表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮管理人のゆま  作者: 応龍
第二章 管理人業務はじめました。
20/28

そこは魔法で何とかします

 大陸のほぼ中央に位置する“フラングレット王国”には、他国の民にも広く知られている、ある有名な地方都市が存在する。

 その都市の名は“ホープソルナ”という。

 30年前に今の領主が御触れを出し、長らく閉鎖されていた迷宮を冒険者のために開放して以来、今では大陸屈指の迷宮都市として知られているようになった。

 <魔導の神(カムイソルナ)>の創りだした迷宮──今は<カムイソルナの迷宮.と呼ばれる──を中心とした、かつては宗教都市として知られていた街である。


 そしてその街を統治する領主から呼び出された、ある一人の壮年の男性が、まだ開門されていない行政庁舎の門前で立ち尽くしていた。


「うーむ。やはり、まだ早かったか……」


 彼はこの街の領主、レドルール・ラントルコート侯爵に仕える陪臣で、ワイマール准男爵という。

 ラントルコート子爵から、ホープソルナの周辺にいくつか存在する村のうち、辺境の五つの村を領地として貸し与えられ、そこの村人たち共に必死に開拓地を広げている。


 若い時は冒険者として<カムイソルナの迷宮>の攻略で活躍し、それをラントルコートに見出されて士爵を賜り、今ではこの街を守る騎士団団長への任命されると伴に准男爵への陞爵(しょうしゃく)も受けた。


 領地開拓と街での仕事の往復は、心も体力も削られるが、冒険者あがりのゴロツキにとっては破格の大出世といえよう。


 その元冒険者であるワイマール准男爵は、昨日まで自分の領土で領民の代表者と共に開墾予定の行程など会議を行っていたが、今日は君主の命により騎士団関連の書類仕事を片付けるため、ホープソルナへ訪れていた。

 しかし、その書類たちが積まれているはずの庁舎への門は、固く閉じたままである。


 昨日の会議の時、今日は領地の村人が市場へ向かうという話が出たので、ワイマールは村人たちの馬車に同行することを申し出た。

 村から街への移動は街道を通るので危険は少ないが、盗賊に襲われる可能性もゼロではない。

 自分が護衛をすることで領民の安全を保てるし、移動中の半分は寝ていられるだろう。一挙両得だ。そう思った上での同行だったが、当然、街に着いたのは日も登らぬ早朝である。

 行政を取り仕切る庁舎には、まだ門番すらおらず、辺りは完全な静寂に包まれていた。


「ま、焼き串もあるし。食べながら待つとするか」


 ワイマールは今朝方(けさがた)この街に到着した当初は、収穫した野菜を領民たちが市場で元気に売買している様子を、楽しげに眺めていた。

 しかし、やがて暇を持て余して市場をふらつきだしたのだが、そこでいい匂いが漂ってきた。美味そうな肉の匂いである。

 匂いに釣られるように、その臭いのもとを辿ると、そこには串焼きを売る一つの露店があった。


 あの時は、思わず店の前にまで行ってしまったが、これでも自分は<神々の主神(メルセノラ)> の敬虔な信徒だ。朝の食事など以ての外である。

 そう考え、その場を立ち去ろうとしたのだが、売り子の少女の言葉に頷いてしまった。そうか、これはオツマミだったのか。確かに少量だし、尤もな話だ。

 ならば良しと納得し、焼串を購入してみると、この肉が極上に美味かった。

 しかしあの串の値段は一本で銅貨二枚。相当に安い肉のはずだ。

 一体、何の肉を使っているのだろう?売り子に聞きそびれてしまったが、抜かりはない。

 その場で一本は食べきってしまったが、もう一本買ってあるのだ。


 庁舎が開くまでの間、ゆっくりとこの肉を味わいつつ、その肉の正体を突き止めればよい。


 ワイマールは手にした焼串を愛おしそうに眺めた後、この極上の肉に出会えたことを神に感謝しつつ、ちまちまとその肉の味を確かめるのであった。





----------------------------------





「公園だと思ったのに……。思ったのに!」


 串焼きを売り終え、露店の片付けをした後、私たちは市場を離れ、仮眠できる場所へと移動した。

 以前、迷宮入口の広場からこの街を見渡した時に、芝生の生えた公園のような場所を見つけていたので、その場所を記憶を頼りに探してみたのだ。

 たどり着くと、記憶通り、柵に囲まれた場所に芝生はあった。

 しかし、そこは公園などではなく、領主の館の敷地にある庭園だったのだ。


「お主が望むなら、領主を屠ってこの土地を奪ってやっても良いが……屠ってはいかんのだろう?それなら諦めろ、ユマリア」

「この、ブルジョアめ────!」

「柵にしがみつくな。中に向かって叫ぶな。不審者として捕まるかもしれんぞ?」


 テオに(たしな)められて、私は柵から手を離す。

 そして眠気と落胆のダブルコンボにガクリと肩を落とし、路上にへたり込んだ。


「うう……久々に公園の芝生で眠れると思ったのに……」

「そんなに芝生が恋しかったのか?」

「芝生というか、自然と触れあいたかったのよ」


 テオには言っていなかったけれど、私は体感的に随分と長い間、迷宮に引き篭っていたも同然なのだ。


 私の基本機能のひとつに、<思考加速>というものがある。それは『体感時間が1万倍に引き伸ばされる』という優れものの力だ。

 この能力により、私は百分の一秒という短い時の中で、何か答えを出さなければいけない状況であっても、体感時間では百秒の時間をかけて、じっくりと長考して対処することができる。これは私にとって、戦闘における大きなアドバンテージとなっている。


 しかもその有用性は戦闘だけに留まらない。

 『アルクさんの魔法講義』も、この<思考加速>と<思考伝達>の魔法を併用し、1万倍に引き伸ばされた時間の中で行われている。

 それは異世界生活初日から今日まで、魔法講義に費やした実際の時間は計20時間程でしかないけれど、体感時間では実に20万時間───20年以上に匹敵する、濃密な講義内容になっている事を意味する。


 つまり私はまだ住み始めて五日目でしかないあの迷宮で、精神的には20年以上も暮らしている気分なのだ。昨日も今日も迷宮の外には出られたけれど、見ている景色は石造りの街並みばかり。

 だから流石にそろそろ自然に触れたい。具体的には、芝生で日向ぼっこしたい。

 そこでテオが膝枕でもしてくれたなら、私はあと10年は戦える。


「植物の近くに行きたいなら、第六階層守護者のシルヴィオの所にでも、行けばいいのに……」

「あそこは食虫植物が沢山いるから、気が抜けないの!」


 もう既に経験済みなのだ。あの時は食虫植物に頭からパックリ食われかかった。

 その後、食虫植物から距離をおいて寝に入ったら、今度は種を飛ばしてきて、それが頭に直撃した。

 <木精乙女(ドリュアス)>のシルヴィオちゃんに苦情を入れたが『ユマリアさんは魔力も高いし、栄養ありそうですもんね~。食べたくなる気持ちもわかっちゃうんですよ~』と食虫植物を擁護しだした挙句に、ご馳走を見つめるような顔をこちらを向けてきたので、色々と諦めた。

 そうですか、わかっちゃうんですか。彼女の前では、眠らないよう気をつけよう。


「やはり帰るか?それとも、この屋敷の住人を全て屠るか?」

「ほ・ふ・ら・な・い!迷宮の中以外では、絶対に人間に手を出さないでね?」

「それには了承しよう。しかし、どうする?他に眠れそうな場所を探すか?」

「うーん……」


 正直、他を探すような気力はない。今も時々、意識が飛びかけているくらいだ。

 この道端なら寝こけても、食虫植物の餌にはならないし種も飛んでこないけれど、憧れの芝生がすぐ目の前に広がっているのに、石畳の上で寝るのは悲しすぎる。


「よし!庭園に潜入しよう」

「良いのか?見つかったら捕まるかもしれんぞ」

「そこは魔法で何とかします」


 この世界でも、不法侵入罪とかあるのかな?そんな思いも頭をよぎったけれど、それなら捕まるかどうか実験だ!という結論に達したのは、多分私が余りにも眠すぎたからだろう。


 私は<真実の観測者(トゥルーサイト)>を唱えて、領主の屋敷とその庭園にいる人間の位置情報や、施されていそうな対魔法施設の情報を調べる。

 敷地の中にいるのは全部で30人ほど。領主と数人は、玄関へ向かって歩いている。玄関には馬車が控えているようだから。何処かへお出かけするのだろう。

 それ以外の人間はほとんどがメイドだろうか、女性が多い。子供も二人いる。

 屋敷の中には入るつもりはないので特に興味はないけれど、本がたくさん置いてある執務室のような部屋には、低レベルの対魔法結界が張られている。

 そして芝生のある庭園には魔法的な仕掛けはないが、いくつかの場所に張られた紐に触れると音が鳴る、鳴子のような罠が設置されていた。


「うん。大体把握した」


 屋敷の人間が自分の主をお見送りしようとしている今がチャンスだ。

 人の倍もあろうかという高さの柵を、私とテオは軽々と飛び越え、屋敷の敷地へと入ると、鳴子の罠を避けて芝生のある方角へと向かう。

 芝生の横に気持よく眠れそうな木が生えている場所を見つけたので、そこまでダッシュして魔法を唱える


「<不可知の(アンノウェイブル)領域(ドメイン)>!」


 一瞬、周囲が淡く光り、ゆっくりとその光が空気に溶けていく。

 これで私たちがここでお喋りしようが鼾を掻いて寝ていようが、誰も認識できないはずだ。そもそも無意識的に、この領域に近寄る事を避けるようになる。

 この魔法に抵抗できるほどの魔力を持った人間なら話は別だが、それが出来るかもしれない人間は、先ほど馬車で出かけていった。

 ざっと見たところ、どの使用人もさほど魔力は高くない。魔力ゼロの人間もいるくらいだ。これなら半日寝てても、誰にも気付かれまい。


「じゃあ、少し仮眠させてもらうね。この結界の外に出たら、この館の人に気づかれちゃうかもしれないから、見つからないようにしてね。あと出来れば膝……」

「膝?膝がどうした?待て、まだ寝るな。ちゃんと最後まで言ってから眠れ」


 テオに『膝枕して』と言いきる前に力尽き、私は夢の中へと落ちていった。





----------------------------------





 ワイマール准男爵が庁舎の自室に山積みされた書類の山と、格闘を繰り広げていると、突然、部屋の扉がノックも無しに開かれた。

 何だ、また書類の追加か?と、うんざりとする目線を扉の先に向けると、そこには自分の主であるレドルール・ラントルコート侯爵が立っていた。

 扉を開けたまま、ラントルコートは『入ってもいい?』とでも言いたげに、小首を傾げる。それを聞くくらいなら、この御方は何故ノックもせずに扉を開けるのだろう。いつも不思議に思う。

 ワイマールは自分の主が持つ、この妙な習性の訳を、いつか訪ねてみようと心に刻みつつ、入室の許可を手で示した。


「久しいな、ワイマール」

「ご無沙汰しております、閣下」


 ワイマール准男爵は最近覚えたばかりの作法で、自分の主人に恭しく礼をする。


「閣下はよせ。私とお前しか居ない時は、レドルールでいいと言ってるだろう」

「そういう訳にも行きませんよ、他の者に見られては示しが付きませんし」

「構わん。どうせ私は派閥すら持たぬ、名ばかり侯爵だ。それよりお前を呼び出したのは、書類の整理をさせるためではない」

「他に何があるんですか?」


 騎士団の訓練はキチンとこなしている。迷宮入口の警備も問題ない。

 後は溜め込んだ書類の処理くらいしか、ワイマールには思い当たることはない。


「良い話と悪い話、どちらから聞きたい?」

 自分の主が意地悪そうな顔で問いかけてくる。この顔で問うてくる時の主人の話は、大抵は片方がありがた迷惑な話で、もう片方は本気で迷惑な話だ。


「………………良い方からお聞きしましょう」

「ふむ。では良い方から。お前の男爵への叙爵が決まった。秋の叙勲式典において、お前は男爵となる」


 ああ、その話、本当だったのか。ワイマールは『却下されればよかったのに』と本音を言い出しそうになるのをぐっと堪えた。

 この街は周囲に魔物が住む森などの脅威はないものの、それとは比べ物にならない<カムイソルナの迷宮>という脅威が存在する。

 その危険から街の市民を守る騎士団の団長が、平民であってはならない。

 今までは代々ラントルコート侯爵家がその任に着いていたが、30年前の迷宮開放に伴って、段々と街が拡大してしまい、そちらの指導に時間を取られるようになった。

 その代役として、目の前にいる領主のお気に入りである、自分に白羽の矢が立ったのだ。貴族入りすることになるのは『騎士団団長は貴族』の建前を貫くための調整だ。

 『中央貴族の子息たちにでも団長役を振ればいいのに』とワイマールは考えていたが、貴族には貴族なりの理由があるからこその、自分への抜擢なのだろう。


「それは有り難くもあり、有り難くもなしですね……」 

「まあ、そういうな。奥さんをたくさん持てるようになるぞ?」


 この国では、平民は一夫一妻制、貴族は一夫多妻制である。

 但し、貴族も資産による。貧乏貴族では多くの妻など持てるわけが無いのだ。

 成り上がるほどに貧乏になって来た自分では、複数の妻を娶ることなど、できるとは到底思えない。


「一人でも多いくらいです。で、『悪い話』ですが……どのような話で?」

「おお、それがお前を呼び出した一番の理由だ。実はな、王が“神託”を受けた」

「は?」

「お前たち平民は知らないだろうが、この国では王族や有力貴族は歴史の節目節目で、偉大なる<神々の主神(メルセノラ)>より神託を賜ることがある」

「なんと……!」

「そして今回は、我らが王、直々に神託が降りた」

「で、その内容は?」


 話を聞くワイマールも、話をするレドルールも、同時に息を呑む。

 一呼吸置いて、レドルールは語る。


「『魔導の王が生みし迷宮に、災いが訪れん』と」

「……訪れないんですか?」

「訪れるのだよ!」


 平民出身のワイマールには、よく判らない言い回しだったが、どうやらあの迷宮には災いが訪れるらしい。迷宮の中で『災い』が誕生したのか、それとも外から迷宮の中へ災いが降りかかろうとしているのかは判らない。

 しかしその災いは、確実にこの街を巻き込むことになるだろう。

 そんなことを考えこむワイマールを余所に、レドルールは話を続ける。


「どうやら首都では千年に一度現れるといわれる勇者の召喚を、ここ数日の間に幾度も成功させているという話だ」

「まさか!」

「もしかしたら、その勇者たちも、やがてこの街に訪れるかもしれんな」

「レドルール様は、先ほど『歴史の節目節目で神託を受ける』と仰りましたね」

「そうだ。もうすぐあの迷宮で何かが起こる、それが歴史を大きく変える切欠になるのかもしれん」

「た、大変だ……」


 ワイマールは青ざめた顔で、この街の行末を考える。

 そもそも『災い』とやらは、いつ来るのだろう?

 あの迷宮を放棄して、この街の住民を避難させたほうが良いのではないだろうか?

 そして騎士団だけではなく、冒険者をかき集め、いずれ来たる災厄に立ち向かうべく準備を整えたほうが良いのではないか?

 領主である自分の主人は、どんな策を考えているのだろう。

 自分にこの話をする前に、既に良案を捻り出しているかもしれない。

 縋るような表情で、ワイマールは自分の主人に意見を求めた。


「だが私は周囲の村々の指導で忙しい。ワイマールよ、あとは頼んだぞ」

「ちょ……ちょっと待って下さいよ、レドルール様!貴方は貴族でこの街の領主じゃないですか!敵前逃亡は許されませんよ!」

「案ずるな、もうすぐお前も貴族の一員だ。私は領主として騎士団団長に全てを託す」


 『じゃっ、また』と右手を上げて、レドルールはその場から足早に立ち去る。

 自分の主人からのまさかの丸投げに、ワイマールは天を仰ぎ、庁舎じゅうに響き渡る声で叫んだ。


「ぬおおおおお!神よ!どうかご慈悲を!」





 元冒険者の准男爵、ワイマールの明日はどっちだ。

 それは<神々の主神(メルセノラ)>にすら判らなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ