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迷宮管理人のゆま  作者: 応龍
第二章 管理人業務はじめました。
26/28

何の肉なの?

 迷宮都市として名高いホープソルナの街は、多くの冒険者からベースキャンプとして利用されている街である。

 そして冒険者が迷宮で手に入れる爪、牙、角などのモンスターの部位や魔晶石を買いつけに、多くの商人が訪れるようになった街でもある。

 人の流れが多いこの街では、多種多様の仕事が生まれ、今では沢山の人間で賑わっている。 

 魔導の神が作ったとされる迷宮が現領主の指示によって一般開放されて以降は、特色のない一地方都市でしかなかった30年前とは比ぶべくもない。


 そして街の周辺も、街中では作ることの出来ない野菜や肉、魚などを供給するために幾つもの村々が誕生し、今なお発展の途中である。

 そんなホープソルナの朝は早い。毎日のように村々の住人が街へと訪れ、それぞれの畑で作った野菜や育てた家畜の肉、川で採れた魚などを持ち寄り、朝の市場を開くからだ。


 その朝市の入口にある露店先で、数人の男女が談笑をしていた。

 っていうか、それウチの店先だよ!君ら若者は、本当に朝から元気だね!


「ユマリアちゃんも可愛いけど、金髪ちゃんも可愛いね~。キミ、お名前なんていうの?彼氏いる?」

「結婚して下さい。あとお肉はダブルで」

「しつこいナンパは嫌われると思うヨ~?」

「いやいや、カティ。これはナンパじゃないし!本気だし!」

「そうだよ、毎朝こんな朝ご飯を作ってくれる人なら、今すぐにでも結婚したい」

「確かに、宿では朝ご飯を作ってくれないもんネ~」


 テオにザックが軽口を叩き、マルタくんがプロポーズをする。

 ザックはまだしも、マルタくんはどうしてそんなにも結婚したがるの?

 君、まだ10代前半だよね?


「はいはい。二人とも、うちの店員に手を出さないでね?」

「えー、“可愛い子にはナンパをさせろ”って、昔から言うじゃな~い」

「それは私を倒してからにしてもらいましょう。ていうか、やっぱりナンパか!」


 私は炭を弄るための火かき棒で、フェイシングのように二人を突いて威嚇する。

 テオは初めてハンバーガーのミートを焼いている、だから肉のほうに集中したいのに、さっきから二人に話しかけられ続け、少々ご機嫌斜めだ。


 そろそろミンチ肉の在庫が心許なくなってきたので、余っているパンを使い切るべく、何か市場を回って肉の代わりを仕入れに行きたいのだけれど、私が露店を離れるとテオが一人になってしまう。それは流石に、テオが可愛そうだ。


 肉が無くなった時点で、いったん店を閉じてテオと二人で市場周りをしてもいいのだけれど、その場合は火のついた炭を放置するわけにもいかず、火を落としてから出かけることになる。

 火を消してから市場を回ると、再び炭に火を入れる必要が出てくる。

 炭に火をつけるのは意外に時間がかかるので、その間は調理ができない。

 そのタイムロスは売り上げに大きく影響しまう、出来れば避けたい所だ。

 しまったな。肉のダブルなんてオーダー、やらなきゃ良かった。

 このままだと肉だけ先に使いきった挙句、パンの不良在庫を抱えてしまう。


 そんなこちらの事情を察したのか、通りを跨いで反対側に居るオヤジさんが、こちらを一瞥してニヤッと笑ったのが見えた。オヤジさん、喧嘩売ってるね!

 あの笑みは、多分、売り上げで自分の勝利を確信したのだろう。

 いや、別に料理勝負をしているわけじゃないけれど、商売人として料理人として、この手のことで売られた喧嘩は、買わざるを得ない。


 今のところはお客さんの入りはこちらが少し上、料理の発想力では向こうが上。私の見立てでは、総合点ではオヤジさんがやや優勢だと思う。

 だからこちらは売り上げ額の面で圧勝し、大きく差を付けたいところだ。

 オヤジさんの店はパンシチューのみで一つ銅貨五枚。

 私たちの方はシングルバーガーが銅貨三枚、ダブルが銅貨四枚。客単価は大体銅貨三枚半と言ったところだろう。

 つまりお互い料理を10個ずつ売ると、向こうは銅貨五十枚の売上げになるのに対し、こちらは銅貨三十五枚程度にしかならない。

 この売上金額の差額分は、より多く売ることで相殺するのだ。

 くっそー、負けんぞう!



「よし、できた!お待たせしたな。シングル一つに、ダブル一つだ」


 テオが出来上がったハンバーガーを、ザックとマルタくんに手渡す。

 これでハンバーガーも作れる<死霊の王(レヴァナント)>になったね。


「おっ、これマジ美味い!テオちゃん、スゲーじゃん!愛してる!」

「ホントだ。お肉がジューシーだし、ピクルスとよく合う結婚して下さい」

「美味しいよネー。私ももう一個貰おうかナ?好き!」

「カティまで、二人に張り合わなくても……月が綺麗ですね!」


「お主ら、食ったらとっとと帰れ。あと……月?日も出てるし、もう見えないぞ」


 ジト目のテオが、バッサリ私たちを斬りすてる。

 その上、告白し始めた男二人を差し置いて『お前なに言ってるの?』という視線を私の方に投げてきた。

 テオは夏目漱石をご存じないか。いや、そりゃそうか。


「でもこのお肉、値段の割に良いお肉使っているね。何の肉なの?」


 食に拘るマルタくんが、鋭いツッコミを入れてくる。

 先日、この市場を回った時に気づいたことだけれど、この街は肉の値段が、かなりお高い。

 需要に供給が追いついていないせいもあるのだろうけれど、鶏肉は一羽で銅貨二十枚、豚肉なんて1キロあたり銅貨三十五枚が相場だった。その日は牛肉は売ってなかったので相場は判らない。

 そもそも食用牛というのは、貴族や豪商と専属契約をして育てるもので、市場には出回らない代物らしい。出回るのは歳をとった乳牛や、荷車を引いていた労働牛の肉だ。


 それにしても、パンが2つで銅貨一枚だったことを考えると、肉類の価格は相当に割高な気がする。

 市場で仕入れた肉でハンバーガーを作ろうとしたら、売り値が銅貨三枚では割に合わないだろう。

 仕入れ代だけでなく、露店を出す時の場所代や、炭代もかかる。それらの必要経費を取り戻すだけでなく、純粋な利益を生み出さないといけないのだ。

 オヤジさんのパンシチューに入っている肉が少なかったのも、道理である。


 しかし、うちのお肉は、迷宮で捕れたモンスターの肉だ。

 この肉は熟成させたりミンチにしたりと手間こそ掛かっているものの、元手は実質ゼロ円である。今日の販売数を考えれば、1つ銅貨一枚で売っても利潤は出る。

 銅貨三枚で販売したのは、他の人が私の真似をしても利益が出るであろう価格に設定したからだ。


 冒険者が迷宮からモンスターの肉を採取して、街でその肉を売る。

 その肉を使って商売人が料理を売る。そんな循環ができた場合のハンバーガーの価格はこれくらいだろうという目算を立てたのが、銅貨三枚という金額だ。


「そういえば、豚でもねーし、鶏でもねえ。初めて食べる肉じゃん?」


 ザックも食べたこと無いのか。冒険者ならモンスターの肉を食べた経験があるんじゃないかと思っていたけれど、もしかしたら“魔物の肉”ということで、冒険者ですら忌避感を持っているのかもしれない。

 うちの迷宮産モンスターの肉は、野生のモンスターと違って寄生虫も居ないし、健康を害する心配はないのだけれど、詳しく説明するとこちらの正体がバレかねない。


 それでも説得するべきか?あるいは今のところは黙っていたほうが良いだろうか?

 私には一日三食を定着させる目標があるから、その一助として『迷宮産モンスターの安全な食用肉』を、この街の住人に普及させたい。

 だからこの肉の正体は、いつかは言わなければいけないが、今はまだ時期尚早な気もする。


「これはモンスターの肉だヨ。何のモンスターかは判らないけどネ」

「あっ」


 答えを言うか迷っているうちに、カティがバラしてしまった……。

 仕方ない、正直に話そう。 


「これはオウルベアの肉よ。ほら、鳥頭の熊みたいな魔物が居るでしょう?」

「「ええっ!?」」


 ザックとマルタくんが、青ざめた顔をする。やっぱり暫くの間は内緒にしておいて、言い出すタイミングを見計らってから、話したほうが良かったな……。


「いやいや!あれって凄い固くて、煮ても焼いても食べられないじゃん!何でこんなの柔らかいの?!」

「オウルベアなら僕も前に食べたことがあるけれど、臭くて硬くて味気なくて、もう二度と食べることはないと思ってた……」


「魔族なら、あのくらいの硬さは、全然、平気だけどネ」

「そりゃカティは木の根っ子も食べるくらい歯が丈夫じゃん!うちらとは体の作りが違うっしょ?」

「チガウヨ!アレはゴボーと言う野菜で、木の根じゃないヨ!」


「二人とも止めなよ。それより、どうしてあの硬い肉が、柔らかくなったのかな?ミンチにしたからってだけじゃ、こんなに柔らかくならないよ」


 皆は今度は不思議そうな顔をして、私に詰め寄ってくる。

 そうか、忌避感じゃなくて、経験則で食べなかっただけか。


「モンスターの肉が固いのは、倒してすぐに食べようとしたからでしょ?これは水が氷になる温度の部屋で、布に包んで15日ほど熟成させたオウルベアの肉よ」


 いわゆる“ウエットエイジング”という、元の世界でも一般的に行われている肉の熟成法だ。それと全く同じ技術を用いて、伯爵さんちのヘルメスさんは貯蔵庫の肉を熟成させていた。

 死んだばかりの魔物の肉が固いのは、体から魔素が抜けきっていないせいだ。

 臭みを感じたのは、野生のモンスターが雑食だからだろう。うちの迷宮に居るモンスターは、基本的に<奈落の迷宮(アビちゃん)>による魔力供給で栄養を補って生きているので、元々変な臭みはない。

 人間は魔素を第六感で感じ取ると、“臭い”と誤認しやすいという理由もある。


 しかし、魔素が抜けきるまでの期間を利用して肉を熟成させれば、硬さも臭みも旨味も、全て解決するのだ。


「へ~、魔素が残っているから食えなかったのか。あの肉が、こんなに柔らかくなるなんて、知らなかったじゃん……」

「この情報をオヤジさんに教えたら、肉たっぷりのシチューを食べさせてくれるかも!」

「じゃあ今度、迷宮に行くときは、肉をおみやげに持って帰るじゃん!」

「でも、あいつ身体が大きいからなあ。丸ごと持って帰るのは大変だよ!どこの部位が一番美味しいんだろ?」


「オウルベアなら、一番美味しいのは掌かな?あとは脂身の多い部分。所で『魔物の肉を食べる』ことには抵抗はないの?」


 ザックとマルタくんのテンションが上がっている所へ、水を差すのを承知で聞いてみる。


「ん?ないよ?『食べても不味い。そもそも硬くて食べられない』が、僕達が魔物の肉を食べない理由だもん」


 まあ硬くて食べられないんじゃ、魔物の肉には手を付けないよね。

 更に言えば、野外なら普通の獣を狩るほうが簡単だし、迷宮内なら必要分の食料を買い込んで探索するしで、冒険者がわざわざ魔物の肉を熟成させてまで食べる必要性はない。

 しかし街に住む人なら、話は違うだろう。何よりこの街は、肉の供給が少ない。

 魔物の肉への忌避感がないなら、買い手はいくらでも付くだろう。


「熟成の細かいやり方は教えてあげるから、オヤジさんにやってもらいなさい」

「教えてくれるの?やったあ!ちょっとオヤジさんに話してくる!」


 マルタくんは喜び勇んで、オヤジさんの方へ走り出した。それを見たザックは、後からマルタを追いかける。更にカティがその後に続く。


「そんなことよりユマリア、もう少しで肉が無くなりそうだ。どうしようか?」


 まだたっぷりと残っているパンの山を眺めつつ、テオが相談をしてくる。

 私一人でパンに挟む食材を探してこようかな。でもテオ一人に店番を頼むのも申し訳ないし……。


「それなら私が食材を探してこよう。お買い物も出来る<死霊の王(レヴァナント)>になるのだ。それにお主のことだ、何を買うか、大体は決めているのだろう?」

「うん。一応はね」


 お肉は高価なので、真っ先に選択肢の中から排除した。野菜だけではお客の受けも悪いだろうし、保存食のハムやベーコンではボリュームが少なくインパクトに欠ける。

 先日の市場でも見かけた川魚。あれをメインにして野菜を添えてみよう。


「じゃあテオ、悪いけれど魚を買ってきてちょうだい。大きさは三枚におろしてパンに挟むことを想定して、見繕ってきて。それとレタスと香草、後は卵ね」

「パンはあと80個ほど残ってる。それを全て、売り切るための量でいいんだな?」

「うん。お願いできる?予算はこの貨幣袋に入ってる銅貨の枠内でお願い」 


 そう言って私はテオに袋を渡す。大丈夫かな?“初めてのおつかい”なんだろうし、カメラを持って付いていったほうが良いのかな。


「お主……また何か珍妙なことを考えているな?買い物程度、私一人で出来る故、心配するな」

「一人で、できるもん?」

「何か、引っかかるものを感じるが……まあ、そういうことだ」


 では、お願いします。いってらっしゃい。転ばないように気をつけてね!


 海から遠い、この街で売っている魚は、全て川魚だ。

 それをムニエルにしてレタスや香草を乗せて、フィッシュバーガー的なものを作ろうと思う。

 そのための下準備やソース作りを、今のうちにしておこう。 

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