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迷宮管理人のゆま  作者: 応龍
第二章 管理人業務はじめました。
18/28

スマイルを覚えて貰うよ

 暗い部屋の中で、松明の炎だけが、僅かに揺らめいて見える。

 その炎の光に照らされて、薄絹だけを纏う八人の少女がいた。

 彼女たちは鎖に繋がれ、顔を塞ぎ、己の命が終わるその時を待っている。


 ────またこの夢か。


 テオドーラはこの夢を、いままでに幾度見たのだろう、と自分に問う。

 少なくとも、うんざりする気持ちも失せる程に、見てきたのは確かだ。


 八人の少女は宗教都市ホープソルナ呼ばれる街で、アルク様を崇めていたソルナ教の巫女たちだ。

 しかしある日、その街は王国軍を名乗る兵士たちに攻めこまれ、あっけないほど簡単に陥落した。街に内通者が居たためだ。

 私の前にいる少女たちは、朝になれば神々の主神を崇める貴族たちに邪教徒の烙印を押され、そのあと市民たちの目の前で無残にも首を撥ね飛ばされるのだ。

 ────もう知っている、知っているさ。

 この光景は、私が眠りにつく度に、必ず見る夢なのだから。


 そして処刑された彼女たちの魂は、天には登らずこの地で揺蕩う。


 神々の主神と人間の貴族への恨み、軽蔑、憤怒、嫉妬、憎悪。

 魔導の神への尊敬、情愛、憧憬、感謝。そして無念。

 様々な感情を抱きつつ、やがて八人の魂は、一つの塊に成る(・・)のだ。


 その塊こそがこの私、テオドーラという死霊(レヴァナント)

 目覚めたばかりの私は、何の感慨も持たず、眼下に蠢く全ての命を奪った。

 街に住む五千の市民、王国軍の一万の兵士、それら一切を喰らい尽くした。

 そして更なる命を貪るべく、この迷宮へ足を踏み入れたのだ。











「「お目覚めですか?我らが主よ」」

「「「カタカタ!」」」


 明かり一つ無い暗闇の中で、私が目を覚ますと、眷属たちが声をかけてきた。

 彼らは私が1500年前に命を貪ったはずの、ソルナ教の神官たちだ。

 私に命を奪われてアンデッドになったにも関わらず、主様(あるじさま)によって自我を取り戻して以降、不思議なことに私に忠誠を尽くしてくれる。

 その後ろにいるスケルトンたちも同様だ。彼らは王国軍の兵士たちの成れの果て。最初はグールやゾンビだったが、時を経てこの姿になった。


「ああ、おはよう」


「いまユマリア殿から頂いた紅茶を、お淹れ致します」

「チーズとトマトのスープも御座いますよ」

「只今、パンを温めて参ります。少々お待ちください」


 元神官の吸血鬼は甲斐甲斐しく世話をしてくれる。そんな必要はないのに。

 私は彼らを、そんな姿に変えてしまった張本人だ。なのにどうして、彼らはそんな笑顔で紅茶を差し出してくれるのだろう。ありがとう。そして申し訳ない。


 私はあの街に住んでいた全ての者の命を、容赦なく食らった罪人なのに。

 いや、人ですらない。魂があるのかすら解らぬ、ただの塊に過ぎない。


 そんな私の結末は、本来なら彼らに罵られ、惨めに朽ちていくのが相応しい。

 敬愛する主様(あるじさま)には無下にされ、暗闇の中で長い時を無為に過ごし、いつかは迷宮の中で塵になるのだ。

 もしくは目の前の彼らに、ある日突然、掌を返されて、滅ぼされるのも一興だろう。

 私があの夢を見ないで済むようになる日は、その時にこそ、訪れるのだ。












「ヴァンパイアの皆さーん!おっはよーございます!スケルトンさん、顔色いいね!今日もいい朝ですよ!暗いけど!ちょっとアルク。明かり点けて、明かり!」

「いいとも!よし、テオドーラ!テオドーラはいるか?」


 前回と同じ唐突さで、主様(あるじさま)がユマリアと共に現れた。

 主様(あるじさま)は私がこの迷宮に足を踏み入れて以来、数百年に一度の割合でご尊顔を拝することが出来れば良い方だったが、ユマリアが迷宮に来てからは、頻繁にこちらへ訪ねられるようになった。嬉しい半面、少し彼女に妬けてしまう。


「おはようございます、主様(あるじさま)。ユマリアもおはよう」

「おっはー!徹夜明けで私たち、ちょっとハイになってるけど気にしないでね!」

「うむ、気にするな。ところでテオドーラよ、唐突だが話があーる」

「なんでしょうか?」

「お前、ちょっと迷宮の外へ出て、ユマリアを手伝ってきなさい」

「外……ですか?」


 迷宮の外か……。1500年経った迷宮の外は、どうなっているのだろう?

 正直な所、行きたくはない。怖いとさえ思う。

 しかし待ち焦がれた主様(あるじさま)からの直々のご命令だ。


 伯爵との戦いで見せた、圧倒的で戦闘狂のこのユマリアを、私が手伝えというのなら、私に求められたものはやり戦うことだろう。

 (いくさ)を好きにはなれないが、それが主様(あるじさま)の望みならば、私は幾千でも幾万でも、命を喰らってみせるとしよう。


「畏まりました、主様(あるじさま)。私の配下も連れて行きましょうか?」

「いや、もう日の出も近い。溶けちゃうから止めておけ」

「じゃあ、お出かけ用の服に着替えてね!汚れても構わない服が良いな!」

「承知した、ユマリア」


 私は返り血を浴びても目立たない、黒い服に着替える。その一部始終を、何故かユマリアが横で眺めている……まさかお主、変な趣味はなかろうな? 


「うんうん。バッチリ似合ってるよ、ゴスロリっぽいね!」

「ゴス……なに?まあ良い。準備は完了だ。いつでも行けるぞ」

「んじゃー、いっくぽーん!」


 ユマリアの権利者権限によって、私と彼女は迷宮の入口に跳んだ。

 入口付近には伯爵の配下が待機していて、やけに大きな手荷物を渡された。

 何に使うのかわからない、木炭も手渡された。拷問用の材料だろうか?


「よっし、これで準備はオッケー。暗い内に<透明化>でここを抜けて、街に繰り出すよ!ヘルメスさん下拵え、ありがとね!」

「いえいえ。おみやげを期待していますよ」


 ……いつの間に、この二人は仲良くなったのだろう。

 先日は殺し合いをした間柄ではなかっただろうか?

 不思議に思いつつも、伯爵の部下と別れ、私とユマリアは迷宮の外へ出た。







 迷宮の入口を抜けて、広場に出た。ここは1500年前とあまり変わらない。

 その広場から眼下に見える景色も、あの懐かしくも忌まわしい、昔と同じ町並みが広がっていた。

 私はあの街の中央で、首を撥ねられた。

 正確には撥ねられたのは私ではないが、八人の少女の記憶は、そのまま私の中で不可分の記憶として残っている。その場所へユマリアは、これから行くという。

 いいだろう。私にとっても因縁の場所だ。戦いの火蓋を切る場所として、相応しい場所と思える。



「じゃあ、テオドーラ。迷子にならないよう私に付いてきてね!」

「承知した」


 さあ、戦いの始まりだ。







「そして異世界生活五日目の朝ー!

 私は朝一番で街に出て、朝の市場で串焼き屋を始めることにした。」


 またユマリアが珍妙なことを言い出した。

 串焼き屋とはどういうことだ?戦いに来たはずではなかったのか?

 私たちは、まだ暗いうちから人が集まる、街の市場へと来ている。

 彼女はこの場を取り仕切っていると思われる男に話しかけた後に、市場の一角を借り受け、先ほど伯爵の配下から預かった道具を広げはじめた。


「なあ……ユマリア……」

「ん?なあに?テオドーラ」


「私はどうしてここに居るのだ?」

「それはね、アルクの命令で、迷宮の外へ出張させられたからだよ!」

「いや、だから

「売るよ!テオドーラ!ガンガン売っちゃうよ!」


「だから何を売るのだ!?我らを異端とした者たちを、屠るために街へと来たのではなかったのか?」

「へっ?屠らないよ!串焼き売るんだよ!」

「それは何のために!?」

「それは、神々と、戦うためです!ビシッ!決まったー!」

「意味がわからない……」


 もしかしてユマリアは壊れたのではないか?そういえば、徹夜明けと言っていたな。寝不足で頭をやられたのかもしれない。一度迷宮に戻って、主様(あるじさま)に相談したほうが良いだろう。


「壊れていないから、大丈夫だよー」

「いや、しかし……」


「今回の目的はね、この街の破壊だよ」

「…………串焼きを売れば、街が崩壊するとでも?」


「んーとね。まず、この街の統治者が市民に押し付けてる価値観を壊したいの。

 串焼きはあくまでその為の手段の一つかな」

「目的は判ったが、串焼きでどうやって価値観を壊すというのだ?」


「んーとね。

 市民には串焼きを食べて貰って“一日三食”の生活に目覚めてもらいます。

 街の商人には“食事を作って売る”ことが、儲かることだと気付いてもらいます。

 その次に旅の商人には多様な食材が、この街でも売れることに気付いてもらう。

 そしてこの街の領主には、<神々の主神(メルセノラ)> の教義に従ってばかりいては、少ない額の税しか集められないことを気付かせてやります」


「はあ……」


「さらに、冒険者には、迷宮の魔獣は食材になることに気付いてもらいます」


「もしかして、この串に刺さっている肉は……」

「イエス!魔獣の肉です!今日のお肉は第一階層にいるベアウルフの肉だよ!」


 ユマリアが私に向かって親指を突き出し、叫んできた。

 いい加減、ちょっとうざい。


「迷宮を管理してて思ったんだけれど、ここの冒険者って倒した魔物の肉を、全く食べないんだよね。魔獣の種類によっては、かなり美味しいのにね。毒もないし、食べればいいのに」

「そういえば、この間の焼き肉は美味しかったな……」


 私は主様(あるじさま)と楽しく過ごした食事を思い出す。

 そして、あの得難い時間を与えてくれた、目の前の友に心で感謝する。


「あれは伯爵の階層にいる、マンティコアの肉だよ!また今度食べようね」

「ああ。だがピーマンなる毒草は不要だ。あれは食用には向かないからな」

「お前もか、テオドーラ……! まあその件は、またいずれ、じっくりと話し合いましょう。それより今はまず、スマイルを覚えて貰うからね!」


 スマイル……?何らかの魔法だろうか?申し訳ないことに、私は魔法をあまり知らない。

 主様(あるじさま)やユマリアのような、強力な魔法は使えないのだ。


「魔法といえば魔法かもしれないけど……テオドーラ、笑ってみてくれる?」

「無茶を言うてくれるな……。私は死霊となって以来、笑ったことなど無いのだ」

「ほえっ?!アルクといるとき、貴女はいつも笑顔だったよ?」

「なに!私が笑っていただと?!」


「というか……今さっき、焼き肉の話をした時も笑ってたよ?」

「そうか?全く気付かなかった」


 笑った覚えは全くないが、焼き肉が美味しかったから笑えたのだろうか?

 そうか、私は食いしん坊だったのか……、そんな事実は知りたくなかった。

 しかしあの時の主様(あるじさま)は、実に楽しそうだったな……。


「そう!それ!」


 ユマリアが突然叫ぶ。どれだ?


「今の顔だよ!そうやって笑えばいいの。じゃあ串焼きを売り始めたら、その顔で接客お願いね!」

「……? よく分からんが、承知した」


 私が承諾すると、ユマリアは手際よく大きな背負い袋から道具を取り出して、串焼きの準備に取り掛かった。私もそれを手伝い、準備を整えると、彼女は炭に火を入れて串を金網の上に並べ始める。

 やがて肉が焼け始め、香ばしい匂いが市場に流れていく。


 そして私たちは、神々と戦うために、串焼きを売ることになった。






書いた後に気づいたのですが、話が1ミリも進みませんでした……。

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