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迷宮管理人のゆま  作者: 応龍
第二章 管理人業務はじめました。
19/28

いつか言わせてみせるから

 日の出の時刻がその開催の合図となる朝の市場へ、近隣の村人は採れたての野菜や果物を売るために集まりだした。

 村人は朝市を取り仕切る商人ギルドの人間に場所代を払い、そこへ茣蓙(ござ)を敷き、売り物を並べ終わると、各々が露店を開始する。

 まだ太陽が完全に姿を表しきっていないこの時間でも、市場には多くの人が集まり、活気を作りだしていた。


 買い物客の多くはこの街の住人。彼らの殆どは街の外に畑を持たず、街の中で職を持つ人間だ。

 冷蔵庫がないこの世界では、日持ちのしない肉や野菜類の買い溜めが出来ず、小まめに買うことを余儀なくされる。

 その結果、市場はほぼ毎日開催され、買う側も毎日のように訪れる。


 ここはアルクが作った<奈落の迷宮>の門前町、ホープソルナで毎日開催されている朝市の一角。

 そこで<奈落の迷宮>の住人である私たちも、露店の串焼き屋を始めた。



「炭火でお肉を焼くときはね、炭は均等に置かないほうがいいんだよ。意図的に炭を偏らせることで、強火・中火・弱火になる場所を作るの」


 焼き鳥屋さんや鰻屋さんは、炭を均一に置いても職人の技術で何とかするんだろうけれど、素人が焼く場合は、その方がいいのだ。

 私はテオドーラにお肉の美味しい焼き方を説明しながら、ヘルメスさんが下処理をしてくれた串に刺さった肉を焼く。



 私が屋台を始めた目的は、最終的には“強い思いで神様に祈る人間”を減らすためだ。

 その最初の一歩として、この街の人間たちに一日三食の食生活を覚えてもらう。

 食事の回数が増えれば消費量も増える。消費量が増えれば必要な供給量も増えて、結果的に生産量を上げなくてはいけなくなる。

 そこまで来ると次の段階に進めるんだけれど、今は先ず『朝はお腹が空いているけど、神に祈ることで空腹を紛らわしちゃう人』を減らすのが、当面の目標だ。


 神様は強い思いを込めて祈りを捧げられると、それが力になってしまう。

 だから空腹で祈る人よりも、お腹が幸せになった状態で祈る人が増えたほうが、神の敵である私たちにとっては都合がいい。


 その程度の地道な反逆行為なら、神様も私たちに天罰は落とさないだろうという腹積もりもある。

 どの程度までなら神様が見逃すかを見極めるためにも、小さなことからコツコツやるのだ。



 そんな目論見を以って、朝の市場を行き交う人の、起きたてで空っぽになっている胃袋を直撃しそうな、焼きたての香ばしい匂いを、私は団扇を使って振りまく。しかしまだ、一人もお客さんは来ない。


「おい、ユマリア。全員、前を通り過ぎるだけで、客が一人も来ないぞ」


 不安そうな顔でテオドーラがオロオロしてる。


「大丈夫だよ。皆まだ本来の買い物をしてるだけだから」


 朝市は始まったばかりなので、来たばかりの買い物客は、その日の昼や夜に使うものを物色している。私がターゲットにしている相手は、既に買うべきものを買い終えた人たち。用事が済み、後は家に帰るだけの人たちだ。


「ここを通る人は、横目で私たちを見ている人ばかりでしょ?帰り際に寄ってくれる人も居るよ。その時は『いらっしゃいませ』って呼び込んでね」

「難しいな……私にとっては、ここに居る全員を屠る方がよっぽど簡単だ」

「だから屠っちゃ駄目だっちゅーの。何で、すぐに殺そうとするかなあ」


「……<死霊の王(レヴァナント)>の私には、それしか出来ないからな」


 私の何気ない言葉に、テオドーラは自嘲気味に呟き答える。


「テオドーラ……


 ……それなら、串焼きも作れる<死霊の王(レヴァナント)>になろうか!」

「えっ」


 私はそう言って、まだ焼いていない、串に刺さった生肉をテオドーラに『ほい』と手渡す。彼女は戸惑いながらも、網の上に生肉を乗せる。


「最初は強火になっているところで、一気に焼くんだよ。肉汁が逃げないように両面を焼く。でも中の部分はまだ火が入っていないから、中火や弱火の部分に移してじっくり焼くの。そうそう。そうなったら裏返してね」


 私の指示で、拙いながらも彼女は次々と串焼きを焼いていく。

 そして焼きあがった最初の一本を、彼女に差し出す。


「じゃあ、味見ね。ハーブと塩で下味は付けてあるから、何も付けずに食べられるよ」

「では……頂きます。うん!美味しい!」

「じゃあ、私も頂きまーす。ん、美味しい。合格だね!これでテオドーラは、もう『それしか出来ない』って言えなくなっちゃった。串焼きも作れるもんね」

「あ……」


「私があの迷宮の管理人になった以上は、これからは色んなことが出来るようになって貰うからね?テオが好きじゃない“殺し”の特技なんて、幾つもある特技の一つに過ぎないと、いつか言わせてみせるから覚悟してね!」

「ユマリア……」

「いや……今せっかく『テオ』って愛称で呼んだのだから、そこは『ゆま』と返して欲しかったな」

「それは無理だ。主様(あるじさま)に『略称は許さん』と厳命されているからな」

「なっ……おのれアルク───!」


 天に向かって叫ぶ私を見て、テオは微笑んだ。

 うん、いいね。初めて見た時の顔より、そっちの方が素敵だよ。





 私たちが『二本目の味見』をしていると、店の前で程よく焼けた串焼きをジッと見つめるおじさんがいた。涎を垂らしそうな勢いでガン見している。


「いらっしゃいませ~」


 私がにこやかに接客すると、おじさんはバツの悪そうに、お客であることを否定した。


「いやっ。私は神の教えに従って、朝食は取らないことにしてるんだ……」


 それなら何で串焼きを見てるのよ。食べたいんでしょう?

 口では何と言っていても、体は正直なんでしょう?


「いえ、これは朝食にはなりません。“食事”と呼ぶには量が少なすぎますからね。これは“おやつ”的なものです。もしくは“おつまみ”ですね」

「食事じゃ……ない?」

「そうです。おじさんはこれから仕事でしょう?それなら何か少しだけでもお腹に入れて、その分、一生懸命に働くほうが神様も喜ばれると思いますよ」

「そうか……!それもそうだな。では一本、頂こうか」

「はい、まいどー」


 私が事前に考えていた屁理屈を並べると、おじさんはあっさり堕ちた。

 おじさんから銅貨を受け取り、テオが焼きたての肉串を手渡しする。

 美少女に串焼きを手渡されたら、食べないはずもないだろう。

 おじさんは私たちの前で串焼きを頬張ると、『美味い!』と叫んだ後にもう一本買って帰っていった。


 それを皮切りに、私とおじさんの遣り取りに耳をそばだてていた人たちが、次々とお客となって現れた。

 よかった。やっぱり匂いが効いたのかな。

 朝から肉を焼くなんて大丈夫か?と思ったけど、日本なら胃がもたれると敬遠されるものの、他の国だと『朝から肉料理』は、そんなに意外でもないしね。

 『半分くらい売れれば儲けも出るし、ミッション成功かな』と思っていたけれど、あっという間に持ってきたお肉は完売してしまった。

 さて、どうしようかな……。まだ炭は十分あるし、何か市場で仕入れて焼いてみようか。でも、もう串もないからな……。


 朝市の出店を考えた時にも、何を売るかでかなり悩んだ。

 一番最初は、スープの類を売ることを考えていたのだ。

 売るべきものは『朝食の代わり』だし、軽めのものを、と考えた。

 一日二食に慣れた人にとって、重いものは敷居が高いとも思った。

 しかしスープを出すには食器が必要だ。お客さんの数と同数の皿なりコップを用意できればいいが、現実的じゃない。

 となると、食器を洗う必要が出てくる。しかし市場の共同の井戸水をホイホイ使うことは出来ない。手間も時間も人出もかかる。これも現実的じゃない。

 ホットドッグにはパンが必要で、パン屋さんはまだ閉まってて作れない。

 他のものは全て材料不足か機材不足で諦めて、結局は串焼きになった。

 ちなみに串は、伯爵さんちのヘルメスさんが提供してくれた。


 この世界に来て、改めて日本の、と言うか現代社会の便利さを、しみじみと感じた。


 仕方ないな。今日はもう切り上げて、明日に備えよう。

 帰りにパンでも買い込んで、明日はホットドッグ的な何かをつくろうか。

 それならトマトも買い込んで、ケチャップも作らなきゃね。

 粒マスタードは売っているだろうか?無ければまた何かで代用だな。


 うん、明日の方向性が決まった。

 徹夜明けで眠くて仕方ない。今日の所は明日の材料を買って迷宮に戻ろう。

 あ……でも、パン屋さんはまだ開店していない……。

 仮眠を取って昼頃にパンを買いに来たいところだけれど、昼間は衛兵に見つかっちゃうしな。

 ギルドタグを使って冒険者の格好で迷宮に入ってもいいけれど、そんな格好でパンを抱えて迷宮に入れば、衛兵に怪しまれるだろう。

 荷物にだけ<透明化>を使うにしても、私の影がやたらと大きくなって、やっぱり怪しまれてしまう。


 取り敢えずはパンだけ買って、日が暮れる頃に迷宮に戻ればいいかな。

 帰る前に、テオにも冒険者登録をしてもらおう。


 悩んだ末に私とテオは後片付けをして、その後、どこかこの街で仮眠が出来る場所を探すことにした。

 衛兵に怪しまれずに、大荷物を持って迷宮を出入りする方法を、早めに考えなくっちゃな。




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