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迷宮管理人のゆま  作者: 応龍
第二章 管理人業務はじめました。
24/28

へー。へー。へー。

 まだ日の出ていない時間から、市場には物を売り買いする人で溢れていた。

 私たちも昨日と同じように、市場を取り仕切る商人ギルドのおじさんに許可をもらい、市場の一角で露店を開始する。


 今回の私たちの露店の位置は、市場の出入口となる場所のすぐ横。

 そこは買い物を終えた人たちの殆どが、必ず最後に通る、絶好の場所である。

 料理を売る私たちにとって、ベストなポジションであるといえよう。

 商人ギルドのおじさん曰く、昨日の私たちは、市場で注目の的だったそうだ。

 まあ、市場の中で料理の露店はウチだけだったので、目立ったのは当然だ。

 でもそれが理由で、商人ギルドのおじさんが気を利かせてくれて、私たちに良い場所を取っておいてくれたみたいだ。




 さて、本日の出し物は“ハンバーガーっぽいもの”です。

 塩コショウでオウルベアのミンチ肉を焼いて、自家製ケチャップや微塵切りにした胡瓜のピクルスを一緒にパンに挟みこんだだけの、非常にシンプルなハンバーガーである。ピクルスとケチャップやマスタードはお客さんがお好みで追加できるよう、入れた容器を店先に置いてある。


 このハンバーガーっぽいものは、日本で食べられているような白くて柔らかな丸いバンズではなく、丸くて硬い茶色いパンを2つに切って使っている。

 

 一応の見た目はハンバーガーだけれど、使われているパンが違うため、食感はかなり違う。

 今回使っているのは、全粒粉100%で造られているパンだから、皮の部分が特に硬いし、イースト酵母なんて洒落たものは使われておらず、謎の酵母で発酵させてあるせいか、少し酸味がある。

 癖の少ない、白くて柔らかいパンを使えればいいのだけど、お値段が張る。

 市場の露店で売るには、価格の面で折り合いがつかず、断念したのだ。

 だから安いパンを無理にでも使わざるえない状況で、硬くて酸味のあるパンが他の素材と喧嘩しないよう、全体の味を整えるのに随分と苦労させられた。

 しかし、そのおかげで味の方は、満足の行く仕上がりだ。

 後は売るだけ。今日も笑顔で頑張ろう。



 私が炭に火入れをし、いい感じに肉を焼く鉄板が温まってきた頃、マックスさんたちが泊まっている酒場宿のオヤジさんがやってきた。


「おう。嬢ちゃんたち、今日もなんか売るのか?」


 オヤジさんは昨日もお客として来てくれた。私たちの串焼きを大層、気に入ってくれたようで、目の前で1本食べた後に5本も買っていってくれたのだ。


「おはようございます、オヤジさん。今日はハンバーガーという軽食ですよ」

「じゃあ、それを一つくれ」


 うん?市場で今日の食材を買ってからじゃなくていいのかな?

 そう思ったけれど、今日一番目のお客さんだ。愛想よく頷いてから鉄板で肉を焼き始める。肉が焼きあがるまでの間に、パンも少し温める。

 温めるのは、パンの皮を柔らかくするためだ。

 後でテオにも焼いてもらうつもりだから、今のところは私が作る所を見学していてもらう。

 ちょっとテオ、もう少し近寄りなさい。そこからだと私が何をしてるのか、見えないでしょ?


「はい!出来ました。温かいうちにお召し上がり下さい」

「おう。いただくぜ……うん、こりゃあ美味いな。肉汁やピクルスの汁気が垂れるかと思ったが、それをパンに上手に吸わせることで食べやすくなっている。こりゃあ今日も売れそうだな?」

「ふふふ。ありがとうございます」


 オヤジさんも気に入ってくれたようだ。味にうるさそうなオヤジさんから太鼓判をもらえたなら、きっと他のお客さんも喜んでくれるだろう。


「ところでオヤジさん。今日は食材を買いに行かなくていいんですか?」

「ああ、今日の買い出しは息子に任せてある」

「へー。じゃあゆっくり出来ますね?」

「いや、ゆっくりは出来ねえんだ。ここで他にやることがあるからな」

「え?」


 オヤジさんはニヤリと笑う。何やら挑戦的な目つきに見えるのは何故だろう。

 そこへ以前、一緒にお酒を酌み交わしたことのある、犬耳の少女が現れた。


「オヤジさーん、道具を持ってきたヨ。これで良いんだよネ?」

「おはよう、カティ。お久しぶりね」

「おはよー、ユマリア。でも一緒に飲んだ日から、まだ3日しか経っていないヨ」


 ああ、そうだった。体感時間的には十数年以上も会っていない気分だったけど、あれからまだ3日しか経っていないのか。

 カティはマックスさんがリーダーを務める冒険者パーティ<アルバトロス>のメンバーだ。感の鋭い子で、以前に私が<透明化>で姿を消していた所を一発で見抜いたどころか、私に『殺気がない』ところまでも看破した。

 そこから考えるに、かなりの実力者じゃないだろうかと思う。垂れた犬耳に騙されてはいけない。

 私たちが迷宮の住人であることは、今のところは気づかれたくない。下手にボロを出さないようにしなくっちゃ。


「で、そのカティが、どうしてこんな所に?」

「今日は冒険者家業も休みでネ。今朝はオヤジさんの手伝いをしてるんだヨ」

「へー。そういう仕事もするんだね」

「おーい、カティ。荷物をこっちに持ってきてくれ」


 酒場宿のオヤジさんが、カティを呼びつけた。オヤジさんは私たちと道を挟んで反対側の場所で露店を始めるようだ。まさか、もしかして……。


「おう。今日は俺も料理を売るぜ。嬢ちゃんたちとは商売敵になるが、一つお手柔らかに頼むぜ」

「オテヤラーカ?にネ」

「カティ、“おてやわらか”よ。こちらこそお手柔らかにお願いしますね」

「オテヤラカワにネ!」


 まさか露店開始二日目で、ライバル店ができるとは思わなかった。

 しかしこれは私の望む所でもある。この街に沢山の『朝食を売るお店』ができる事は、私の当面の目標でもあるからだ。

 いずれは露店だけじゃなく、店舗を構えた所が朝食を売るようになってほしい。



「おい、ユマリア!あのご老人は我々の敵だったのか!?」


 今まで会話に混ざらなかったテオが、私に寄りすがるようにして訴えてくる。

 慌てる必要はないでしょう。むしろ大歓迎なのだ。


「どっちかというと、この街に朝食文化を布教してくれる仲間じゃないのかな?」

「そういう見方もあるのか……だがな、ユマリア」

「ん、何?」

「我々よりも、あちらの方がたくさん売り上げたとしたら、お主はどう感じる?」

「!」


 それは悔しい!元の世界で外食産業に携わってきた人間にとって、売上で他社に負けるというのは、屈辱以外のなにものでもない。

 オヤジさんの露店を見ると、大きな七輪のようなものを準備している。

 カティが背負ってきた袋には、大量のパンが詰まっていたが、他に食材は持ってきていないようだった。

 一体、どんな料理を出すつもりなんだろう……。


「よし、テオ。ちょっとの間だけ店番していてくれる?」

「了承した。偵察に行くのか?」

「ええ。どんなものを出すのか、興味あるわ」


 私はエプロンを着けたまま、オヤジさんの露店に行ってみた。

 オヤジさんは手にすっぽり嵌るサイズの丸いパンにナイフを突き立て、パンの中身を繰り抜いている。

 うちと同じパンを使った料理か。店の位置といい、食材といい、正面対決になってしまうな。


「あ、ユマリアいらっしゃーい。でもネ、まだ準備中なんだヨ」

「あら、そうなの?どんな料理を出すのか、偵察に来たのに」

「今はまだ内緒だヨ!見テのお楽しみだネ!」 


 そうか。まだ準備中ということは、オヤジさんも市場で買うべきものを買い終えた後の人を当て込んでいるのだろう。

 市場はまだ始まったばかりだ、慌てる必要もないから、仕込みものんびりやっている訳か。


「ガハハ。別に内緒にするつもりも無えが、まだメインの材料が届いていなくてな。カティ、あいつら何時になったら来るんだ?温め直す時間が無くなっちまうぞ」

「あれは重いから、ちょっと時間がかかってるネ。もうすぐ来ると思うヨ」


 そうこうしている内に、ザックとマルタくんが大きな寸胴を持って現れた。

 二人とも、カティと同じ<アルバトロス>のメンバーだ。


「おっ待たせー!あっれ?ユマリアちゃんじゃないの!おっはよー!」

「おはよう、ユマリアさん」


 ザックは朝からハイテンションだ。逆に、重い荷物を持ってきたので疲れたのか、マルタくんはかなりのローテンションだ。

 なるほど。二人が持ってきた大きな寸胴の中身が『メインの材料』か。


 オヤジさんは寸胴を七輪の上に乗せ、温めなおす。

 私は寸胴の中身を横目で確認し、中身を繰り抜いたパンの使い道に気づいた。

 そうか……!そういう出し方もあったのだ。


「嬢ちゃん、待たせたな。これが<月夜のうさぎ亭>自慢の、特製シチューだ」

「……頂きます」


 おもむろに渡されたパンは、中身が繰り抜かれ、そこにシチューが入っていた。

 このパンはクラストと呼ばれる皮の部分がかなり硬い。

 しかし、その硬さを逆に利用して、繰り抜いた部分の皮をスプーンの代わりに、そして繰り抜いた本体を容器代わりにすることで、全部が美味しく食べられるようになっている。


 前回の<月夜のうさぎ亭>での飲み会で、私も同じシチューを食べた。

 だけどこれは、あの時のシチューよりも水気が少ない。

 お店で出すものよりも長い時間かけて煮詰め、水気を少なくしてあるのだろう。

 そうしないとパンが汁気を吸いすぎて、すぐにフニャフニャになる。

 しかも、煮詰めてあるのにも関わらず、塩気は丁度いい。

 これは店の余り物などではなく、この露天で売るために、そしてパンに入れることを前提にした、計算されて作られたパンシチューだ。


 重箱の隅を突いてケチを付けるとすれば、あまり肉が入っていない点だろうか、私たちは魔獣の肉を使っているので、コストはかかっていないけれど、本来、この街での肉類は、そこそこ値の張る贅沢品だ。

 私が価格を抑えるために安いパンを使ったように、オヤジさんも売り値と材料費を秤にかけて、肉を使うのは少量に留めたのだろう。

 だから肉の出汁は弱いものの、そこを野菜から出る旨味で十分に補っている。


「……美味しい!」


 思わず本音が溢れる。オヤジさん、あんた中々やるね。


「嬢ちゃんの“はんばあがあ”も中々だが、うちのシチューも悪くねえだろ」

「味も美味しいですし、シチューをパンに入れる発想が凄いですね」


 そういえば元の世界でも、この手のシチューはあった。

 繰り抜いた部分のクラストを、蓋としてではなくスプーン代わりに使うこともある。

 しかしもともと皿の上において食べるものだし、鉄製のスプーンもあるので、蓋として使うのが一般的だ。

 オヤジさんのように、クラストをナイフで削って本当にスプーンぽく仕上げてあるのは見たことがない。

 それにパン本体も、日本で見かけたパンシチューのように、中身を極限まで抉られているわけではない。

 パン自体を手で持って食べられるように、パンの厚みに余裕を持たせてある。

 これなら露店で売っても、その場で食べることが出来る。


「オヤジさんはネ、元冒険者だから、色々とレシピを持ってるんだヨー」

「迷宮や旅の途中で食うものばかり作ってたからな。こういうのは得意なんだ」

「なるほど。冒険者はテーブルの上で食事する機会が少ないですもんね」

「そういうことだな。食器も持ち歩くが、洗うにしても水は貴重だしな」


 うーん、露店屋家業二日目で、いきなり強敵が現れてしまったな。

 まあ、でもオヤジさんは野菜が多め、うちは肉が武器だから、丸かぶりはしていない。お客さんが好みで選択できるのは、良いことだと考えなおそう。

 私はテオの分のパンシチューを買って、自陣へと戻る。


「ただいまー。おみやげ買ってきたよ」

「おかえり、ユマリア。で、どうだった?」


「ま、取り敢えず、そのシチュー食べてみて。想像以上に強敵だった」

「これは……美味いな。野菜がよく煮込まれている。これは厳しい戦いになりそうだな」


「ですよねー。でも、大丈夫。うちの強みは肉であり、その匂いだから」

「ああ、そうだな。その場で肉を焼く匂いは、いい宣伝になる」


 よし、じゃあ前もってお肉を焼いちゃおう。

 2、3個ほど作り置きしておけば良いだろう。

 この焼いた匂いを、市場に来ているお客さんたちに届けるのだ。





「な……なんと!店が2つに増えておる!」


 うちとオヤジさんの店を交互に見ながら、見知らぬおじさんが声を上げた。

 あ、いや。見知らぬおじさんでもなかった。昨日の串焼き屋で、一番最初に買ってくれたおじさんだった。


「おう、ワイマールじゃねえか。お前、今度、男爵になるんだってな?」

「お前はドーボワール!何でここで露店なんぞしてるのだ?!と言うか、どうして陞爵の話をお前が知っているんだ……」


 あのおじさん、オヤジさんの知り合いだったのか。そしてオヤジさんはドーボワールって名前だった。ぶっちゃけ、変な名前である。

 しかし男爵って貴族だよね?この街の貴族は領主のみと聞いてたけれど、他にも居たんだね。


「まあこれでも冒険者の宿をやっているからな。情報は色んな所から入ってくる。それよりうちのシチュー食っていけよ。美味いぞ?」

「いや。私は神の教えに従って、朝の食事は取らないことにしてるんだ……」


 なんか、聞いたことのあるセリフだ。昨日も聞いたような気がする。


「ははは。立って食う食事なんて無えよ。食事ってのは椅子に座って、神に祈った後に食うもんだ。そうだろ?だからこれは食事じゃ無え。安心して食えよ」

「食事じゃ……ない?そうか、これは“おつまみ”だな!」

「おう?それだ、それ。銅貨五枚な。はい毎度」

「まいどーネ!ありがとネ!ダンチョー」


 ……あのおじさん、ちょろいなー。

 元の世界だったら、壺や絵画を買わされそうだ。

 そう思いつつ、おじさんを見てたら目が合ってしまった。


「向かいの嬢ちゃんたちも“おつまみ”を売ってるんだ。お前、騎士団長だろう?街の情勢を知るためにも、あっちのも一つ買って行ってやれよ」

「そうか、そうだな……」


 オヤジさんは、うちの営業までしてくれた。ありがたいです。

 そしてあのおじさん、ワイマールさんと言ったっけ。あの人は騎士団長だったのか。そんな風には全然、見えないけど、偉い人だったんだな。


 マックスさんに聞いた話だと、街の警備は警備団で、迷宮から怪物が出てくるのを抑えこむための部隊が騎士団らしい。

 まあ、怪物が出てくるような事例は過去にも無いらしいけど、危機管理は大切だ。

 だから私たちの迷宮の入口を警備してるのは、この街の騎士団の人なのだ。

 しかし、あんな人が団長で大丈夫か?

 問題ない。むしろ、うちらにとっては好都合ですらある。


「いらっしゃいませー!」

「君たちは昨日も露店を開いていたね?」


 オヤジさんのシチューを食べ終わった後、ワイマールさんは私たちの所に来た。

 律儀な人だな。昨日も串焼き二本を買ってくれたし、これから上客になってもらおう。


「ええ、貴族様にご贔屓にして頂いて、光栄です」

「いやいや、私は貴族じゃないよ。今のところは准男爵だからね」


 なにそれ?男爵と准男爵の違いがわからない。

 “准”がつくと、貴族じゃないの?


「お嬢さんにはまだ難しいかもしれんが、准男爵は平民に与えられる最高の爵位のことだよ。その准男爵より一つ上の爵位が男爵。この国では、男爵から上の爵位だけが、貴族として扱われるんだ」


 へー。へー。へー。

 『へー』以上の感想は出ないけれど、その無駄知識に乾杯です。

 この国では、平民から貴族に成り上がることもあるんだね。

 もっと、貴族の爵位は貴族だけのもの!っていう、純血主義だと思ってた。


「では未来の貴族様から、ご贔屓にして頂けるよう、オマケしておきますね」


 私はハンバーガーの肉を、二枚重ねにしてからワイマールさんに差し出す。

 しまった。薄切りチーズも持ってくればよかったな。


「いやっ。それでは食事と変わらない量になってしまう。私は朝の食事は……」

「立って食べるのだから、食事にはなりません。大丈夫ですよ。はい、どうぞ」

「あ、ありがとう……」


 私がにっこり微笑むと、ワイマールさんは戸惑いながらもハンバーガーに齧り付いた。

 


書いててお腹が減ったので、今宵はここまで。(パクリ的表現)

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