間話:勇者の召喚
───心臓マッサージも、人工呼吸も、何をしても無駄だった。
なぜなら翌日、私が部屋についた時には、あの人はもう亡くなっていたのだから。
どうして私はあの夜に、彼女がネットゲームにログインしなかった事を、不思議に思わなかったんだろう。
あの時に違和感を感じていれば、私が彼女の家に押しかけていれば、もしかしたら、彼女は死なずに済んだかもしれないのに。
その思いが、今も胸の中から離れない。
彼女と出会ったのは、会社の新人歓迎会。
そこで私は人生で初めての友人を得た。
島崎ゆまさん。それが私───雪野涼子の大切な友だちの名前。
学生の頃は、同じクラスの人とすら、まともに話したことはなかった。
ましてや自分から話しかけたことなど、ただの一度も無い。
それなのに、彼女と初めて会った時に、私は自分から話しかけた。
どうして私にそんな事が出来たのか、今でも理由はわからない。
姉のような、母のような、先生のような。それでいて子供のような人。
そんな彼女と居ると、いつだって私の心は満たされた。
仕事のノウハウ、社内での立ち回り方、そして人生観。
彼女の影響を受けて、私の人生はその彩りを大きく変えた。
昨日は、彼女のお通夜に出た。今日は告別式だ。
これで彼女の体は灰となり、全てが終わってしまうのだ。
でも、それを認めたくなかった。
認めたくなくて火葬場まで行ってしまった。
だけど、いつまでもここに居る訳にはいかない。
彼女から貰った大事なものは、今も私の胸にある。
なればこそ、彼女が居なくなっても、私は前を向いて進まなくてはいけない。
でないと彼女に嫌われる。彼女を悲しませてしまう。
私は火葬場へお辞儀をしてから、引きずられるような気持ちを抑え、振り切るようにその場を離れた。
離れる間際、耳元に『頑張ってね』と、彼女の明るい声が聞こえた気がする。
……ゆまさん。私、頑張ります!だから、どうか見守っていて下さいね。
そう、心に呟いた。
そして駅まで向かう道の途中で、突然、私は光に包まれた。
「ここは一体……?」
光が消え、明かりに目が慣れたあと、私は見知らぬ場所にいるのがわかった。
足元には魔法陣、周囲にはローブを着て魔法使い然とした人たちが私を囲むようにして立っていた。
その中の一人が、私に声をかけてくる。
でも、聞いたことがない言葉だ。どこの国の言葉なんだろう?
少なくとも日本語ではないし、英語でもない。
音の響きは英語に似ているけれど、全くの別物だ。
私が歩いていたあの場所で、知らないうちに倒れて、夢でも見ているのかな。
ゆまさんが亡くなってから、もう四日。あれから全く寝ていなかったせいだ。
でも夢にしては自棄にリアルだ。臭いもするし、触覚もある。
目の前の人たちが何を言っているのかは解らないけれど、私を見て嬉しそうな顔をしている。
辺りを見渡すと、私の足元にあるのと同じ模様の魔法陣があった。
私の所を含めて全部で9つ。それぞれの場所に、ローブ姿の人たちが立っていて、声を合わせて知らない言葉を唱えている。
やがてその魔法陣の一つが眩く光りだしたと思ったら、その中心に制服を着た中学生くらい女の子が現れた。
(間違いない、ここは異世界だ。私は異世界へ召喚されたんだ!)
私は目の前の光景を見て、唐突に悟った。
これが夢か現実かはまだはっきりしないけれど、今の私の状況は、別の世界に召喚された。できれば夢であって欲しい、もし、現実だったとしたら……冗談じゃない。
私はこれからゆまさんの死を乗り越えて、日本で生きていかなければいけないのだ。
もう二度と一緒に遊ぶことは出来ないけれど、ゆまさんはきっと私のことを見守っていてくれる。
そう信じたからこそ、彼女を安心させるためにも頑張ろうと思えたのだ。
こんな言葉も通じない世界に連れて来られても、私に出来ることは何もない。
早く目を覚まそう、もしくはどうにかして元の世界へ早く帰ろう。
気持ちだけが先走るが、どうすれば良いのかが、まるで判らない。
「やだ……なにこれ!?ここ何処!?帰して!私をうちに帰してよ!」
捲し立てるように、先ほど召喚された制服の女の子が叫ぶ。言いたい気持ちはよくわかる。私も同じ気持ちだ。
彼女は自分を取り囲むローブ姿の一人に掴みかかり懇願するが、相手は全く取り合わない。
やがて端の方から騎士らしき人が二人来て、彼女の両脇を抱えて魔法陣から離れた場所へ引きずっていく。
彼女から開放されたローブ男は、さらなる召喚儀式を行うためか、仲間と再び声を揃えて呪文のような言葉を紡ぎ始めた。
「ちょっと!?やめてよ!痛い痛い!放しなさいよ!助けて、お母さーん!」
……小学生じゃないんだから『お母さーん』は無いでしょう。
尚も暴れ叫ぶ彼女を見たことで、私は少し冷静さを取り戻した。
気づくと私の前にも騎士らしき人がいた。彼の上品なエスコートによって、制服の彼女が連れて行かれたのと同じ、この敷地の端へと案内される。
そこには私と彼女以外にも人がいた、全部で50人くらいだろか。
30代の男性もいれば小学生高学年くらいの女の子もいる。
尤も、全員が日本人という訳ではないようだ。ブロンドヘアの人もいれば、他の国のアジア人っぽい人もいた。
その誰も彼もが、服装を見る限り、現代の地球人のようだ。
全体的に若い子たちが多いな。私はどちらかと言うと年長の方かもしれない。
魔法陣から少し離れた所に集められている私たちは、全員が顔も知らない同士なので、誰も口を開かない。全員、召喚の儀式をただ黙って眺めている。
「冗談じゃないわよ!何で私がこんな所にいなくちゃいけないの!」
「ちょっと聞いてるの?ねえ、あんた。私の言ってることが判らないの?」
「知らない言葉で話しかけんじゃないわよ!日本語で話しなさいよ!日本語で!」
ただ一人、騎士たちに両腕を押さえつけられたままの制服の子だけは、脇にいる騎士たちに食って掛かっていた。
彼女を取り押さえてる二人の騎士たちは、面倒くさそうな顔で彼女を見ていたが、いつまで経っても静まるどころか増々ヒートアップしていく罵声に対し、やがて片方の騎士の顔が怒りの表情へ変わっていった。
(そろそろ静かにしたほうが良いと思うんだけどな…)
でも口を挟んだところで、彼女の怒りの矛先がこちらに向くだろうことは簡単に予想がつく。
怒り顔の騎士も、わざわざ召喚させた、しかも女の子には、流石に暴力は振るわないだろうと考えて、静観した。
だけど、その騎士は騎士道精神を持ち合わせていなかった。
腰にあった細身の剣を鞘から引き抜き、いきなり彼女に斬りかかる。
「危ない!」
私は思わず叫んだが、振り下ろされた剣が止まるわけがない。
彼女の体に騎士の刃が襲う。その刹那、もう片方の騎士が、彼女の体を庇うようにして覆いかぶさった。
「きゃああああ!」
彼女の叫び声のあとに、庇った方の騎士が地面に倒れこむ。そこに法衣を纏った少女を先頭に、数人の騎士が駆け寄ってきた。
斬りかかる様子を見ていなかったのか、周囲の人間たちが、何があった?と訝しげに視線を投げかける。
野次馬のように集まってきた人たちを押しのけて、斬りかかった騎士が他の騎士に連行され、この場所から離れていった。
連行されていく騎士の横顔を見て、私はゾッとした。彼は、笑っていたのだ。
『ざまあみろ、馬鹿女』、そう言いたげな、晴れやかな笑顔だった。
彼を連行していく人間たちも、殺人犯を扱うような雰囲気ではなかった。
まるで、高貴な身分のお方を何処かへと案内する、従者のような感じだった。
ここは、罵られただけで、その相手を殺そうとする人間が、騎士になるような世界なのか。そんな世界で、言葉も通じず、生きていかなければいけないのか。
この世界と私たちの世界は価値観が大きく違う。些細な行き違いなど山のようにあるだろう。その些細な事が原因で、簡単に殺されてしまうのだ。
───無理だ。ここで生きていくことは不可能だ。
彼に斬られ、精気もなく蹲っているあの騎士のように、いずれ私も死んでいくのだ。
私が絶望に支配されたその瞬間、法衣を纏った少女が何やら言葉を紡ぎだした。
そして少女の手から、優しげな光が現れた。蹲ってる騎士を、その光が包む。
すると今まで死の淵を彷徨っていたはずの騎士が、ゆっくりと立ち上がった。
(これは……魔法?治療の魔法だ!)
考えてみれば、既に召喚魔法で私はここに来たのだ。
ここは魔法のある世界だったのか。
私は精気を取り戻した騎士を見て、私は一つの疑問が思い浮かんだ。。
もしかしたら、この世界には蘇生の魔法もあるのでは?
それがあれば───もし、私がそれを使えるようになれば。
何らかのアイテムでもいい、骨になった体を蘇らせるような奇跡の品を手に入れられたなら。
そして元の世界に戻れれば、あの人ともう一度、同じ時間を刻んでいけるかもしれない。
その考えに至った時、私の体が震えだし、全身の毛は逆立った。
心臓の鼓動が早まり、体温が上がり、体中に力が漲ってくるのを感じる。
先程のような絶望ではなく、希望、可能性。そんなものたちに、私の心は包まれた。
私はこの世界で、何としてでも生き延びる。そして願ったものを掴みとる。
世界中を探し回ってでも、如何なる敵と対峙しても、最後までやり遂げてみせる!
そして元の世界に帰るんだ!待っててね、ゆまさん!
そう私が心に強く思った瞬間、私の全身が目映い光に包まれた。
「わっ……なにこれ?!」
突然、光りだした自分の体に驚いて、思わず大声を上げてしまう。
傷が治った騎士を囲んでいた人たちの視線が、一気に私に注がれた。
『あんた何それ?!』と制服の女の子に聴かれ、小学生の女の子に『おねーちゃん凄い!』と驚かれる。
理由は私にも全く解らない。なぜ、私の体は光りだしたのだろう?
法衣を纏った女の子が、驚嘆の表情で私に近き、知らない言葉を紡ぎだす。
言葉は解らないけれど、何かの祈りのような音の響きだった。
そして私に向かって恭しく傅くと、周囲の騎士やローブ姿の男達もそれに従って次々と傅きだした。
この日の出来事は、後に『救国の英雄』『光の勇者』と呼ばれた帝国の勇者ユキノにまつわる最初のエピソードとして、やがて後世に語り継がれることとなる。
これにて第一部完です。
彼女たちの戦いはまだ始まったばかり!ご愛読ありがとうございました!




