出張させられたからだよ
「結構、日にちが経っていた気がするが、そんな事はなかったぜ!」
「今日もユマリアは唐突に呟くな。何か不満でもあるのかね?」
召喚されて四日目のお昼前。私はアルクさんから魔法講義(上級編)を受けていた。
仕事のために必要な勉強をすることに不満はない。
むしろ『仕事をしながら自分で覚えろ』が常識だった、元の世界での生活に比べれば、天国と言っていい環境だろう。この世界の上司は最高です。
そしてホムンクルスのこの肉体と頭脳は、乾いたスポンジのように新しい知識を、次々と吸収していく。勉強がすぐに身につくのは、快感と言っていい。
この世界に来て、正直よかったと思う。
しかし唯一つ、我が侭を言っていいのなら、是非とも言わせて欲しい。
「何でこの世界には、『朝ごはん』という習慣がないんですかねえ……」
昨日はマックスさんたち冒険者パーティに助けてもらったことが切欠となり、彼らと一緒にお酒を飲んだ。
その時に食べたおつまみが、思いのほか美味しかったので、今日は早起きして街に出て、朝の市場で買い物をした後に朝食を食べようと思ったのだ。
私は自分で料理を作るのも、誰かの作った料理を食べるのも、大好きだから、朝の屋台を楽しみにしていた。
しかし何処へ行っても、朝からやっている食堂がない。というより、そもそも街には食堂と呼べるものが一つもなかった。これは私にとってかなりの衝撃だ。
朝市でも、その日に採れた新鮮な食材を売っていたのに、その食材を調理して売ってるような人は一人も居なかった。
仕方がないので街をうろつくと、惣菜を売るお店やパン屋さん、そして昨日利用したような酒場宿はあるけれど、どの店も朝は閉まっていた。
昨日の酒場のオヤジさんと、偶然、朝市で会ったので、事情を聞いてみたら『朝は食材を仕入れて昼や夕飯の準備をする時間だ。食事なんてしてる暇はない』と言われた。
その他にも『人間は一日二食で十分。それを超える食事は強欲である』という<神々の主神>の教えがあるせいで、主神を崇める貴族たちは、平民に一日二食の食生活を推奨しているらしい。
但し貴族の中には隠れて一日三食の人も多いそうだ。その場合は『朝食』や『朝ごはん』とは言わずに『断食壊し』と呼ぶらしい。英語圏かよ!
“三食貴族”は『朝ご飯』の言い回しを変えることで、神の教えを破っていないつもりのようだ。
主神の敵である私は、朝市で食材を買って迷宮に戻り、鼻歌を歌いながら朝ごはんを作ったけれど、屋台がなくて他人が作った料理を食べられなかったのは、返す返すも残念だ。
ちなみに朝食の内容は、フレンチトーストとコーンスープ、ほうれん草っぽい謎の草とベーコンのソテーでした。
アルクさんは私の作った朝食を、美味しそうに食べてくれた。
「“何で習慣がないんですかね”も何も、君は朝食を食べる前から、<神々の主神>のせいだと知っていたじゃないか?」
アルクさんが小首を傾げるようにして、私に問い返す。
確かに、朝の一件を朝ご飯を食べながら、アルクさんに愚痴混じりに説明した覚えはある。ええ、戦犯は判ってますよ、でも、そこじゃないの。
「どうして<神々の主神>は、人間に一日二食を強要したのか?って話ですよ」
「そんなの決まってる。単なる嫌がらせだ」
「やっぱり、そうなるんですかね……。まったく、神様は厄介ですね」
アルクさんの魔法講座(初級編)での説明によると、この世界の神とは、基本的に人間に嫌がらせをするのが常識なのだ。
もちろんその嫌がらせには、神様なりの理由はある。
アルクさんの話では、神への祈りや願いが、神に力を与えるという。
最初はその話を聞いて、信者の数を競って神様ランキングでも決めてるのかと思ったが、そういう事ではないらしい。
信者の数ではなく、自分に対して祈る者の数や、祈る者の思いの強さが、その神の地力の源になるというのだ。
だから<神々の主神>が率いる天界の神々は、お互い競い合って、人間たちに“試練”という名の嫌がらせをするのだ。
彼らが自ら望んで苦難を受け入れ、神である自分に祈りを捧げるよう仕向けるのだ。
そして神様たちは、人間たちを眺めつつ、陰でほくそ笑むのだ。
確かに人間は幸せになると、神に祈りはしても、強い思いは込めて祈らない。
辛く苦しい思いをしている時こそ、人間は強く祈り、願うのだ。
こんな神の裏事情があるとは、人間にとってはいいとばっちりだろう。
知らぬが仏である。
「とは言え、迷宮の住人としては、あまり関係ないだろう?」
アルクさんは、迷宮の外に関して完全に無頓着だ。
なんなら中のことにも無頓着だ。
「そこそこ関係ありますよ。朝ごはんを食べないと、学力が上がりにくいという研究結果がありますし」
「異世界での研究結果かい?」
「そうです。確か、糖質が関わっていたと思うけど、詳しくは覚えていません」
「ふむ、興味深いな……。しかし、それが神と、どう関係があるんだ?」
私は迷宮管理人の仕事を引き受けたが、仕事はそれだけでは無い。アルクさんの遺産も管理していくのだ。
遺産を神の魔の手から守るためには、機会があるなら、神々の力は出来るだけ削いでおきたい。もちろん神様が、逆ギレしない程度の範疇で。
「賢い人が増えたら、神の諫言に乗らなくなる人も、増えるんじゃないですか」
「そんなことは有り得ないね。彼らはもう三千年以上も騙されっぱなしなんだ」
「そうですか…」
確かに栄養一つ、食生活一つで三千年以上も無理だったものが、可能になるとは思えない。でも二食が三食になることで、経済的な変化や生産量向上のための試行錯誤とか、変化が起きると思うんだけどな。
「ま、ダメ元で何かやってみますよ。今のところはノープランですけど」
「管理人の仕事さえしっかりやってくれれば構わんさ、空いた時間は君の好きにしなさい」
「いや、これは迷宮管理じゃなくて、遺産管理の方の仕事ですよ?」
「うん?どういうことだ?」
「いやいやいや。まだ見たことはないけれど、私は<魔導の書庫>とやらの遺産管理もお願いされてましたよね?その話ですよ。この迷宮の何処かに書庫があって、そこには魔法の書物があって、それを神様から守るんですよね?」
「ああ…なるほど。そういうことか。それはだな────」
───私はこの日、初めてアルクさんの抱える本当の思いを聞かせて貰った。
彼の人間への思い、彼の寿命がもうすぐ終わること、その時の彼の願い、そして彼の思い描く計画を聞いた。
「───そういう話だったのね。わかった、その話、乗ったよ。私はもともと500年後には、元の世界へ帰るつもりだったし。“行き掛けの駄賃”だね。いや違う、“親の総取り”になるのかな?」
私は結局、自ら選んで神々と戦うことにした。と言っても、殺しあったりする派手な戦いではない。もっと、地味な、日本人的な、社会人的な、そういう類の戦いがメインだ。
上手く行けば、いけ好かない神に、一泡も二泡も吹かすことが出来る。
泡しか吹かせられないのは、我ながらちょっと塩っぱいけれど、神が相手だしそんなもんだ。
「しかし良いのか?神々は容赦がない。危険になる可能性は高いんだよ?」
アルクは私のことを案じてくれている。そうか、彼が死んだ人間を召喚したのはそういう理由だったのか。でも大丈夫、万全の準備をしましょう。でも私だけじゃ無理だ、アルクの力が必須となる。
だけど残された時間は少ない。テオドーラ、伯爵……彼らだけでは人手が足りない。他にも、協力者を探さなくては。
「だから今から色々と、準備をするんでしょ。私に幾つかアイデアがあるから聞いてもらえる?実行出来そうかどうか、意見を聞かせて」
「判った。しかし君がこんな乗り気になるとは思わなかったよ……」
「まあ、食べ物の恨みは恐ろしいという事に、しておいて下さい」
そして、私たちはその後、夜が明けるまで二人で話しあった。
「そして異世界生活五日目の朝ー!
私は朝一番で街に出て、朝の市場で串焼き屋を始めることにした。」
「なあ……ユマリア……」
「ん?なあに?テオドーラ」
「私はどうしてここに居るのだ?」
「それはね、アルクの命令で、迷宮の外へ出張させられたからだよ!」
「いや、だから
「売るよ!テオドーラ!ガンガン売っちゃうよ!」
私は市場に着いて、テオドーラに営業用スマイルの仕方を教えたあと、炭に火を入れ、団扇を準備した。




