」

「僕はそんなの望んでない!」

「ご安心なさって。わたくし、こう見えて薬屋なんですの!」


 商人の町モンゼリエ、南区にある一軒の家の前で、小柄な少年とカトリーヌが腕の引っ張り合いを行っていた。


 買い出しに行った際、『食い逃げ泥棒』が再び出たということで、カトリーヌは期待を抱いて独自に探していたのだ。

 そうすれば、またあの時のように彼に逢えるのではと思っていた。


 だが予想に反してあっさりと見つけてしまった食い逃げ泥棒は、すでに全身傷だらけだったのだ。

 あの事件が起きてから、モンゼリエの町は穏やかになった。故に、彼らがつけたものではないというのは明白。

 ならば一体誰が、と思いながら、カトリーヌは少年の手当てをしようと家まで引っ張ってきていた。


「僕が何者か分かってるのか!? この手を離せ!」

「大丈夫ですわ! わたくし拾いものには慣れておりますの!」

「誰が拾いものだっ! 僕に関わるなって言ってるんだ!」


 しかし、門前まで来て少年は抵抗を強めた。看板に書かれた、父の名前であり、店の名前を見た途端だ。

 家の中に入ることに恐怖を抱いているのか、薬に対して怯えているのか分からない。だが少年の傷は古いものから新しいものまで、まともに手当されていないのが分かるほど膿んでしまっている。

 早く消毒しなければ、傷口が傷んで大変なことになってしまうだろう。

 

「では関わりませんから、傷だけでも手当させてください!」

「それを関わるっていうんだ!」


 振りほどこうとする力は、とても弱い。

 衰弱しているのだ。痩せ細った身体を見て、カトリーヌは憐れみを込めた視線を送る。


「……ああ、もう! そういう目、本気で苛立つ……! 人を勝手に憐れんで、勝手に情を抱かないでくれないかなあ!」


 彼は、まるで人からの優しさが毒針であるかのように叫ぶ。ここへ辿り着くまでに何度も口にしていた言葉だ。それは呪いのように、少年の心を頑なにさせている。

 カトリーヌは不意に気づいた。

 そう言う度に、彼は必死で傷だらけの心を守っているのではないかと。


 なにがあったかは分からないが、少年は他人を信じることを諦めたのだ。けれど同時に救いを求めている。そうでなければ、今頃カトリーヌを突き飛ばして逃げ出しているはずだ。


「―――わたくしは、貴方の味方ですわ。ええ、誓ったっていいです。貴方を決して裏切りませんし、本当に傷の手当てをするだけですわ」

「はっ、そんな安い言葉をどう信じろっていうんだよ! いいか、僕は―――」

「子供の反抗期は温かく見守るべきと言いますわ! わたくし、いつか貴方が心開いてくれるのを待っております!」

「はん……っ!?」


 言葉を詰まらせた少年は、反抗期と断言されたことに目を白黒させた。

 その間にも、カトリーヌは少年を引きずっていく。なんて人の話を聞かない女だ、と思いながらも、不思議と脱力してしまった少年は逆らうのも馬鹿馬鹿しくなり、大人しくカトリーヌの手に引かれるまま扉前へと足を運んだ。


 何の因果か。

 かつて自分が貶めた男の娘に手当をされるなんて、神が施した悪戯としか思えない。


 そして少年―――アルスは、扉を開け出迎えた彼女を見た瞬間、今までにないほどの衝撃に絶句した。


 これを神の悪意と思わずしてなんとする。


「カトリーヌ、おかえりなさい」

「遅くなってしまいましたわ。拾いものをしておりましたの」

「また? カトリーヌって、本当に人が良いんだね」


 朗らかに笑う彼女は、その視線をアルスへ向けた。動揺するアルスに小首を傾げ、にこりと笑いかける。


「はじめまして。お名前は?」

「……なに、言ってるんだ? 僕のことが分からないのか?」

「お知り合いですの?」


 きょとんとする彼女は、本当にアルスのことが分からないようだった。髪と同じ色をした瞳を哀しげに伏せ、「ごめんね」と申し訳なさそうに謝罪してくる。

 狼狽えるアルスに事情を説明したのは、カトリーヌだった。


「……この方、記憶がないんですの。ある日突然町で倒れていて」

「え……?」

「でもいつか、取り戻す日が来ると信じておりますわ。そう、あの方を見ればきっと……」


 そう言って、どこにいるかも分からない彼を想い、カトリーヌは青々とした空を見上げた。

 気持ちのいい風が吹いている。


 悠々と流れる雲に、澄み渡った青空はどこまでも、どこまでも続いている。

 

「……」


 アルスは彼女をじっと見た。他人の空似とも思いたかった。

 けれど確かに、彼女を彼女だと断言できるものが、アルスの目の前にあった。


 幸せに満ち溢れている表情で、彼女は淡く微笑んでいる。

 背中が隠れるほど伸びた翠の髪が、優しい風に攫われ踊っていた。


***


 風が岩肌の合間を縫って、地表に咲いた一本の花を揺らしていた。

 深い谷間、かつて不吉な名前で呼ばれていたそこへ足を踏み入れたリゲルは、ひとりの少女を見つける。


「―――……君、ひとり?」


 肩を震わせる少女は、されどリゲルの顔を見てすぐに落ち着いたようだ。

 憂いた瞳を上げて、こくり、と頷く。


「どうしてこんなところに?」

「……人がこわいの。私、刻印持ちだから」


 そう言いながら小さな手でさすった腕には、もうそんな痕は見受けられない。

 されど、少女が負ってしまった傷はとても深いのだろう。そう察した矢先、不意に腹の鳴る音が響いた。

 慌てだす少女に、思わず苦笑したリゲルは隣へ腰掛けると、持っていたパンを千切って少女へ差し出す。


 しばらく迷った上で受け取ったその子は、恐る恐るパンの端を齧ると、久方ぶりの食事に涙を溢れさせた。


「……会いたいお姉さんがいるの。でも、こわい人たちがいっぱいいる町だったから」

「大丈夫だよ、きっともう、怖くない」


 少女の頭へ手を置いたリゲルは、優しくも力強い言葉で励ます。


「お兄さんは、なんでここにきたの?」


 純粋な問いかけに一拍視線を彷徨わせた後、リゲルは寂しげに微笑んだ。


「俺も会いたい人がいるんだ。そのために、旅をしてる」

「どこにいるかわからないの?」

「そうだね、分かるけど……分からない。でもいつか、きっと逢えるって信じてる」


 そう言って、ふと青々とした空を見上げた。同じ色を宿す瞳が美しいと、少女は思う。


「とてもきれいな、あおい瞳」

「君も綺麗な髪だ。翠の、とても綺麗な……。その色、俺好きなんだ」


 慈愛の眼差しと共に言われた言葉に、少女は自身の髪を握りながら「えへへ」と笑った。


「まえにね、同じ髪のお姉さんに言われたことがあるの。『貴女は祝福されてる。きっと良い運命がまってる』って」

「……」

「でも、お姉さんはいなくなっちゃった……」


 俯いた少女は、救世主と呼ばれる女性へ石を投げた日のことを思い出す。


 あの雨の日、痛めつけられる女性を前に、少女は全身で『だめだ』と思った。助けなければいけないと感じた。願えば精霊は応えてくれる。いつだってそうだった。だからあの時、必死で念じたのだ。助けて下さい、魂を分けたあの人を―――どうか、と。


 女性はなんとか逃げていったけれど、救世主が許せなくて思わず石を投げた。


 『なぜそんなことをした』と嘆く周囲に、少女は必死に理由を説明した。

 だが誰も、少女の話に耳を傾けなかった。おとぎ話だ、空想だと言われ続けたが、唯一少女の話を信じた救世主は、身体に刻印を浮かばせたのだ。


 ―――それは、生まれたときから持ち得ていた記憶の欠片。


 この星の、最初に生まれた女の人。傍らに寄り添うのは、飛べない九枚の羽をもった神様。

 神様は記憶の中で、こう言った。


 『お前は彼女の分身。欠片から生まれた人間。……そう、この世界の真祖―――イヴ』、と。


 救世主を見たとき、自分達とは違う存在だとすぐに分かった。

 異物のように感じていた。だから石を投げたのだ。『この世界の住人ではない異邦者』を退治するために。

 だが刻印が刻まれてから、他人は少女に冷遇した。

 ある町で一時の平穏を得ることが出来たが、その人を巻き込みたくない一心で町を飛び出した。


 そうして逃げ惑う内に、心を分けた女の人は世界と成った。

 飛べなかった男の人は悲願だった空を飛べるようになり、この世界を遠くから見守っている。


 世界と成った女の人に、器はもういらない。

 だから心を持たせて、返したのだ。少女は知っている。ぜんぶ知っている。なぜなら少女こそが、この物語の語り部。唯一の観客だったのだから。


 そして永い永いお話は終わりを迎えて、いつしか新しい物語が幕を開けていた。



「―――君の会いたい人のところへ、一緒に行ってあげようか」



 押し黙った少女に、リゲルはふと提案した。


「……いいの?」


 驚く少女へ笑いかけたリゲルは、「これも何かの縁だから」と頭の上で手を弾ませ、立ち上がった。


「じゃあ、行こうか」


 差し出される手はとても大きくて、触れてみると温かい。

 彼が一緒であれば、怖いものなどなにもない。


 少女は満面の笑みで頷くと、彼の手を握り、歩き出した。




 ―――物語は最高の結末へと向かっていく。



 閉じられることのない本。文字踊る紙の上。 

 続く世界の、ここではないどこかのお話。


 大団円≪ハッピーエンド≫まであと少し。


 これは幕が下りるまでの、ほんのわずかな物語。



ここまで書き切ることが出来て、本当に本当に嬉しく思います。

応援して下さった方々、評価して下さった方々、お読みになったすべての方に、心から御礼を述べさせて頂きます。

本当に、ありがとうございました。


色々と頭の中で広がっていた部分があったんですけど、なんとか無事風呂敷を畳むことができて、ほっと胸を撫で下ろしています。

実ははじめての長編完結でして、色々と至らなかった点が多いことと思います。

気になったことや、小説の構成についても、もしご意見やご助言頂けるのであれば嬉しい限りです。

今後も、更にみなさんが楽しんで頂けるような小説を書いていきたいと思いますので、何卒よろしくお願いいたします。


それでは、ここまでお付き合いくださって本当にありがとうございました!

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