私だって無いよ!
なんですか、なんですか。
話し声がするので何かと思ったら、結界の中には男の子が入り込んでいるし。
テオはテオで、その男の子と楽しげに会話してるし。
まあ、それは良いですよ。テオが誰かに心を開くのは悪くないと思う。
けれどピーマンを悪者にして、親しげに笑い合っているのは納得がいかない!
しばらく寝たふりをして──まあ実際、半分寝てたけど、そのまま様子を見守ろうと思ってたのに、つい体が反射的に動いてしまった。
「いや、それ、違うし!苦味も美味しさの一つだし!」
私は徐ろに立ち上がり、冤罪をかけられた基本味の一つを擁護するべく高らかに宣言し、かの有名な異議がある時に使われるポーズで二人を指さした。
「「うわっ!」」
テオと男の子は抱き合いつつ、私を見て怯え出した。
おっと、お二人さん。昼間っから随分と仲がよろしいじゃありませんか。
ここを何処だと思ってるんです、天下の往来ですよ!
んあ?いや、違うな……ここ、往来じゃない。何処だ、ここは?
「ここは、領主の、庭園、です。」
うん、そうだ。領主の庭園だったわ。やっと頭が動き出した。
もしかして今までの事は、全部、夢だったのか。
「うん?その通り。ここは庭園だが……。どうしたユマリア?まだ眠いのか?」
「ごめん、ちょっと寝ぼけてた。何だかピーマンが毒扱いされてて、思わず魔法で隕石落としそうになった夢を見たわ……」
私は座り直し、再び大の字になって芝生の心地よさに身を委ねる。
「ず、随分と恐ろしい夢を見たのだな……。だがそれは夢だ、安心しろ。私もパウロもピーマンはしっかりと食べる。な?そうだよな、パウロ?」
「う、うん……ピーマンは体にいいもんね。ちゃんと食べる、よ?」
うん、好き嫌いなく食べられるのは、いいことだと思います。
でもなんで少し怯え気味なの?
二人がピーマンを毒草扱いしてたのって、私の夢の中でのことだよね?
「それより、テオ。出来れば隣にいる男の子を紹介してくれる?」
「おお、そうだ。彼はパウロ・ラントルコート。ここの領主の息子だ。ユマリアが結界を張るときの様子を、二階の窓から一部始終を見られていてな、すっかりバレてしまった。しかし私たちのことは、他の者には黙っていてくれるそうだ」
「こんにちは、お姉さん。僕はパウロといいます」
「あ、はい。こんにちは。ユマリアです。よろしくね」
そういえば屋敷の中を魔法で覗いた時に子供が居たっけ。大人ばかりに気を取られていて、子供の動向は全くチェックしなかった。そうか、バレてしまったのか。
私たちのことを黙っててくれるというけれど、信用できるだろうか?
アルクさんからテオの過去を少しだけ聞いている私としては、貴族の嫡子であるパウロ君には、今ひとつ信用がおけない。
念の為に私は<真実の観測者>を唱え、パウロ君に質問をする。
「パウロ君は、ご領主の息子さんということだけれど、侵入者の私たちを捕らえなくていいの?」
「うん!だってテオおねーさんの話だと、芝生で眠りたかっただけなんでしょ?それなら良いんじゃないかな。あ、でもお父様や使用人に見つかると、追い出されちゃうと思うから注意してね」
彼の言葉に対する<真実の観測者>の判断結果は『是』だ。
なるほど、嘘は言ってない。少しは信用してみるか。
でも見つかったら追い出されるどころか、捕まっちゃうと思うんだけど、そこは敢えて正すまい。
「それでね、ユマリアお姉さん。お姉さんは大魔法使いなんですよね?」
「えっ?」
「こんな凄い“結界の呪文”を使える人なんて、聞いたことないもの」
「でも君のお父上の書斎にも、ある種の結界が張られているわよ?」
「それは結界の魔法陣ですよね? 結界を呪文で生み出せる人なんていません」
「んんー?」
おかしいな。低レベルながらも『魔法陣』が作れる人なら、本質的に『簡易魔法陣』である『呪文』でだって、同じレベルのものなら使えるはずなんだけれど……私は“魔法の発明者”であるアルクさんから習って知っているけれど、今の世の中にはそういう知識は伝わっていないのかな?
マックスさんも、中級魔法である<透明化>の呪文を、かなり高度な魔法みたいに言っていたし、今の時代の魔法技術は、想像以上に低いのかもしれない。
機会を見つけて、外の世界の魔法について、少し勉強したほうがいいかも。
「そんな大魔法使い様に、お願いがあるんです」
「何かな?」
「魔法を教えてくれませんか?」
「は?」
「僕も妹も、体が丈夫じゃないんです。だから妹だけでも魔法で治してあげたいんです」
「いや、うーん……」
<真実の観測者>で彼を注視した今だから解るけれど、彼の心臓には先天的な問題がある。それはたぶん遺伝的なもので、妹さんも同じ症状らしい。
この問題を解決するには、治療系の呪文を唱えるだけで何とかなるようなものじゃない。
もっと医学的な、あるいは錬金術的な知識を以って、彼の体をそれこそ遺伝子レベルでの改変、悪く言うと“改造”を行う必要がある。
そうなると今の私では荷が重い。医学も錬金術も、まだアルクさんから講義を受けていないのだ。
そしてもう一つ。ある理由のために、アルクさんとの約束で、私はこの世界の住人には、一切魔法を教えないことにしているのだ。
それは迷宮の住人であるテオや伯爵に対しても同様だ。ましてや、いま知り合ったばかりの少年に魔法を教えることは、申し訳ないけれど出来ない。
「教えるのが難しいのなら、ユマリアが魔法で助けてやってはくれまいか?」
テオが予想外な提案をする。この男の子は貴族の子、貴女の素体となった巫女たちの敵なんだよね?アルクさんを邪神扱いする、この国の支配階層の末端だよね?
彼女はそれを承知で言ってるのか……承知の上なんだろうな。
私は先ほど起きた時に、二人が抱きついていた光景を思い出しつつ、しばし黙考する。
「……いいよ」
「本当!?」
「いいけれど、魔法でチョロっと治せるようなものじゃないの。体を作り替える必要があるの。それでもいいの?」
「構いません!それで丈夫な体になるなら平気です」
「ユマリア、まさか……パウロをアンデッドにするような話ではないだろうな?」
テオが物凄い眼力でジト目をしてくる。いやいや違うから。
まあ、それでいいなら今すぐにでも出来るけれど、勿論やりませんよ。
しかしテオは私のことを何だと思っているんだ……。
「根本的に治すためには、遺伝子レベルで作り変えないといけないの。と言っても外観どころか中身も何も変わらず、人間のままよ」
「いで……? まあ、変わらないなら、問題ない」
「但し今すぐというのは無理だから、少し時間を頂戴ね」
「ありがとうございます!大魔法使い様!」
「魔法使いじゃなくて“ユマリア”でいいよ」
「ありがとう、ユマリアお姉さん!テオおねーさんもありがとう!」
「すまんな、ユマリア」
「いいの、いいの」
私は嬉しそうにしているテオとパウロ君に、手をプラプラと振って答える。
本当なら彼と妹さんが病弱なのは、彼らの運命だ。
気の毒ではあるのだけれど、変に魔法で体を改造するよりは、受け入れて生きるほうが良いのでは?とも思う。
それにこちらの事情もある、本音では彼らとはあまり親しくなりたくなかった。
私は神様に抗うために、まず串焼きを売ることで一日三食の生活を根付かせようと画策しているけれど、その過程で領主との対立が起きる可能性を予想している。
領主は貴族としての立場上、三食の食事を平民が取ることを反対せざるをえないはずだ、だから私は準備はまだできていないけれど、その対抗策は考えていた。
それはこの街の有力者、例えば商人ギルドと懇意になり、彼らにお願いして領主の口を閉じてもらうつもりだったのだ。
その対策上、気分的にやりづらくなるので、あまり領主の関係者とは仲良くするのは好ましくはない。
しかしテオがそれを望むなら、私はそれに応えてみよう。
私が自分の子供の体を治したところで、貴族である領主が、平民が神の教義を破るのを黙認してくれるとは限らない。
むしろ『恩着せがましくするな』と逆ギレされる展開まで予想できる。
私がアルクさんから聞いた、この世界の貴族とはそういうものだ。
予想される領主との対立については、何か別の策を練るとして、迷宮に戻ったらアルクさんに、パウロくん兄妹の体の件を相談してみよう。
「では今日の所はこれでお暇するね」
「もう行くか?」
何よ、テオ。もうちょっと居たいの?パウロ君のこと気に入っちゃったの?
でも膝枕してくれなかったので、駄目です。パンを買って、帰りましょ。
私たちは明日また同じ時間、ここで会う約束をした。念のため、パウロ君が体調を壊して外に出てこれない場合も考えて、パウロ君の私室の場所も聞いておいた。
「では、またな」
「うん!テオおねーさん、ありがとう!」
私たちはパウロ君に挨拶をした後、<透明化>の魔法で姿を消して、領主の住む敷地の外に出た。
「でも、テオ。これでいいの?」
「ん?何のことだ」
「アルクから話は聞いてるよ?あの子も一応、テオの仇になるんじゃないの?」
「ああ、そのことか……。パウロは当時のことを知らないしな。それに私には復讐する資格もない」
「いや、資格はあるでしょう……。話を聞いた限りじゃ、貴族なんて滅んじゃえって、割と本気で思うわ」
「互いに崇めた相手が違うのだ。仕方がなかろう。悪いのはアルク様を貶めた神々だ、パウロたちではない」
「そんなもんですかね……テオは大人だね」
神様は許さないけど、神様の信徒が神様の言うことを信じちゃうのは仕方ないということかな。
その考え方は判らないでもないけれど、アルクさんの話だと人間の支配者階級の人たちは、被支配者階級の人間を奴隷みたいに考えているフシがあるので、信用ならないんだけどな。
まあ、それも人それぞれか。貴族全員が腐っているわけでもないのだろう。
「こういう考え方ができたのは、パウロに会って話が出来たからだ。私を迷宮の外に連れ出してくれた、ユマリアに感謝だな」
「あ、感謝はアルクに言って。テオに手伝って貰えと言ったのはアルクなんだよ」
「なんと。主様がそう仰ったのか?」
「うん」
「主様が……そうか……」
串焼きをやると決めた当初、私はヘルメスさんに手伝いをお願いするつもりだった。
テオの過去を触りだけでも聞いていた私は、テオを迷宮の外へ、この街に連れだそうなどとは毛ほども思っていなかった。
テオにとって、この街は辛く悲しい思い出の場所だろうと考えたからだ。
だけれどアルクさんは、テオを連れて行ってやってくれと私に言った。
あの時の私はテオに意地悪でもしたいのか?と思ってしまった。
でも、今にして思えば、この街に住む現代の人間と触れ合うことで、テオの心に何かしらの化学反応が起きることを期待しての事だったのかもしれない。
アルクさんも、まさか、よりにもよって貴族の息子と触れ合うとは思いもしなかっただろうけど。
「何にしてもお主にも感謝する。強引に領主の庭に侵入したのは、お主だからな」
「あはは。おかげさまでよく眠れました」
「そういえば寝る前に“膝”と言っていたが、あれはどういう意味だったのだ?」
「膝枕」
「は?」
「テオに膝枕して貰う予定でした」
「……」
テオが私から無言で一歩、遠のいた。
いやいや!変な意味じゃないし!
ちょっと!なんで私が一歩近づくと、一歩遠ざかるの?!
伯爵のところでもこんなシーンあったな!こんちくしょう!
「ええと、な?ユマリアには申し訳ないが、私はそういう趣味はないので……すまんな?」
「わ、私だって無いよ!ほ、ほら!パン屋さんに寄って帰るよ!」
「吃るところが怪しい……」
どどど吃ってないし!いいから帰りましょ!貴女、アルクさんにお礼言うんでしょ?
私も明日の出店の下拵えとか、パウロ君の治療法を学んだりとか、色々やることあるんですよ。
引き気味な顔してますけど、ちゃんと明日も手伝ってもらいますからね!
そんな訳で、私たちはパン屋さんや雑貨屋で明日の材料を買いこみ、日が落ちるタイミングで迷宮に戻った。
迷宮に戻るまでの間、テオが私から少し距離をおいた状態を維持し続けていたのが、心に刺さったのは言うまでもない。




