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迷宮管理人のゆま  作者: 応龍
第一章 プロローグは、一章が終わるまでがプロローグです。
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 間話:勇者の召喚

 ───心臓マッサージも、人工呼吸も、何をしても無駄だった。

 なぜなら翌日、私が部屋についた時には、あの人はもう亡くなっていたのだから。


 どうして私はあの夜に、彼女がネットゲームにログインしなかった事を、不思議に思わなかったんだろう。

 あの時に違和感を感じていれば、私が彼女の家に押しかけていれば、もしかしたら、彼女は死なずに済んだかもしれないのに。

 その思いが、今も胸の中から離れない。



 彼女と出会ったのは、会社の新人歓迎会。

 そこで私は人生で初めての友人を得た。


 島崎ゆまさん。それが私───雪野涼子の大切な友だちの名前。


 学生の頃は、同じクラスの人とすら、まともに話したことはなかった。

 ましてや自分から話しかけたことなど、ただの一度も無い。


 それなのに、彼女と初めて会った時に、私は自分から話しかけた。

 どうして私にそんな事が出来たのか、今でも理由はわからない。


 姉のような、母のような、先生のような。それでいて子供のような人。

 そんな彼女と居ると、いつだって私の心は満たされた。


 仕事のノウハウ、社内での立ち回り方、そして人生観。

 彼女の影響を受けて、私の人生はその彩りを大きく変えた。

 

 

 

 

 昨日は、彼女のお通夜に出た。今日は告別式だ。

 これで彼女の体は灰となり、全てが終わってしまうのだ。

 でも、それを認めたくなかった。


 認めたくなくて火葬場まで行ってしまった。

 だけど、いつまでもここに居る訳にはいかない。


 彼女から貰った大事なものは、今も私の胸にある。

 なればこそ、彼女が居なくなっても、私は前を向いて進まなくてはいけない。


 でないと彼女に嫌われる。彼女を悲しませてしまう。



 私は火葬場へお辞儀をしてから、引きずられるような気持ちを抑え、振り切るようにその場を離れた。

 離れる間際、耳元に『頑張ってね』と、彼女の明るい声が聞こえた気がする。

 ……ゆまさん。私、頑張ります!だから、どうか見守っていて下さいね。

 そう、心に呟いた。


 そして駅まで向かう道の途中で、突然、私は光に包まれた。










「ここは一体……?」


 光が消え、明かりに目が慣れたあと、私は見知らぬ場所にいるのがわかった。

 足元には魔法陣、周囲にはローブを着て魔法使い(ぜん)とした人たちが私を囲むようにして立っていた。


 その中の一人が、私に声をかけてくる。

 でも、聞いたことがない言葉だ。どこの国の言葉なんだろう?

 少なくとも日本語ではないし、英語でもない。

 音の響きは英語に似ているけれど、全くの別物だ。


 私が歩いていたあの場所で、知らないうちに倒れて、夢でも見ているのかな。

 ゆまさんが亡くなってから、もう四日。あれから全く寝ていなかったせいだ。

 でも夢にしては自棄にリアルだ。臭いもするし、触覚もある。


 目の前の人たちが何を言っているのかは解らないけれど、私を見て嬉しそうな顔をしている。


 辺りを見渡すと、私の足元にあるのと同じ模様の魔法陣があった。

 私の所を含めて全部で9つ。それぞれの場所に、ローブ姿の人たちが立っていて、声を合わせて知らない言葉を唱えている。

 やがてその魔法陣の一つが眩く光りだしたと思ったら、その中心に制服を着た中学生くらい女の子が現れた。


(間違いない、ここは異世界だ。私は異世界へ召喚されたんだ!)


 私は目の前の光景を見て、唐突に悟った。

 これが夢か現実かはまだはっきりしないけれど、今の私の状況は、別の世界に召喚された。できれば夢であって欲しい、もし、現実だったとしたら……冗談じゃない。


 私はこれからゆまさんの死を乗り越えて、日本で生きていかなければいけないのだ。

 もう二度と一緒に遊ぶことは出来ないけれど、ゆまさんはきっと私のことを見守っていてくれる。

 そう信じたからこそ、彼女を安心させるためにも頑張ろうと思えたのだ。

 こんな言葉も通じない世界に連れて来られても、私に出来ることは何もない。

 早く目を覚まそう、もしくはどうにかして元の世界へ早く帰ろう。

 気持ちだけが先走るが、どうすれば良いのかが、まるで判らない。


「やだ……なにこれ!?ここ何処!?帰して!私をうちに帰してよ!」


 捲し立てるように、先ほど召喚された制服の女の子が叫ぶ。言いたい気持ちはよくわかる。私も同じ気持ちだ。

 彼女は自分を取り囲むローブ姿の一人に掴みかかり懇願するが、相手は全く取り合わない。

 やがて端の方から騎士らしき人が二人来て、彼女の両脇を抱えて魔法陣から離れた場所へ引きずっていく。

 彼女から開放されたローブ男は、さらなる召喚儀式を行うためか、仲間と再び声を揃えて呪文のような言葉を紡ぎ始めた。


「ちょっと!?やめてよ!痛い痛い!放しなさいよ!助けて、お母さーん!」


 ……小学生じゃないんだから『お母さーん』は無いでしょう。

 尚も暴れ叫ぶ彼女を見たことで、私は少し冷静さを取り戻した。


 気づくと私の前にも騎士らしき人がいた。彼の上品なエスコートによって、制服の彼女が連れて行かれたのと同じ、この敷地の端へと案内される。

 そこには私と彼女以外にも人がいた、全部で50人くらいだろか。

 30代の男性もいれば小学生高学年くらいの女の子もいる。

 尤も、全員が日本人という訳ではないようだ。ブロンドヘアの人もいれば、他の国のアジア人っぽい人もいた。

 その誰も彼もが、服装を見る限り、現代の地球人のようだ。

 全体的に若い子たちが多いな。私はどちらかと言うと年長の方かもしれない。



 魔法陣から少し離れた所に集められている私たちは、全員が顔も知らない同士なので、誰も口を開かない。全員、召喚の儀式をただ黙って眺めている。


「冗談じゃないわよ!何で私がこんな所にいなくちゃいけないの!」

「ちょっと聞いてるの?ねえ、あんた。私の言ってることが判らないの?」

「知らない言葉で話しかけんじゃないわよ!日本語で話しなさいよ!日本語で!」


 ただ一人、騎士たちに両腕を押さえつけられたままの制服の子だけは、脇にいる騎士たちに食って掛かっていた。

 彼女を取り押さえてる二人の騎士たちは、面倒くさそうな顔で彼女を見ていたが、いつまで経っても静まるどころか増々ヒートアップしていく罵声に対し、やがて片方の騎士の顔が怒りの表情へ変わっていった。


(そろそろ静かにしたほうが良いと思うんだけどな…)


 でも口を挟んだところで、彼女の怒りの矛先がこちらに向くだろうことは簡単に予想がつく。

 怒り顔の騎士も、わざわざ召喚させた、しかも女の子には、流石に暴力は振るわないだろうと考えて、静観した。

 だけど、その騎士は騎士道精神を持ち合わせていなかった。

 腰にあった細身の剣を鞘から引き抜き、いきなり彼女に斬りかかる。


「危ない!」


 私は思わず叫んだが、振り下ろされた剣が止まるわけがない。

 彼女の体に騎士の刃が襲う。その刹那、もう片方の騎士が、彼女の体を庇うようにして覆いかぶさった。


「きゃああああ!」


 彼女の叫び声のあとに、庇った方の騎士が地面に倒れこむ。そこに法衣を纏った少女を先頭に、数人の騎士が駆け寄ってきた。

 斬りかかる様子を見ていなかったのか、周囲の人間たちが、何があった?と訝しげに視線を投げかける。

 野次馬のように集まってきた人たちを押しのけて、斬りかかった騎士が他の騎士に連行され、この場所から離れていった。

 連行されていく騎士の横顔を見て、私はゾッとした。彼は、笑っていたのだ。

 『ざまあみろ、馬鹿女』、そう言いたげな、晴れやかな笑顔だった。

 彼を連行していく人間たちも、殺人犯を扱うような雰囲気ではなかった。

 まるで、高貴な身分のお方を何処かへと案内する、従者のような感じだった。



 ここは、罵られただけで、その相手を殺そうとする人間が、騎士になるような世界なのか。そんな世界で、言葉も通じず、生きていかなければいけないのか。


 この世界と私たちの世界は価値観が大きく違う。些細な行き違いなど山のようにあるだろう。その些細な事が原因で、簡単に殺されてしまうのだ。

 ───無理だ。ここで生きていくことは不可能だ。

 彼に斬られ、精気もなく蹲っているあの騎士のように、いずれ私も死んでいくのだ。


 私が絶望に支配されたその瞬間、法衣を纏った少女が何やら言葉を紡ぎだした。

 そして少女の手から、優しげな光が現れた。蹲ってる騎士を、その光が包む。

 すると今まで死の淵を彷徨っていたはずの騎士が、ゆっくりと立ち上がった。


(これは……魔法?治療の魔法だ!)


 考えてみれば、既に召喚魔法(・・)で私はここに来たのだ。

 ここは魔法のある世界だったのか。

 私は精気を取り戻した騎士を見て、私は一つの疑問が思い浮かんだ。。


 もしかしたら、この世界には蘇生の魔法(・・・・・)もあるのでは?

 それがあれば───もし、私がそれを使えるようになれば。

 何らかのアイテムでもいい、骨になった体を蘇らせるような奇跡の品を手に入れられたなら。

 そして元の世界に戻れれば、あの人ともう一度、同じ時間を刻んでいけるかもしれない。


 その考えに至った時、私の体が震えだし、全身の毛は逆立った。

 心臓の鼓動が早まり、体温が上がり、体中に力が漲ってくるのを感じる。

 先程のような絶望ではなく、希望、可能性。そんなものたちに、私の心は包まれた。

 私はこの世界で、何としてでも生き延びる。そして願ったものを掴みとる。

 世界中を探し回ってでも、如何なる敵と対峙しても、最後までやり遂げてみせる!

 そして元の世界に帰るんだ!待っててね、ゆまさん!


 そう私が心に強く思った瞬間、私の全身が目映い光に包まれた。


「わっ……なにこれ?!」


 突然、光りだした自分の体に驚いて、思わず大声を上げてしまう。

 傷が治った騎士を囲んでいた人たちの視線が、一気に私に注がれた。

 『あんた何それ?!』と制服の女の子に聴かれ、小学生の女の子に『おねーちゃん凄い!』と驚かれる。

 理由は私にも全く解らない。なぜ、私の体は光りだしたのだろう?


 法衣を纏った女の子が、驚嘆の表情で私に近き、知らない言葉を紡ぎだす。

 言葉は解らないけれど、何かの祈りのような音の響きだった。

 そして私に向かって恭しく傅くと、周囲の騎士やローブ姿の男達もそれに従って次々と傅きだした。





 この日の出来事は、後に『救国の英雄』『光の勇者』と呼ばれた帝国の勇者ユキノにまつわる最初のエピソードとして、やがて後世に語り継がれることとなる。


これにて第一部完です。

彼女たちの戦いはまだ始まったばかり!ご愛読ありがとうございました!

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