彼女の心次第ですよ
異世界生活、六日目の早朝。
私はいつものように、迷宮の形をしたゴーレムである<奈落の迷宮>と、“申し送り”という名の情報共有を行う。
これは私が寝ている深夜にも、迷宮のにいる冒険者たちが、活動をしているのを確認するためだ。
この<奈落の迷宮>の中に居るモンスターは、夜行性のものが多い。
その迷宮を数日かけて探索する冒険者は、野獣系などのモンスターから夜襲を受けないよう、仮眠時には仲間同士交代で寝ずの番をするのは常識だ。
あるいは逆に、迷宮内で凋落を作っているゴブリンやオークが寝静まった頃に、冒険者が真夜中を狙って凋落へ襲撃をかけたりすることもある。
こんな暗い迷宮の中で、君ら昼夜の感覚あるの?と聞きたくなるが、冒険者は迷宮の中と街を行ったり来たりしているので、何となく判るのは理解出来る。
モンスターの方は、たぶん野生の勘で判るのだろうか。
とにかく。私が寝ている間にも、彼らは熾烈な戦いを繰り広げているので、その動向と推移を把握する必要があるのだ。
迷宮内で活動している冒険者の数が多いなら、モンスターの数を増やさねばならない。
その場合はモンスタープラントを稼働させ、補充するモンスターを培養する必要がある。
このモンスタープラントというのは<奈落の迷宮>に備え付けられた、魔獣系などの魔物を産み出す施設のことだ。
設置場所はアルクさんの居住区である地下1000階の一角に隔離されてある。
施設にはいくつかの魔獣の卵子と精子が保管されており、“培養管”と呼ばれる大きめのユニットバスくらいのガラス管の中で魔獣の子供を作る事ができる。
そしてその培養管で3歳程度まで魔獣を成長させた後、迷宮内の適切な場所へ<転送>して放し飼いにするのだ。
それらの作業は全て<奈落の迷宮>が自動でやってくれるのだけれど、どれだけの数のモンスターを、どのタイミングで、どの場所へ放流すればいいか?の匙加減は、人工知能である<奈落の迷宮>には判別が難しい。
そこを私が監視して、<奈落の迷宮>に指示を出すのだ。
ちなみに私はこの迷宮のことを<奈落の迷宮>と呼び、その<奈落の迷宮>に搭載されている人工知能のことを“アビちゃん”と呼んでいる。
<奈落の迷宮>は私の仕事場であり、アビちゃんは仕事の相棒だ。この迷宮は広いから、私一人では管理しきれないので助かっている。
その一方でトラップ用の宝箱の中にホムンクルス系のモンスターを仕込んだり、鍵穴に毒ガスを再注入したり、冒険者が起動させてしまった“転がる大岩”のトラップを元に戻したりといった、細かい手作業が必要になるものはアビちゃんには難しい。
そこは迷宮管理人である私の仕事なのだ。
「よし。朝のお仕事は、これで終わり~」
私は椅子に凭れかかるように座り、『ふぅ』と息を吐く。
「終わりと言っても、まだこれから露店をしに行くのだろう?」
対面に居るアルクさんは、私が淹れたお茶の香りを楽しみながら、遠回しに『まだ仕事残ってるよ?』と言ってくる。勿論、わかってますよ。
「まあ、そっちは半分趣味ですから」
「そうか?楽しんでくれているなら心配ないな。後は領主の息子の件だが、あの呪文なら問題なかろう」
「そうですねー。上手く行って欲しいです」
昨日の夕方、私は迷宮に帰ってから、パウロ君の治療についてアルクさんに相談した。
貴族の子供ということで、始めはアルクさんも乗り気じゃなかったけれど、テオが仲良くなった子供だという情報を伝えたら、俄然やる気を出してくれた。
そして“パウロ君のための治療呪文”を、一から組み上げてくれたのだ。
数日前まで、私の目にはアルクさんは階層守護者たち全員に対し、何の興味も無いように見えていた。
しかしそれは私の思い違いで、アルクさんは自分の寿命が彼らより先に尽きるのを自覚していたから、意識して他人と接触しないようにしていたのが理由らしい。
少しひねてはいるけれど、本当は寂しがり屋な人なのだ。
考えてみれば、そもそもがこの迷宮の作りからして不思議だった。
アルクさんが本当に他人を嫌い拒絶して、迷宮を作ろうとしたのなら、入口に最強の守護者を配置すれば、それで済む話なのだ。
それ以前に、入口など作らなければいい。<奈落の迷宮>が魔法回路で酸素も自動生成するし、水も栄養もアルクさんは魔法で何とか出来るのだから。
しかし実際には迷宮の入口が作られ、上層部分は弱い守護者が居て、下に行くほど強い守護者が配置されている。
つまり攻略が出来るようデザインされているゲームのように、難易度が段階を経て上がっていく仕様なのだ。
これはまるで『この難関を打ち破って俺のところまで来い』とでも言いたげな作りではないか。
この迷宮は、他人を拒絶しつつも、それでも誰かと繋がりたい、そんなアルクさんの心の葛藤を象徴しているのではないか、と今の私は考えている。
まあ、そう考えてはいるものの『こういうことですよね?』とは聞けないから、全て私の想像なんだけれど、強ち間違ってはいなんじゃないかと思う。
私はこの身勝手な想像を踏まえた上で、アルクさんにとって何がプラスになりそうなのか考えて、この一年を頑張るのだ。
あと一年。そう、あと一年でアルクさんの寿命は尽きてしまう。
この世界の、魂を持つ生き物は、この世界の神から定められた“天命”がある。
<古代人>だろうが、不死者になろうが、この世界に生まれた者は、最長でも8000年きっかりで“魂の寿命”が尽きるというのだ。
それ以上の年月を生きるのは、神だけに与えられた特権としたいが為に、この世界の生き物には、誕生する時にそういう天命が神様から与えられる。
その例外となるのは唯一つ。この世界の神様に関与されない場所で生まれた、私のような召喚者、<定命あらざるもの>だけ。
この天命を解くための方法を、アルクさんは随分と研究したらしいけれど、判明したのは、神々を全て滅ぼさないと呪いは解けることはないという事実のみ。
だからアルクさんは諦めた。ならばせめて何かしらの方法で、神様を一泡吹かせて一矢報いようという方向に切り替えたのだ。そこで召喚されたのが、この私だ。
だから私は───。
「あー……、ユマリア?何か考え事をしている所を申し訳ないんだが、そろそろ朝食を用意してくれるとありがたいな」
「あ、はーい。少々お待ちを」
今日の朝食はフラットブレッドとベーコンエッグ、それにミネストローネです。
スープはたくさん作ったから、お昼も温めて飲んで下さいね。
「そういえばアルク、例の仕掛けのほうは順調?」
「ああ、勿論だ。伯爵やその部下に詳しい話を聞いて、大体の構造は理解した。後は魔法陣を組み込むだけだな、まあそれが一番面倒で大変なんだが」
私は以前、伯爵から悪魔の住む『魔界』について聞いて、あることを思いつき、アルクさんにお願いしたことがある。
どうやらそれは上手くいきそうだ。このシステムが稼働すれば、私にとって便利になるはずだし、他の皆にもメリットは多いはずだ。
「んふふ。期待していますからね?」
「うむ、ご期待に添えるよう頑張るさ。それよりもテオドーラのことを頼んだよ」
やはりアルクさんは、テオのことが心配しているみたいだ。
昨日まで気が付かなかったが、彼女はかなり自罰的だ。彼女が守護者の部屋に明かりもつけず引き篭もっているのは、それが原因じゃないだろうか。
とてもアンデッドたちを率いる<死霊の王>などとは思えない。
昨日の会話から、自分の素体となった巫女たちがアルクさんを神様扱いすることで、アルクさんとの間に心の距離を作ってしまったことや、自身が1500年前に起こした大量虐殺を、後ろめたく思っているのだと知った。
その虐殺というのは、彼女が<死霊の王>として誕生した時に、自我もない状態のまま起こした事件らしいので、そんなに気負わなくても良いじゃないかと思う反面、被害者数は一万五千人という破格の数字という事もあって、優しい彼女が責任を感じるのは仕方ないのかもしれないとも思う。
しかし、それに囚われていても、生産的なことは何もないと思う。
自罰的なら自罰的なりに、もっとポジティブな行動が取れるようになる方法は、ないものだろうか。
何とかして、彼女の心を上向きに出来たらいいのに。
「いずれにしても、彼女の心次第ですよ。私に出来るのはサポートすることだけです」
「そうだな。領主の息子との交流で、何か切欠が掴めたらいいのだが」
「ま、そこは成り行き任せですね。いくら周りが焦ったところで、いい結果は得られないと思いますし」
さて、そろそろ時間だ。日が出る頃には市場に着きたい。
私は行商人用の背負鞄を手にして、出かける準備を整える。
「あ、そうだ。アルク、この世界には魔法の鞄的なものはないの?」
そんな便利グッズがあれば、大荷物を背負わずに済むので楽なのに。
「魔法の鞄?何だね、それは?」
「ええっとね、中が亜空間みたいのに繋がっていて、外見の何百倍、何千倍もの容量を持つ鞄のこと、かな」
「そんなものがあるのは、君から聞いた『漫画の世界』だけだ」
「いや、魔法がある事自体が漫画の世界みたいなものなんですが……」
ここは漫画というか、ラノベみたいな世界なのにな。そこの住人、しかも神様扱いされているような人に、そんなことを言われるのは偉く心外な気もする。
「私の魔法講義を受けた君なら判るだろう?入れた荷物を出し入れする為には、亜空間との接続を維持しなければいけない。その為に必要な魔力を、どうやって捻出する?<魔界>のように、供給源となる人間を中に住まわすかね?それとも所有者が随時、魔力を供給し続けるかね?何れにしても、現実的じゃないね」
「うーん……。何か良い方法があるような気がするんだけど」
「それはまた今度、考えよう。今のところはテオドーラと出掛けて来なさい」
「はい。じゃあ、行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
私はテオを迎えに行く前に、ヘルメスさんに頼んでおいた、オウルベアのミンチ肉を受け取りに行く。
今日の露店はホットドッグの予定だったが、迷宮で捕れる肉では腸詰めは出来ないので、急遽変更してハンバーガーっぽいものを作ることにした。
そこでヘルメスさんに、ミンチ肉を作ってもらうようお願いしていたのだ。
『下拵えばかりお願いして申し訳ない』とヘルメスさんに言ったら『いえいえ。私は肉を捌くのが大好きなんですよ』と嬉しそうな顔で言われた。
“得意”じゃなくて“大好き”なのは、やっぱりヘルメスさんも悪魔ということなのだろうか。
何故か清々しい顔をしたヘルメスさんからミンチ肉を受け取り、テオの元へ<転送>で移動、合流した後、私たちは迷宮の外へ出かけた。
テオは今日も私から少しだけ離れて歩く。
ちょっと!いつまで引っ張ってるの!?抱きついちゃうぞ!
今更ながらに作品キーワード「驚愕の亀進行」を、震えながら追加しました(汗)
もう少ししたら、一気に話は進む予定(未定)です。
ブックマークしてくださった皆様、本当にありがとうございます!




